表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/53

14

さて、そんな甘々な夕食を終えて。

お母さまが、カーター夫人からお礼に頂いたという焼き菓子をみんなで食べた。フルーツがたっぷり入った、パウンドケーキ的なもので、非常に美味だった。


「おいしい!」


「本当ね。さすが、ギャラハーのケーキだわ」


「おや、あのギャラハーのかい?」


どうやら、ギャラハーとは、有名な高級洋菓子店らしい。

そんなことは知らない私でも、このケーキがすごく美味しいことは分かるので、あっという間に完食してしまった。……もしかして、淑女としてはまずかったかもしれない。

そう思ってお母さまを見ると、


「レイチェル、ふた切れ目かな?」


「あら、たまにはいいじゃない。ねえシンディ、もう少し食べたくありません?」


なんと、早くもふた切れ目にフォークを刺していた。よし、私ももうひと切れゲットだ。

すごく美味しい。お母さまとお父さまの結婚記念日あたりにプレゼントしたいな……。 シンディはお小遣いをもらっていないので、残念だが。



◻︎■□



自室に戻り、分厚い本でゲーンズボロ家について調べる。

ゲーンズボロ男爵家は、災害でうまれた孤児たちを保護した裕福な商人が叙爵された、らしい。今も商売メインで財をなし、芸術の保護もしているという。爵位は実質あってないような一族のようだ。

どうにも、王族と繋がりがあるような雰囲気は感じられない。首を傾げて、腕を組み。

グレースのような存在が、他にもいるのだろうか。王女でなくても、王孫、王弟、あるいは王妹……


考えても、正直分かるものではない。

諦めて数学の勉強でもした方がいいかもしれない。それで、ひと段落したら寝よう。



◻︎■□



翌朝ーー

シンディは、人生初であろう、母親の大声で目を覚ました。

いつもは、自分で起きるか、メイドの誰かが起こしてくれていたが……


「シンディ、シンディ」


淑女のはずのお母さまが、廊下から大音声で私を呼んでいるのである。

寝間着から着替えるのも忘れ、私はバタンと扉を開けた。



「お、お母さま、何でしょう」


寝間着姿の私を見て、お母さまは控えていたリズに「急かしすぎたかしら?」と尋ねた。リズも否定しない。そうなのだろう。


「ごめんなさいね、シンディ。私、あまりにも驚いてしまって……」


リズが、豪奢な封筒を私に差し出す。

純白の紙に、黒と銀、そして紫の三色に分けられた紋章ーー家紋だろうか?ーーが中央に押されていた。

封筒を裏返すと、


「ええっ……?」


お母さまとリズも困惑しているようで、


「中身はまだ見ていないわ。シンディ、何か心当たりは……?」


と尋ねてくる。

心当たり。ある。めっちゃある。


なにせーー宛名は『シンディ・カスター様』、差出人は『レスリー・ハンナ・ゴードン』なのだから。




《突然お手紙を差し上げるご無礼を、どうぞお許しくださいませ。

ごきげんよう、シンディさん。

本日……いえ、届くころには『昨日』ですわね。大変驚かせてしまったことと思いますわ。重ね重ね、お詫び申し上げます。

そして、お手紙を差し上げたのは、他でもありません。

わたくしの両親が、あなたをゴードン家にお招きするように申しておりますの。ぜひ、来ていただきたいと、わたくしも思っておりますわ。

日にちはシンディさんに合わせます。

無理なことをお願いしているのは分かっておりますが……両親も、わたくしが友人付き合いをあまりしないのを、心配しているようなのです。

お一人が不安でしたら、ご友人を連れてきて下さっても構いませんわ。

ですから、ぜひ、お願いいたししますね。

レスリー・ハンナ・ゴードンより、

シンディ・カスターさんへ》




な、何ということでしょう……

お母さまも、リズも、覗きにきたサラも、あららという雰囲気を醸し出していた。


「いつの間に、レスリー様と知り合ったの……?」


気の抜けたお母さまの声に、気の抜けた私の声が事情を説明した。

それで了解したらしく、お母さまは短いため息を吐いた。


「レスリー様も……いや、そうよね。あなたと同い年ですものね」


明言こそしないが、つまり、王太子の婚約者の筆頭候補(というか敵なしだ)の公爵令嬢ーーとはいえまだ11歳のレスリーを心配しているようだった。


私も神妙な顔で黙ってしまったが、お母さまは少し明るい声でこう続けた。


「せっかくですから、行ってらっしゃいな。ポーリンも誘ってみたらどう?」


「ポーリンも、ですか?」


予想できなかったわけではないが……


「ええ。声をかけてみるだけでもいいのよ」


どうしたものかと、私は目線をうろうろ彷徨わせるのだった。



□■□



こんな朝から使いを出すのも失礼だろうと、とりあえず朝食をとることにする。私は急いで着替えて、また降りてきた。

お父さまはもう出勤したというので、お母さまと2人の朝食だ。


「……それにしても、驚いたわ」



「ええ、私もびっくりです。まさか、お誘いが来るとは……」


「レスリー様は、どんなお方でした?」

お母さまの問いに、私はうーんと小さく唸る。


「噂で聞いていたより、ずっと綺麗な方でした。あとは、何というか……気品かしら。ひとを惹きつける何かがあるような方でしたわね」


「ゴードン公爵も、公爵夫人もとてもお優しい方でいらっしゃるのよ。公爵さまは、陛下にもとても重用されているし、公爵夫人は、身分だけで人を判断したりはなさらないしね。だから、あなたがお屋敷へ行っても大丈夫だと思うわ」


そこに戻ってくるのね……と思いつつ、頷いてスープをひと匙すくう。


「……それはそうと、今日は数学と歴史の授業よね」


「ええ」


「あとは、……シンディ、あなた、エルラーツ語は習いたい?」


エルラーツ語。

大人の中には、自分たちの敵であり、あるいはもっと(ずっと)昔には圧政を敷かれていた……という悪感情もまだ消えていない。

しかし、王族は当たり前のように勉強しているし、これからの時代には必要だと両親は考えているという。

私も、習っておいて損はないと思う。

なにせ、シンディ・カスターの人生は、未定なのだ。未来は無限。だから、


「……習いたいです」


そう答えると、お母さまは微笑んだ。



◻︎■□



数学教師は、マレット氏。今の伯爵の弟で、3年前まで学園で数学を教えていたらしい。

高校数学よりはだいぶ簡単な数学の授業は、歴史とは対照的に淡々と進む。

マレット氏自身は堅苦しいというわけではないが、私も多弁ではないために静かになってしまうのだ。


「シンディ嬢、だいぶ筋がよろしいですね。学園に入ってもついてこられるでしょう」


まるで、私が学園に入学する予定のように先生は笑う。


「わたくしは、学園には行きませんけれどねえ」


笑いながら返せば、先生は一転真面目な顔になった。思わず身構えると、


「いや……これからは、女子でも、いや、平民でも学校に通えたらいいんだけどなあ」


それを聞いて、私が思い出したのは前世ーー日本のことだった。


「……きっと、いえ、絶対に実現できますわ」


この世界では、義務教育なんて夢物語。学校に行けるのは貴族の男子だけで、ましてや平民なんて。

でも、そのことに気づいた人がいるだけでも、なぜか嬉しかった。


「僕は、次男だったから爵位を継げなかったのです。数学だけは得意だったから、生きていく道が見つかりましたが。僕のように、学校に通えていたから、生きる術を持てた人は他にもいるでしょう。……つまり、逆もあるでしょうね」


噛み締めるような先生の言葉に、私の心臓が、早鐘を打った。



◻︎■□



先生が帰ってから、私は自室でぼんやりしていた。

歴史の授業は、午後だからまだ時間がある。

考えていたのは、さっきの先生の言葉だ。


前世でたまに読んでいた、いわゆる『転生もの』の小説。その多くは悪役令嬢といわれる貴族の令嬢に転生し、処刑や追放などのバッドエンドを回避すべく努力するーーという話だ。

公爵令嬢、辺境伯令嬢などの身分を利用して、前世の知識を活用した改革を行うものも多い。あるいは、それきっかけでの恋に落ちるストーリーも定番だとか。

悪役令嬢ものは、バッドエンド回避のための行動がパターン化されていて、何をすればバッドエンドなのかが分かりやすい。

一方、私の場合は、何をすれば死を回避できるかが分かっていない。

また、改革をする領地も力もない。

王族や国政に関わるつもりもコネもない。ないない尽くしだ。

はあ。ため息が漏れる。

知っているのに、手出しできないこの国の現実。いや、その前に私がすべきこと…………


そうだ。


ゲーンズボロ男爵の令嬢に会うべく、手紙を書こう。

失礼かもしれないが、先生からクラリベルに繋いでもらい、上手いことあの子に会わせてもらえれば。


「よーし」


気合いを入れたところに、


「シンディ、いらっしゃいな」


お母さまの声が、再び私を呼ぶのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ