(4)
「御神さんは、いつから受け入れたんですか」
ずっと、当たり前のように怪異を扱ってきた御神さん。御神さんが見てきた世界。
最初からそうなのか。それとも私のように運悪く巻き込まれ、雪崩式にこの世界に取り込まれたのか。
「あの子が消えた時からだよ」
「あの子?」
御神さんは遠い過去をそこに映し出すように虚空を眺めた。
「どこでもドアの女の子。あの子は、僕の友達だったんだ」
「え」
私がこの部屋で最初に偶然手にした、あの行方不明の少女。北海道へと一瞬にして飛んだ少女。
「君がその事件を尋ねてきた時には驚いたよ。何かドッキリでも始まるんじゃないかと思ったよ」
「あの子が、そうだったんですね」
「うん。それが全ての始まりだった。でもね、当時その事実を誰も信じなかった。そんな事あり得ないって、皆受け入れなかった。彼女の両親も、我が子の無事に関しては心底喜んだけど、それ以上の事からは目をそむけた」
「まあ……無理もないでしょう」
「そうだね。その普通の感覚が、彼女にとってはとてつもなく残酷な刃になった」
「……」
「同い年の連中は皆、興味津々で彼女の話に耳を傾けた。でも誰もその話を信じてなどいなかった。最初は興味深そうに近付いた者達も、話終えた彼女に対して皆口を揃えてこう言った。嘘つきとね」
「……」
ひどい。かわいそう。そんな言葉が口をつきそうになったが、私はそれをためらい、口に出す事をやめた。
自分も同じ事を言うだろうと思ったからだ。見ず知らずの少女が必死に真実を語る姿を、指を差し嘘つきと笑う自分の姿が、頭の中に映し出された。
「その当時、まだ僕も普通の世界しか知らなかった。でも、あんなに必死になって訴えている彼女の姿を見た時、僕の心に疑う気持ちはまるでなかった。むしろ何故皆が信じないのかが信じられなかった。うまく力をコントロールできてれば、皆の前で証明出来たんだろうけどね」
御神さんの顔は、少女の痛みを共有するように悲しみを湛えていた。
「あれが始まりだった。気付けば、導かれるようにここにいた。そして、彼女がやっぱり嘘などついていなかったと言う事を、改めて確認する事が出来た」
御神さんから常に感じる柔らかい空気や穏やかな表情。そこに宿る優しさ。その元が今垣間見えた。そこにあるのは、一人の少女を通じて得た、信じるという強固で揺るがない気持ち。この世界に起きている事を受け入れる覚悟。その強さが、御神さんを形成している。
「僕は全てを受け入れる。誰も拾わない声を、僕は拾い上げる。なんて、僕みたいな矮小な存在が言うのはおこがましいかもしれないけど、それが僕のやるべき事で、出来る事だと思ってる」
拒むのは簡単だ。自分の世界に必要のないもの、理解できないもの。そういったものを排除すれば、自分の世界はいつまでも居心地よく保たれる。
しかし、知らない、受け入れないという事が、世界をどこまでも狭く小さくつまらないものにしてしまうのも事実だ。
私は、今までどれだけのものを排除してきただろう。
ゆとりでめんどくさがりな私は、私の住みやすい世界をつくりたくて仕方がなかった。この案件を受け取った時、自分の世界が壊される事を想像して心底嫌気がさした。
だが、それでずっといいのだろうか。
考えた事もなかったが、ふとそんな思いがよぎった。