第805話 エントアタック
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁ……。どうにも嫌な予感がしやがるぜ」
額に薄っすらと滲む汗を拭きながら、陰鬱な表情を浮かべるアルバァ。
季節は冬真っただ中とはいえ、重い装備をした状態で山道を登っているので、滴るほどではないにせよ汗はかく。
現在アルバァを含む一団は、ディルダグの街からゾボロの町に向けて出陣している途中だった。
「ここ数日はずっとその調子じゃのお。六暴聖の中では一番の若手とはいえ、わしらは聖なる暴虐団の頂点。もっとシャンとせんか!」
「とはいってもよ、ハム爺。既に姐さんもスィッタもいねえんだ。今回の戦争は何かが違ぇ」
得体のしれない怖気のようなものを感じたアルバァが、両腕を抱き寄せて体を震わせる。
その弱気な様子を見たハムサが、やれやれとした様子で口を開く。
「お前さんの天恵は韋駄天じゃろう? もしや予知系の天恵でも目覚めたのかの?」
「いや……そんなんじゃねえけどよ。サラーサの姐さんだけでなく、スィッタまであっさり死んじまったから、次は俺の番かもしれねえ……とか考えちまったのかもな」
最初のヒッタイト高地での挟撃戦の果ての乱戦中に、六暴聖のひとりであるサラーサは四魔君主のゾルダによって討ち取られた。
そしてその後のリバーマン攻略戦において、スィッタがヴェリアス麾下の吸血鬼部隊に殺されている。
アルバァもヒッタイト高地戦では右腕を失ったものの、従軍していた復活の聖女の力で、失った右腕は再生している。
そのような措置を受けられたのも、アルバァが六暴聖という強大な武力を持っているためだ。
いかに光の使徒といえど、欠損者全員の部位欠損を治すことは出来ない。
「まあ大軍同士のぶつかり合いともなると、わしらも油断は出来ん。スィッタも継戦能力は高かったが、数の暴力の前には限界も来るというものじゃ」
アルバァの相談相手のようになっているハムサは、六暴聖の中では一番の年嵩で、経験だけは他の誰よりも多い。
逆に一番若いアルバァは、腕は確かながらもまだまだ大規模な戦闘の経験が少なかった。
「数の暴力か……。総数としてはこっちのが上だけど、常にどの場面でもこっちが上って訳でもねえからな。なまじ数が多いだけに、妙な安心感で油断しちまってた部分はあった」
「なら今回の配置は丁度よかろう。総数は1万と全体からすると極一部じゃが、地形的に大軍同士がぶつかり合う場所でもない。個人の能力が活かされる地形……つまりわしらの得意とする地形じゃ。それに……」
そう言ってハムサが視線を少し前方を進む人物に向ける。
それだけでアルバァにもハムサの意図は伝わった。
「今回は団長も一緒だったな。六暴聖が3人も揃ってんだ。それだけで、1000の兵を相手にするのも訳ないって事か」
「そういう事じゃ。しかしてっきり団長は騎兵部隊による、ラテニア本土蹂躙の方に参加すると思ったんじゃがのぉ」
「…………」
背後でアルバァ達がベチャクチャと話す声が聞こえていながら、団長であるワーヒドゥはひたすら前を向き歩き続けている。
寡黙なこの男がゾボロ侵攻に参加した理由は、本人しか知らない。
ワーヒドゥは余計な事を口にしない性格だからだ。
その性格から周りの者は思慮深いだとか、何手先までの事を常に考えているだとか言われる事もあるのだが、実際はそんなこともなかった。
今回ゾボロ侵攻に参加した理由も、その先にある選神碑を生で見てみたいという、割と俗な好奇心が理由である。
「ハムサ殿。そろそろゾボロの町が近いとの事ですので、進軍速度を下げて斥候を前方に配置します。暴虐団の方々も配置についてください」
「承知した、リヒャルト殿」
今回帝国はゾボロ、およびガークランの侵攻の為に1万の兵を差し向けている。
その内訳は、聖なる暴虐団から4000。
そしてその他の傭兵団からも同じく4000。
残る2000は東方面軍の大隊であり、それら大隊を束ねるリヒャルト連隊長がガークラン方面軍の指揮官として派遣されている。
聖なる暴虐団も傭兵団のくくりではあるが、特に荒くれ者が多く集い、トップの六暴聖の飛びぬけた強さもあってか、帝国軍からの扱いも若干異なる。
連隊長というのも結構上の方の身分ではあるが、彼のハムサに対する態度は礼儀正しいものだった。
「――という訳じゃ。お主もさっさと配置につけ。団長はこのままの配置で、お任せしますぞ。わしは左翼側に参る」
せっかくの戦力なので、1か所にまとめて配置するのは勿体ない。
という理由で、基本的に六暴聖が同じ戦場に固まらないよう、部隊は配置されている。
ハムサが左翼側に回り、中央に団長。そして右翼側にアルバァという配置だ。
「では、いくぞい!」
「おうよ!」
「……ああ」
三者三様の声を上げ、ハムサたちは散っていく。
アルバァも戦闘が間近という事もあって、先ほどまでの不安な様子は鳴りを潜めている。
その事を確認したハムサは、部下を連れて左翼へと移動していった。
「ハムサの旦那ぁ。今回はあっしらにも出番を用意してくだせえ」
「そうですぜ。せっかく何してもいい連中がいるってのに、参加出来ねえってんで滾ってる奴が多いんでさあ」
「分かっておる。暴虐団の中でもおとなしめの連中を集めておるが、ウチに入団してる時点で、おとなしめと言うてもたかがしれとるからな。今回は好きに暴れてよいぞ」
六暴聖の内、まともに部下を指揮して戦えるのは、狂戦士が発動する前のイスナーニかハムサしかいない。
なのでハムサは他の六暴聖とその部下たちの尻拭いというか、後方任務やら補給任務などを担当する事が多かった。
そのせいで、ハムサの部下たちには鬱憤が溜まっている。
今回の戦はその鬱憤を晴らすのにもってこいだ。
……そう、ハムサは思っていた。
「て、敵……いや、魔物の襲撃だああああ!!」
森の中一杯に広がって進軍しているので、どうしても物音を消すことはできない。
そのせいで、敵や魔物などの接近に気づきにくい。
しかも今回現れた魔物は、進行方向からではなく側面から襲ってきたので、斥候の探知範囲からも外れていた。
「ええい! 魔物ごときでいちいちうろたえるでない!」
「し、しかし旦那! 現れたのはただの魔物じゃねえですぜ!」
「む、どういうことじゃ?」
そう尋ねたハムサだったが、部下の返事を聞くまでもなくどういう意味なのかを理解した。
左方に振り向いたハムサの視界の先に、大暴れする巨大な樹木の魔物が暴れているのが目に入ったからだ。
「あれはエルダートレント……か? 周囲の木が邪魔で余り良く見えんが、あの樹高となるとエントの可能性もあるな……」
どちらにせよ、部下たちが大騒ぎする理由も納得だ。
エルダートレントであれば脅威度Ⅶ。
エントであれば脅威度はⅧにもなる。
しかもそれが3体同時に暴れているのだ。
「まさか、エントがなんだってこんな所に出やがるんだ!」
「文句を言っても始まらんじゃろう。奴ら樹木系の魔物は、スピードは遅いがパワーと体力が並外れておる。無理して突っ込んだりせず、地道にダメージを与えてゆけ!」
思わぬ強敵が出現し、左翼側の進軍が止まる。
魔物出現の報告は連隊長や団長のいる中央部にも届いていたが、進軍は止めずそのまま前に進む。
中央部は支道を中心に移動しているが、そもそも森の中に築かれた道なので軍隊が移動するようには出来ていない。
割かし開かれた支道と、その周辺部とでは元々移動速度に差が生じている。
平地ならまだしも、一糸乱れぬ進軍など元々出来ていなかった。
もし敵が待ち構えていても、突撃して包囲を破れば良いとばかりに、中央部に厚みを持たせている。
連隊長としては、寧ろ凶悪な魔物を左翼部隊が露払いしてくれたという認識であった。
「旦那ぁ! 中央の連中、俺等の事気にせず前に進み続けるようですぜ」
「チッ、クソが! これじゃあまた乗り遅れちまうじゃねえか!!」
魔物の妨害に苛立つハムサの部下たちだが、暴れまくるエントをそのまま放置する訳にもいかない。
結局突如現れた3体のエントを取り囲み、全てのエントを倒したのは20分が経過した頃だった。
まだ町に攻め込んでもいないのに、この段階ですでに200名近い被害が出ている。
それら全員が死亡している訳ではなかったが、重傷者も多く即時の戦闘復帰は厳しい。
「これならわしが出た方が良かったかもしれんな」
エントはパワーはあるが、スピードは遅い。
注意して取り囲んで攻撃すれば、対した被害は出ないと思ったのだが、聖なる暴虐団の大半は、荒くれ者で構成されている。
ちまちまと遠距離から攻撃するとか、防御に気を遣って戦うなどという器用な真似が出来る奴は少ない。
なまじハムサがスピードタイプなだけに、そこら辺の判断を誤ってしまった。
六暴聖の中ではまだ指揮が取れる方ではあるが、ハムサの指揮官としての才は凡人レベルだ。
ハムサが前に出て闘わなかったのも、スピードタイプで曲刀を扱うハムサとしては、やたらとタフなエントの相手を面倒に思ったという私的な理由だ。
これが今は亡きサラーサであれば、手にした斧でバッサバッサと切り付けていた事だろう。
「ふぅ、死んだ奴の事を考えても無駄じゃな。それよりもさっさと進軍を再開して、中央部隊に追いつかねば」
ため息を吐きながら、ハムサは次の指示を出そうとする。
だがそこに新たに団員の危急の声が上がった。
「あ、新手だ! さっきと同じエントが3体、また迫ってきてるぞおおおおお!!」




