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さて、そんな甘々な夕食を終えて。
お母さまが、カーター夫人からお礼に頂いたという焼き菓子をみんなで食べた。フルーツがたっぷり入った、パウンドケーキ的なもので、非常に美味だった。
「おいしい!」
「本当ね。さすが、ギャラハーのケーキだわ」
「おや、あのギャラハーのかい?」
どうやら、ギャラハーとは、有名な高級洋菓子店らしい。
そんなことは知らない私でも、このケーキがすごく美味しいことは分かるので、あっという間に完食してしまった。……もしかして、淑女としてはまずかったかもしれない。
そう思ってお母さまを見ると、
「レイチェル、ふた切れ目かな?」
「あら、たまにはいいじゃない。ねえシンディ、もう少し食べたくありません?」
なんと、早くもふた切れ目にフォークを刺していた。よし、私ももうひと切れゲットだ。
すごく美味しい。お母さまとお父さまの結婚記念日あたりにプレゼントしたいな……。 シンディはお小遣いをもらっていないので、残念だが。
◻︎■□
自室に戻り、分厚い本でゲーンズボロ家について調べる。
ゲーンズボロ男爵家は、災害でうまれた孤児たちを保護した裕福な商人が叙爵された、らしい。今も商売メインで財をなし、芸術の保護もしているという。爵位は実質あってないような一族のようだ。
どうにも、王族と繋がりがあるような雰囲気は感じられない。首を傾げて、腕を組み。
グレースのような存在が、他にもいるのだろうか。王女でなくても、王孫、王弟、あるいは王妹……
考えても、正直分かるものではない。
諦めて数学の勉強でもした方がいいかもしれない。それで、ひと段落したら寝よう。
◻︎■□
翌朝ーー
シンディは、人生初であろう、母親の大声で目を覚ました。
いつもは、自分で起きるか、メイドの誰かが起こしてくれていたが……
「シンディ、シンディ」
淑女のはずのお母さまが、廊下から大音声で私を呼んでいるのである。
寝間着から着替えるのも忘れ、私はバタンと扉を開けた。
「お、お母さま、何でしょう」
寝間着姿の私を見て、お母さまは控えていたリズに「急かしすぎたかしら?」と尋ねた。リズも否定しない。そうなのだろう。
「ごめんなさいね、シンディ。私、あまりにも驚いてしまって……」
リズが、豪奢な封筒を私に差し出す。
純白の紙に、黒と銀、そして紫の三色に分けられた紋章ーー家紋だろうか?ーーが中央に押されていた。
封筒を裏返すと、
「ええっ……?」
お母さまとリズも困惑しているようで、
「中身はまだ見ていないわ。シンディ、何か心当たりは……?」
と尋ねてくる。
心当たり。ある。めっちゃある。
なにせーー宛名は『シンディ・カスター様』、差出人は『レスリー・ハンナ・ゴードン』なのだから。
《突然お手紙を差し上げるご無礼を、どうぞお許しくださいませ。
ごきげんよう、シンディさん。
本日……いえ、届くころには『昨日』ですわね。大変驚かせてしまったことと思いますわ。重ね重ね、お詫び申し上げます。
そして、お手紙を差し上げたのは、他でもありません。
わたくしの両親が、あなたをゴードン家にお招きするように申しておりますの。ぜひ、来ていただきたいと、わたくしも思っておりますわ。
日にちはシンディさんに合わせます。
無理なことをお願いしているのは分かっておりますが……両親も、わたくしが友人付き合いをあまりしないのを、心配しているようなのです。
お一人が不安でしたら、ご友人を連れてきて下さっても構いませんわ。
ですから、ぜひ、お願いいたししますね。
レスリー・ハンナ・ゴードンより、
シンディ・カスターさんへ》
な、何ということでしょう……
お母さまも、リズも、覗きにきたサラも、あららという雰囲気を醸し出していた。
「いつの間に、レスリー様と知り合ったの……?」
気の抜けたお母さまの声に、気の抜けた私の声が事情を説明した。
それで了解したらしく、お母さまは短いため息を吐いた。
「レスリー様も……いや、そうよね。あなたと同い年ですものね」
明言こそしないが、つまり、王太子の婚約者の筆頭候補(というか敵なしだ)の公爵令嬢ーーとはいえまだ11歳のレスリーを心配しているようだった。
私も神妙な顔で黙ってしまったが、お母さまは少し明るい声でこう続けた。
「せっかくですから、行ってらっしゃいな。ポーリンも誘ってみたらどう?」
「ポーリンも、ですか?」
予想できなかったわけではないが……
「ええ。声をかけてみるだけでもいいのよ」
どうしたものかと、私は目線をうろうろ彷徨わせるのだった。
□■□
こんな朝から使いを出すのも失礼だろうと、とりあえず朝食をとることにする。私は急いで着替えて、また降りてきた。
お父さまはもう出勤したというので、お母さまと2人の朝食だ。
「……それにしても、驚いたわ」
「ええ、私もびっくりです。まさか、お誘いが来るとは……」
「レスリー様は、どんなお方でした?」
お母さまの問いに、私はうーんと小さく唸る。
「噂で聞いていたより、ずっと綺麗な方でした。あとは、何というか……気品かしら。ひとを惹きつける何かがあるような方でしたわね」
「ゴードン公爵も、公爵夫人もとてもお優しい方でいらっしゃるのよ。公爵さまは、陛下にもとても重用されているし、公爵夫人は、身分だけで人を判断したりはなさらないしね。だから、あなたがお屋敷へ行っても大丈夫だと思うわ」
そこに戻ってくるのね……と思いつつ、頷いてスープをひと匙すくう。
「……それはそうと、今日は数学と歴史の授業よね」
「ええ」
「あとは、……シンディ、あなた、エルラーツ語は習いたい?」
エルラーツ語。
大人の中には、自分たちの敵であり、あるいはもっと(ずっと)昔には圧政を敷かれていた……という悪感情もまだ消えていない。
しかし、王族は当たり前のように勉強しているし、これからの時代には必要だと両親は考えているという。
私も、習っておいて損はないと思う。
なにせ、シンディ・カスターの人生は、未定なのだ。未来は無限。だから、
「……習いたいです」
そう答えると、お母さまは微笑んだ。
◻︎■□
数学教師は、マレット氏。今の伯爵の弟で、3年前まで学園で数学を教えていたらしい。
高校数学よりはだいぶ簡単な数学の授業は、歴史とは対照的に淡々と進む。
マレット氏自身は堅苦しいというわけではないが、私も多弁ではないために静かになってしまうのだ。
「シンディ嬢、だいぶ筋がよろしいですね。学園に入ってもついてこられるでしょう」
まるで、私が学園に入学する予定のように先生は笑う。
「わたくしは、学園には行きませんけれどねえ」
笑いながら返せば、先生は一転真面目な顔になった。思わず身構えると、
「いや……これからは、女子でも、いや、平民でも学校に通えたらいいんだけどなあ」
それを聞いて、私が思い出したのは前世ーー日本のことだった。
「……きっと、いえ、絶対に実現できますわ」
この世界では、義務教育なんて夢物語。学校に行けるのは貴族の男子だけで、ましてや平民なんて。
でも、そのことに気づいた人がいるだけでも、なぜか嬉しかった。
「僕は、次男だったから爵位を継げなかったのです。数学だけは得意だったから、生きていく道が見つかりましたが。僕のように、学校に通えていたから、生きる術を持てた人は他にもいるでしょう。……つまり、逆もあるでしょうね」
噛み締めるような先生の言葉に、私の心臓が、早鐘を打った。
◻︎■□
先生が帰ってから、私は自室でぼんやりしていた。
歴史の授業は、午後だからまだ時間がある。
考えていたのは、さっきの先生の言葉だ。
前世でたまに読んでいた、いわゆる『転生もの』の小説。その多くは悪役令嬢といわれる貴族の令嬢に転生し、処刑や追放などのバッドエンドを回避すべく努力するーーという話だ。
公爵令嬢、辺境伯令嬢などの身分を利用して、前世の知識を活用した改革を行うものも多い。あるいは、それきっかけでの恋に落ちるストーリーも定番だとか。
悪役令嬢ものは、バッドエンド回避のための行動がパターン化されていて、何をすればバッドエンドなのかが分かりやすい。
一方、私の場合は、何をすれば死を回避できるかが分かっていない。
また、改革をする領地も力もない。
王族や国政に関わるつもりもコネもない。ないない尽くしだ。
はあ。ため息が漏れる。
知っているのに、手出しできないこの国の現実。いや、その前に私がすべきこと…………
そうだ。
ゲーンズボロ男爵の令嬢に会うべく、手紙を書こう。
失礼かもしれないが、先生からクラリベルに繋いでもらい、上手いことあの子に会わせてもらえれば。
「よーし」
気合いを入れたところに、
「シンディ、いらっしゃいな」
お母さまの声が、再び私を呼ぶのだった。




