48
「お嬢様、本日はどのようなお召し物になさいますか?」
「ええと……」
クローゼットを前にして、うーん、と私が唸ると、リズが助け舟を出してくれた。サラが私の部屋にも火を放ったせいで、本邸にあった私のドレスは大半が使い物にならなくなってしまったのだ。クローゼットの中身がほぼ総入れ替えとなり、どんなドレスがあったか把握しきれなくなっている。
「本日は少し暖かいので、紅色や黄色など、花のような明るい色合いのものはいかかでしょう?」
「そうね……。確か、薄紅色の花柄で、金糸の刺繡が入っているドレスがなかったかしら」
「はい、ございますよ……こちらですね?」
よく覚えているなあ、と頭が下がる思いだが、彼女はさっと目当てのドレスを発見し、合わせる小物を見繕っている。そこに軽く私も意見を出し、コーディネートが決定した。
「それでは……こちらでいかがでしょうか」
「ええ、いいわ! ありがとう」
なんとなくいつもは寒色系、あるいは目の色に合わせて緑の系統を選びがちだが、今日はシックなくすみピンクの花柄のドレス。花柄とはいっても、色数を抑えた水彩画のような、地の色と馴染む落ち着いた花模様で織られている。全体に施された刺繡はアクセントになっているし、葉っぱのような渋い緑のリボンが全体を引き締めている。
今日は、ポーリンがやってくる日。大好きな幼馴染にして絶世の美少女と会うのだから、気合を入れない理由がないのである。
「楽しみだわ」
……そして、おそらくポーリンも気合が入っている、はず。
私とは対照的に、ポーリンは暖色系のドレス、特に赤色を選ぶことが多い。なんとなくリンクコーデになることを狙って、敢えて今日は薄紅色を選んでみたのだった。
□■□
「わあ、シンディ、そのドレス、すごく似合っているわ。素敵ね」
「ありがとう。……ポーリンもとても綺麗よ。大人っぽくて見とれちゃう」
果たして、ポーリンが纏っていたのは、儚い印象を与える淡藤色のドレスだった。わずかにグレーがかっていて、溌溂としたポーリンの美貌に神秘性を加えている。
私の読みは若干外れたが、どうだろうか、ピンク系と紫系ということで、リンク成功といえるかもしれない……。
そんなことを思って微笑し、応接室の入り口で立ち止まる。
ポーリンに椅子を勧め、私もその向かいに腰かけた。そうすると、ポーリンの漆黒の目を正面から見ることになる。13歳になり、彼女の顔立ちもいくばくか大人っぽくなってきたように見えた。
「……とにかく、無事でよかったよ」
ばっちりのタイミングで運ばれてきた紅茶に口をつけ、ポーリンがぽつりと言った。
そうね、と私も短く返す。
漫画の展開通りならば、私たちは今頃もう死んでいて、ポーリンとリチャードは悲しみに暮れていただろう。そして、リチャードは仄暗い願望を抱くようになり……ポーリンは、結局は幼馴染を2人とも失うことになるのだ。
私は、自分はともかく、お父さまやお母さま、ひいてはリチャードまでも死なせてしまうのは避けたかった……。
「リチャードも安心していたよ、って、伝言預かってるよ。手紙も来た?」
「ええ、来たわ。アリエル様からのお見舞いの挨拶も、最後に少し添えてあったわね」
「ふふ、きっとキール様が嫉妬しちゃうんじゃない?」
薄い前髪の隙間から見える眉を少し下げ、ポーリンはころころと笑った。必要以上に暗くならないのが、彼女のよさであり、強さだ。まあ、今回のことは、ポーリンは別に漫画の内容を知っているわけではないのだから、やたらと暗くなる理由もないのかもしれないけれど。
「……そうかもしれないわね。あの方、リチャードやアリエル様を牽制なさっているらしいから」
唇を尖らせたアレクサンダーの顔が脳裏に浮かび、私も思わずくすくすと笑う。そうだ、彼のことが好きだって、ポーリンには白状したんだっけ……と思い出し、ふと、その時ポーリンから教えてもらったことも頭に浮かんだ。
「そういえば、ポーリン……」
表情を笑顔から少し落ち着かせ、控えめに切り出すと、まさか私の考えが伝わったのか、それとも同じことを思い出していたのか、彼女は視線を彷徨わせながら口を開いた。
「まさか、ライアン様が王太子殿下だったなんてね。素敵な方だったけれど、納得したわ。あんな風に褒めて頂けて、とても嬉しかったの……。叶わない気持ちになってしまったのはちょっとだけ悲しいけれど、王子様に褒めてもらっただなんて、とってもいい初恋の思い出じゃない?」
最後はまっすぐ私を見つめ、柔らかな微笑を湛えて話すポーリンは、やはり美しい少女だった。ただ、その女神のような笑顔は悲しそうで、折れそうな儚さと、ばねのような強さが共存している、実に不思議な表情だ。
前世でも、友達の失恋話を聞いたことは幾度かあったが、あのときの私たちの失恋というと、もっと、熱烈で……それでいて只々現在自分は悲しい、そんなものだったような気がする。
「それに、やっぱり、私に王太子妃なんて務まらないと思うわ。レスリー様みたいに、最初からそのつもりの方がなったほうがいいと思うもの」
愁いを帯びた表情を解き、ポーリンは軽い苦笑を浮かべた。くるくると表情が変わるポーリンだが、決して嫌な印象はない。彼女の声のトーンは、実はいつでもある程度一定で、表情の割にうるさい感じがしないのだった。
「ゴードン公爵も、レスリー様を是非にとお思いのようだものね……」
お茶請けのクッキーを飲み込み、私も返事をする。ただ、漫画ではポーリンとサミュエルが結ばれるというストーリーなだけに、今の世界でも実現不可能というわけではないだろう、と私はどうしても思ってしまう。サミュエルもポーリンに見とれていたようだったし、脈自体がないわけではないのだろう。しかし、レスリーもサミュエルのことを思っているのならば、私にはその仲を引き裂く理由も力もない。
「あ、そのことなんだけど……」
「え?」
「あ、あのね、私の気のせいかもしれないから、内緒にしてくれる?」
「もちろんよ」
きっぱりした物言いの多いポーリンが、珍しい。
どうしたのだろう、と思って続きを待っていると、照れたようにもじもじと首を傾げる彼女。月光のような髪が揺れるのをしみじみ見つめて数秒、
「この前、お茶会でたまたまレスリー様と一緒になったの。その時に、リチャードの話題になって……リチャードは殿下の側近だし、すごく紳士的だから、自分の家に婿入りしてもらうならリチャードみたいな人がいいねって話をした方がいたの。そしたら、レスリー様が一瞬だけびっくりしたような顔をして、そのあと寂しそうな表情をなさったように見えたの」




