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まだしばらく雪は降らない模様。

もしロードウィンに天気予報があったら、感謝祭本番には降る予報が出ているはずです。

上体を起こせば、ちょうど鏡の中の私と目が合った。


艶のあるふわふわの黒髪に、くりんとした丸い若草色の瞳。

真ん中分けの黒髪と、真っ白ですべすべのおでこのコントラストが映えている。

かつての『私』とは似ても似つかない容姿の、ふんわり可愛らしい少女だ。


立ち上がり、鏡に顔を寄せる。


最初に前世を思い出したあの日より、かなり成長したようだ。

この歳の頃って、すごく成長するのよね。


……13歳、14歳のシンディは、どんな子になっていくのだろうか?

ポーリンは、リチャードは、レスリーにジェラルディン、それにアレクサンダーやジスレーヌ……みんなはどうなっていくのだろう。


「……はあ…………」


思わず、ため息が漏れる。

目を逸らしていたが、問題の火事は迫ってきている。

私の中では、怪しいのはライト家だが――正直言って、今のままでは言い掛かりの域を出ていない。

だから、火事自体を防ぐのは厳しいのではないだろうか。

そうなると、いかに死なないか。

しかし、我が家には火災報知器もスプリンクラーも、消火器すらない。

なら早く逃げようか、否、出入り口は先に塞がれてしまうだろう。


……確か、無事だったのは、ごく少ない使用人だけ。せいぜいが2,3人といったところだろう。

作者の意図が働いたのか、カスター家の火事は詳しく描写されていないのだ。日付すらも不明だ。

炎に包まれるカスター邸が、1ページ丸ごと使って描かれていたが、それだけ。適当すぎやしないか。

しかも、その後、いきなり葬儀のシーンなのである。

ロードウィンの喪服である、白い礼服を纏った参列者達のシーンは、かなり恐ろしかった。

……そういえば、王様や数人の男の人は、軍服を着ていたな。

『こちら』に来て初めて知ったが、軍属の人は、軍服の着用が義務なのよね。


「……あれ…………」


思い出した。リチャードも、軍服を着ていたはずだ。

あの時点で15歳の彼は、まだ学園生のはずなのに、なぜ……?



□■□



背に腹はかえられぬ――と、先程、若干気まずく別れたアレクサンダーを訪ねる。

まだ15分と経っていないが、仕方ない。

廊下を掃除していたメイドに声をかけると、彼女は少し驚いたが……すぐに案内を買って出てくれた。

14,5歳だろうか、私とそう歳の変わらないメイドは、きびきびと動く。

「ねえ、持ち場を離れては怒られない?」

「いいえ、奥様より、皆様方のことを優先するように仰せつかっておりますので……お気遣い頂き、誠に恐縮でございます」


□■□


アレクサンダーの部屋は、階段の近くにあった。よし、覚えたわ。

メイドの彼女が声をかけてくれて、私は部屋に通される。


「ど、どうした。そんなに怒っているのか?」

彼女が出ていくと、アレクサンダーはしどろもどろになる。

「いえ、別に……怒ってはいませんわ。不思議ですけれど」

「お前、よく普通の顔をしているな……」

「まあ、心外ですわ。乙女をからかわないで下さいませ」

……正直言うと、歳下認定しているせいで、あんまりときめかないだけですけどね。でも本当のこと言えないし。

「乙女……どの口が……?」

珍獣でも見たような顔になる従兄。

いつもの調子を取り戻してきたようだ。

「レディを捕まえてなんですの、アレックス様。……いえ、わたくし、用があったから来たんですけどね」

ゴリゴリのお嬢様言葉から普通の敬語に戻すと、彼はクスリと笑った。

「その方が、お前らしくていい。それで――何のご用でしょうか、レディ?」


□■□


アレクサンダーに、"学園生は軍服を着用する機会があるのか"と尋ねる。

「なぜ、そんなことが気になったんだ?」

彼が首を傾げると、濃い茶色の髪がさらりと揺れた。

「いえ、そんなような噂を……」

上手い言い訳が思いつかず、苦しいが誤魔化すことしかできない。

「……嘘だろう。目が泳ぎすぎだ」

呆れた顔の彼は、軽くため息を吐いた。

「人には、誰しも秘密の1つや2つあるものというしな。聞かないでおく」

「あ、いえ別に大丈夫ですけど……私、そんなに目泳いでましたか?」

「ああ。社交界に出たら苦労するぞ」

もう既に辛酸を舐めた経験がある(らしい)従兄は、遠い目をした。

「特に、女の方の腹の探り合いは凄まじい……俺も、幾度となく餌食になった。年若い人間は、侮られるぞ」

遠い目をしたまま、アレクサンダーが薄く笑う。

「特に、お前はな。レスリー・ハンナ・ゴードン――王太子妃の筆頭候補の1人と謳われる、あの彼女のお気に入りときてる。もう目をつけている人間は多い」


そういえば、そうだよね……

あまりポーリンやレスリーたち以外と関わっていないと、気が緩んでしまう。

当然……火事を乗り切れば、社交界が待っているのだ。


……いや、しかし。

「アレックス様」

「何だ、この俺の、社交界での武勇伝を聞きたいのか?」

「え、何が武勇伝なんですか」

本気で言っているところに狂気を感じる。何なんだこの俺様従兄。

「レスリー様のことです。王太子妃の筆頭候補の1人――って」

ややムキになって答えると、楽しそうに彼の唇が弧を描く。明るい灰色の目が細められ、ジッと狙い澄ますように私を見た。

「気になるのか?」

「だって、筆頭候補の1人って……そんなにたくさん候補がいるんですの? もう来年には、わたくしたちも社交界デビューですよ……?候補の方々が、結婚しそびれたらどうするんですか」


それに、レスリーは『結婚を迫られている』的なことを言っていなかったか? その話が単に出回っていないだけなのだろうか。

しかし、そうであったとしても、"今までよりは絞られた"と気付く人が出てくる……それが社交界だ。


「ふん、何か知っていそうな顔だな。しかし、知らないことも多いんだろう。社交界ではどういう話になっているか、聞きたいか?」

従妹に頼られ嬉しいのだろう、八重歯を見せてアレクサンダーは笑う。


「ええ、教えて下さいませ」


私も何だか嬉しくなって、精一杯甘えた声を出してみたり、してみる……のだった。


「ああ、わかった」



すぐに話を聞けるのかと思いきや、アレクサンダーは(私と入れ替わりで)廊下に控えていた男性に声をかけ、お茶と少しのお菓子を頼んでいた。


「喉が渇くだろう? ダリルはうちの使用人で、この滞在中は俺の従者を務めてくれているんだ。この公爵家の家人じゃないから、そう心配そうな顔をするなよ」


……私と入れ替わりで部屋を出たダリルさん使用人の存在を気にしない程度には、私も貴族文化に馴染んでいる。

アレクサンダーのように、早いうちから自分づきの使用人を持つ貴族子女も当たり前にいるのも知っている。


ただ、ふと意識を向けてしまうと、やはり気にしてしまうのだ。



□■□



使用人に(カスター家でするように)丁寧にお礼を言うのは、貴族としては あまりそぐわないと分かっていたから、お茶を用意してくれたダリルさんに軽く会釈をした。



「美味しいですね」

貴族の嗜みとして、私も紅茶についてはそこそこに叩き込まれている。

この茶葉の特徴である爽やかで甘い香りを楽しみながら、アレクサンダーと微笑み合った。

何だ、いっぱしの貴族子女っぽいじゃないか。

「さあ、何から聞きたい?」

紅茶のおかげだろうか、彼の微笑もいつもより柔らかい。


……私が死んだら、この人は悲しんでくれるのかしら?


……俺様従兄だけど、多分根は優しい人なのよ。


…………多分、ね。



「少し戻りますが。学園生が、軍服を着用することは?」

もう一度そう尋ねると、アレクサンダーはカップを置き、腕組みをした。

形のいい眉が下がって、口もへの字の形になる。

困ったな、と微かな呟き。

「リチャード君とは、そういう話はしないのか」

「していたら、わざわざ聞いていませんわ」

口を尖らせると、そうだな、とアレクサンダーは笑った。

「学園は、2年目の後期からは何を学ぶかが分かれるんだ。士官学校の予科に当たる『士官候補科』と、主に官吏の育成や領地の経営に関する知識を学ぶ『政務科』だな。17歳まで通うわけだが、官吏を目指す者は試験などで忙しくなるし、必須の授業は4年生までだ」

「そうなんですのね……全く知りませんでした」


……クリシア学園は、そんな制度になっていたのか。

女子が知らないのは当然よね、と思ったが、改めて考えるとそれは『当たり前』ではない。

私には前世での記憶があるけれど……

11年間、『伯爵令嬢シンディ・カスター』として生きてきた常識が、やはり根本にあるのだ。

家庭教師からのみ学び、学校に通わないことに違和感がない。

学校に行くのは当たり前――という前世での記憶は、あくまで(時間的に逆転しているけれど)接ぎ木に過ぎない。

精神年齢が少し上がった自覚はあるが、あくまで本来の自我はシンディとしてのもので。


「シンディ」


ハッと顔を上げると、ビスケットのくずを指から払ったアレクサンダーがいた。


「……長旅だったから、疲れているのか? それとも、悩み事? 軍服の学園生に何かあるのか」

「いえ、問題ありませんわ」

慌てて取り繕うが、我ながら全く意味がない。

「さっきよりも誤魔化せてないぞ。……言いたくないなら、いいが」

ため息を吐かれて、カップを持つ手が震えてしまった。


いけない。


「…………ライト家のことです」

動揺を隠そうと空回りした結果、ポロリと言葉が出てしまった。本末転倒。

「ライト家?」

器用に右眉だけを吊り上げて、アレクサンダーが低い声を出す。

普段はややハスキーな声だが、今は響きが深く、明らかに嫌悪感を纏っている。

更に、その表情も、ただでさえ凄みがあるというのに……頼みますから、私越しに空間を睨まないで下さいまし。


「何をされたんだ」


じわりと、怒りを滲ませた低い声が部屋の空気を震わせる。

……どうしてそんなに、怖い顔を。

「……あ、あの、アレックス様。何か勘違いしておられません?」

「どういうことだ」

「わたくし、まだ、何もされていませんわ……あ、いえ、悪口は言われたみたいですが」

「まさか…………直接は何もされていない、の、か……?」


頷くと、彼は途端に顔を真っ赤にして、ぐいと紅茶を呷った。

え、なになに。何ですか。


「よかった……いや、よくはないな。お前に中傷とは、いったいどういう了見なんだ」

カップを静かにソーサーに戻して――さすが貴族、もう表情は落ち着いていた――

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