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凍り鬼  作者: greed green/見鳥望
四章 痛み
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(1)

「原点に立ち返れば、意外と構造はシンプルなのかもしれないね」


 改めて事件のファイルを確認していた御神さんが独り言のように呟いた。もちろん事件の事についてなのだろうが、私はよく分からなかったのでスルーしてペットボトルの水を飲み、ぐびぐびと喉を鳴らしていた。


「ねえ、聞いてる?」

「あ、独り言じゃなかったんですね」

「もうちょっと事件に取り組む姿勢を持ってくれるかな」

「さーせん。で、なんでしたっけ?」

「まったくもう。ほら、これ見て」


 そう言って御神さんがファイルを私に手渡す。


「次沢兼人と内原直樹のプロフィールですか。これがどうかしたんですか?」

「ゆとりくん、ちょっとは刑事らしく推理ぐらいしてみたらどうだい」

「えー無理ですよー私なんかに」

「やってみなくちゃ分からない」

「むう」


 さっさとギブアップしたい所だが、何か見つけるまでは解放しないぞと言わんばかりの眼差しに、私は仕方なくつたない推理を始めることにした。


 ファイルに書かれているのは二人の基本情報だ。おそらく影裏案件として判断される前に、普通の刑事が普通の捜査をする過程で得た情報だろう。

 年齢、氏名、経歴。生きていた頃に辿った人生の箇条書き。二人が辿った人生は、もっと色濃いものだったはずだ。だが今死して彼らの人生は、こんな紙切れに簡単にまとめられている。捜査に必要な情報だけを抽出するように肉を削がれ、無駄を省いた人生。なんだか、途端に悲しくなった。


 ――ああ、駄目だ。駄目だ。

 

 妙な感情移入はやめよう。今そんな感傷に浸っても仕方がない。推理推理。で、推理って何したらいいんだっけ?


「んーっと……」


 ああ、あれか。共通点みたいなのを見つけたらいいのか。方針を固めて二人の情報に目を凝らす。

 次沢兼人は年齢26歳、商社の営業マン。内原直樹も年齢は同じで、こちらはプログラムの開発に携わっていたとの事。

 同年代。まず一つの共通点。更に経歴に目を通す。


「あれ?」


 二人の書類を交互に見比べる。

 二人はそれぞれ都内に一人暮らしをしていたようだ。住んでいた場所は、次沢は江戸川区。内原が大田区。御神さんの予想だとまだ事件は続くとの見方だが、今現在あくまでこの二人の情報だけ見れば、犯行範囲は都内におさまっている。生きた犯人がいるのだとすれば、おそらく犯人も都内、そうでなくても関東圏にはいるだろう。だがそれよりも気になったのは二人の出身地だ。

 

 ――新潟。


 二人の出身地は共に新潟市内と記されていた。


「って事は……」


 御神さんが言っていた言葉を思い出す。

 構造はシンプル。年齢は同じ。故郷も同じ。

 

「新潟に、何かのこの事件に繋がる鍵があるって事か……」

「ほら、推理出来たじゃないか」

「いやいや、こんなの推理でもなんでもないじゃないですか」


 経歴に書かれた情報を辿っただけにすぎない。推理とは程遠い。それでもこんな単純な繋がりを発見しただけでも、少し真実に近づけたような気がして、ささやかな心地良さを覚えた。


「まあ探って見る価値はあるね。というか、今はそこぐらいしかない。指紋の件は今現状僕らの手におえる材料ではないからね」

「まあ、そうですね」


 光を見つけた気になっていたが、これがどれほど真実を照らす光なのかは分からない。

 一気に全てを明らかにする事が出来る程の強く眩いものなのか。はたまた線香花火程度の暗闇を照らすには程遠いものなのか。何にしても、すがる先がそこぐらいしかない。そう思うと、体の力がずるっと抜けた。


 刑事ってこんな感じなのか。

 一つ一つ、事件を解くために様々な可能性を探っていく。どんな小さなもので見逃さず。だが掴んだ僅かな希望が、何の意味を持たない石ころの場合だってある。いや、実際はほとんどが石ころなのかもしれない。でもくじけず、めげず、真実に向けてひた走る。


 ふと梅﨑先輩の顔が浮かんだ。

 高圧的で、馬鹿にしたような物言いは気に食わないけど、先輩がしている事はこんなにも大変なものなのだ。しかしまだその本当の大変さにちゃんと触れたわけではない。これで大変だ疲れたなんて嘆いていたらそれこそ先輩に馬鹿にされる。


「考えておこうか」

「え?」


 御神さんの声で思考は強制的に中断される。


「新潟」

「ああ」


 私なんかが何を出来るでもないだろう。

 ただ、初めてこの時、少し先輩の事を素直に尊敬した。


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