第786話 空回りする策謀
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「コレハ、イッタイドウイウコトダ!」
材質すらも不明な構造物で構成された部屋の中には、異人たちが集まって会議をしていた。
冒頭の言葉を述べたのは、ブラベルジア以外の地域の街などでは殆ど見かける事がない、ラースという異人種族だ。
このラースという種族は、2足歩行の長い尾を持つ爬虫類のような見た目をしている。
その特徴だけみると、リザードマンや竜人族に近い種族のように思えるが、実際は他の異人種族同様に異質な特徴を多く持つ。
一番の特徴といえば頭部だろう。
後ろに水平に長く伸びている頭部は、全体的にスリムな体型と相まって、全体像を見ると頭部の部分がハンマーのようにも見える。
そして正面から見た顔の造詣は、爬虫類というよりは悪魔的と言えよう。
張り出た顎の上に、肉食動物のような鋭い歯が並び、その上にはつるりとしたおでこのような頭部がある。
人族のように分かりやすい見た目をした耳や鼻はないが、それらの機能を有する器官はある。
このような見た目と、血液が強酸性で触れると危険な為、異人の中では特に恐れられたり迫害される事が多い種族だった。
「どういうことだと言われてもねえ……。報告にある通り、返却されたグラプトンには3つとも何も記録されていなかったという事ですよ」
「ソンナコトハ、ワカッテイル! ソノリユウヲ、タズネタノダ!」
「それについては、返却されたグラプトンにはまるで使用された形跡がなかったらしいスバ。何らかの理由で魔法陣が記録出来なかったのではなく、そもそも使用されなかっただけっぽいスバよ」
この会議に出席している異人達は、表だって活動してはいないものの、ブラベルジア国内では重要な立ち位置にいる。
その実際の権力はブラベルジアの公王をも凌ぐほど。
安っぽく言うと、裏の権力者という奴である。
「……だが約定通り、ブラベルジアへの治癒魔導具の輸出量は増えていた。かといって、他の商人や近隣国への輸出量が減っていた訳でもない。つまり、元々これくらいの生産能力があったという事か」
ブラベルジア側は、迷宮遺物産ではない自作の暗号化魔導具「グラプトン」を3つ貸与する代わりに、ブラベルジアへの治癒魔導具の輸出量を増やすよう交渉した。
その交渉は、コークリース商会のシンドによって達成されている。
解せないのは、交渉に応じた割にグラプトンが未使用のまま返却されたことだ。
「何でそんな事したスバねえ? 返却されたグラプトンが、偽物と入れ替えられていたというならまだ分かるスバけど、ちゃんと本物だったスバ。1つだけ分解された形跡はあったけど、中の超魔石が抜き取られていたと言う事もなかったスバ」
「モシヤ、チョウマセキナイブニキザマレタ、マホウジンニキヅカレタカ!?」
暗号化の魔導具グラプトンには、暗号化した魔法陣コードをこっそり記録しておく機能がある。
勿論そのことはニューホープ側には伝えていない。
異人達の本来の目的は、治癒魔導具の輸出量を増やすことではなく、治癒魔導具の設計図を得る事だった。
「それは絶対にありえませんよ。まず超魔石を物理的に割った場合、その時点で暗号化の魔法陣は消え去ります。ゼノモーフスキャンでも使用しない限り、超魔石内に刻まれた魔法陣を確認することは出来ません」
これは影治も自作の暗号化魔導具を作ろうとした際、ぶちあたった問題なのだが、何故か暗号化の魔法陣は普通の物質に付与してもすぐに魔法陣が消えてしまう。
その解決法としてブラベルジアの異人が編み出したのが、魔力が豊富な物質内に直接魔法陣を刻むという方法であった。
この方法は、魔法陣の存在を隠蔽するのにも非常に有効である。
また何らかの理由で超魔石が割れたとしても、その段階で魔法陣は消えてしまう。
その理由だけは未だに異人達も解明出来ていないが、自分達にとっては都合がいいので、その性質をそのまま利用することにしていた。
「それにこれは火砲などにも使用されていますが、我々が開発している魔導具にはデータ文字が使用されています。一般に出回っている魔法陣コードすら解読出来ていない彼らに、データ文字が解読できるはずがありません。1つだけ分解された形跡があったとの事ですが、そんなのは魔具師であれば誰だって同じ事をするでしょう。何と言っても世界初の自作の暗号化魔導具なのですからね」
高めのゆったりした声で話すシディア種の異人は、自信に満ち溢れた口調で理由を説明した。
それを聞いた他の異人達も、彼の言う事に納得の意を示す。
「その点は私も同意だ。だが結果として、治癒魔導具の魔法陣コードやその他のニューホープ内で使用されている魔法陣コードの入手には失敗した。更にシンドからの報告によると、グラプトンの貸与による治癒魔導具の輸出量拡大の契約も打ち切るとの事だ」
「それは困ったスバねえ」
「とりあえずシンドには再度の契約交渉や、1度も使用された形跡のないグラプトンについて、聞き込み調査をするよう指示してある。奴には機密保持の為、グラプトンの詳細な情報は伝えていないが、交渉事には慣れている。今は代表者であるエイジが留守にしているので、戻り次第交渉を申し込んで報告を受ける手筈だ」
「マズハ、ソノホウコクヲマツカ……」
「じゃあこの議題は終わりスバね」
この件に関しての話し合いが終わると、次にまた別の議題についての話し合いが始まる。
このようにして、国民の大多数が存在すら知らない彼らによって、ブラベルジアは運営されていた。
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「で、再度治癒魔導具に関しての契約をしたいと?」
「はいダット。ニューホープ産の治癒魔導具はよく効くダットですからねえ。といっても、他に治癒魔導具を生産してる所はないダットですけど」
影治がラテニアから帰還した翌日。
グルシャスから報告を受けていた影治は、早速ブラベルジアの公商であるシンドをバベルに呼び出していた。
「だからこそ、需要がはちゃめちゃ多いってのは理解してるか? 前回はグラプトンつう珍しいもんを出されてホイホイOKしちまったが、あんな訳わからねえもんにもう交渉価値はねえ」
「そうは仰いますダットが、この世の中には訳の分からないもので満ち溢れているダット。訳が分からなくても、利用できるのであればそのまま利用すればいいダットよ。何だったら、今回は無償でグラプトンを5つ貸与してもいいダット」
「いいや、ろくに仕組みも理解してねえもんを信用する訳にはいかねえ。鑑定されてない迷宮遺物に迂闊に魔力を込めるようなもんだ。設計図でもあれば話は別なんだけどな」
これより前の時点で、既に影治はグラプトンの仕組みを解明しており、自作の暗号化の魔導具の製造に成功している。
しかしそんなことはおくびにも出さず、交渉を持ちかけた。
この交渉の場にはグルシャスも同席しているのだが、事情を知っている彼の表情にはいささかも変化がない。
ただ影治からの求めがあった場合に備え、ジッと傍に控えていた。
「それは……ちょっと僕の権限で決められる範囲ではないダット。1度話を持ち帰らせてもらいたいダット。設計図があれば、交渉のテーブルについてくれるダット?」
「席にはついてやろう。ただ俺も色々忙しくてな。また近い内にニューホープを離れる事になる」
「でしたら今日は早々に失礼させてもらうダット。早急に本国に連絡して、確認を取ってみるダット」
そう言うと、シンドは慌ただしくバベルを後にした。
しかしそうした迅速な彼の行動も、今回ばかりは空回りしてしまう。
グラプトンの設計図――魔法陣コードを要求された異人達は、どう対応していいか困ってすぐに返事することが出来なかったからだ。
結局シンドに指示が下る前に、事が大きく動き出してしまい、次の影治との面会はしばらく延期される事となるのだった。




