第778話 激闘の始まり
しょっぱなから後衛陣によるデバフがかかったのを心強く思いながら、猛烈な勢いで前進してくるアステリオスを迎え打とうとするガンテツ。
だがまだ距離があると思われた時点で、アステリオスは大きく飛ぶように距離を詰めてくる。
それは大分荒々しくはあったが、まるで四宮流古武術の移動術である瞬歩を彷彿とさせる動きだった。
「むおっ!?」
200年以上生きているガンテツでも、アステリオスと戦うのはこれが初めてだ。
前進してくる速度は、あの巨体にしてはかなりの速度ではあったが、実はそれが全力ではなかった。
元々ミノタウロス系はスピードよりはパワーが強く、更にデバフが効いたことでガンテツはこれが全速だと誤解してしまったのだ。
しかもアステリオスは最後の1歩を、大きく前に跳躍して一瞬にして距離を詰めている。
これによってガンテツは、ほんの一瞬だけあの巨体を見失ってしまう。
(っ!? いつの間に! 躱す!? いや、間に合わん!)
ガンテツが気づいた時には、既に巨大な戦斧が振り下ろされている所だった。
すでに眼前に迫っていた戦斧は、元々身軽とは言えないガンテツでは回避する事は出来ない。
だが戦斧との間に愛刀を差し挟むことには成功した。
「ぬおおおおおおおっ!」
しかしまともに防御態勢にも入ってない状態で、アステリオスの攻撃を受けるには無理があった。
どうにか戦斧を受け止めはしたものの、不完全な体勢で受けたせいで逃しきれない衝撃がガンテツの体をズタボロにする。
右肩は脱臼するどころか骨が一部砕け、同時に肋骨も数本ぶち折られた。
折れた骨がへしゃげ、周辺の肉に突き刺さる。
幸いなのは、衝撃によって後方に飛ばされたので、その状態で更なる追撃を受ける事がなかった事だろう。
「ガンテツ! ……【樹人使役】」
ガンテツが一撃で吹き飛ばされるのを見たリュシェルは、こちらも最初から盾役を呼び出すことにした。
クラスⅩの植物魔術によって、エントが3体同時に生成される。
次の獲物を探すアステリオスには横からシャウラが迫っており、ガンテツの背後にいたカレンは精霊達と共に敵を後衛に向かわせないよう、中間の位置に構えていた。
エントが生成されたのは、そのカレンのいる位置である。
「待ってて、今回復するわ!」
そしてティアはすぐに戦線復帰できそうにないガンテツに、光魔術による治癒を行う。
今回のティアの役割は、砲台として風魔術をぶっぱなすのではなく、光魔術によるヒーラーである。
普段使わないとはいえ、各自がヒールポーションや治癒魔導具を持ってはいた。
だがすぐに自分で使えない状況などもあるし、ティアはクラスⅦまで光魔術が使えるので、上位治癒魔術の【大いなる癒しの光】も使える。
今も呻き声をあげるガンテツに、治癒の光を浴びせていた。
「ぐ、ぐぐ、ぬかったわ。これでは師匠に面目たたん」
「まだ始まったばかりでしょ! 失敗はこれからの成功で取り戻せばいーのよ!」
ガンテツが治癒を受けている間、アステリオスを抑えていたのはシャウラだ。
まだ戦いが始まってすぐだというのに、ガンテツが重傷を負ったせいかいきなり闘装術を発動していた。
「よくもソレガシを!」
遠目にもかなりの重傷である事は分かった。
ガンテツはドラゴンアヴェンジャーのメンバーの中では、金属部分を一番多用した鎧を身に付けており、その分防御力も高い。
だが金属の鎧は斬撃は防いでくれるが、衝撃を完全に吸収する事は無理だ。
普段は言葉数の少ないおっとりした印象のあるシャウラだが、獣人族に共通した気性の荒さというのも持ち合わせている。
ダメージの大きさからすぐに復帰出来ないガンテツの代わりに、自分が食い止めてやろうとシャウラは勇み足気味であった。
シャウラの装備しているアダマント製のナックルが、鋼鉄のようなアステリオスの体を打ち付けていく。
事前のバフと闘装術によって、その威力は十分災厄級の魔物に通用するレベルになっている。
「ごーけん! ごーけん! ごーけん! ごおおおおけえええええええん!」
さしものアステリオスも、シャウラのこのラッシュには足を止めて対応せざるを得ない。
またカレンも1歩前に出て、シャウラと息を合わせるようにして中距離からの槍の攻撃を見舞う。
2人がそうして戦っている間に、セルマの使用したクラスⅥ暗黒魔術【仕組まれし虚弱】によって、アステリオスの体力低下に成功した。
そして次に魔術抵抗を下げる為、クラスⅦ暗黒魔術【暗黒祈祷】の詠唱に入る。
すでに後衛陣は影治の作成した【魔力の泉】の呪符を使用しており、魔力を回復させながら長期的に戦う準備を整えていた。
こうして最初の一撃でガンテツが離脱してしまう事態に陥ったものの、シャウラの奮闘によって戦線の崩壊はまぬがれた。
念入りに治癒を受けたガンテツが前線に復帰する頃には、シャウラも落ち着きを取り戻し、長期戦のために闘気術を解除させた状態で上手く立ち回っている。
「流石に一筋縄ではいかない相手ですね。更に手数を増やすとしましょう。【樹霊召喚】」
敵の脅威をしっかりと認識したリュシェルは、【樹霊召喚】によって植物の精霊を一時的に召喚した。
これはクラスⅩの植物魔術であり、召喚された精霊は術者の指示に従って自律的に行動してくれる。
「仲間たちをサポートしつつ、隙があったら攻撃にも参加しなさい」
「――――」
召喚された精霊は、マンドラゴラのような見た目をした精霊だった。
リュシェルへの返事の声は他の人には聞こえていなかったが、リュシェルにだけは届いている。
この魔術によって召喚される植物の精霊は、固定化されていない。
精霊術士とは違い、正式に精霊と契約している訳ではないので、その都度別の精霊が呼び出される。
よって、その姿や能力は毎回違う。
今回呼び出されたマンドラゴラと似た姿をした精霊は、毒や混乱などの攻撃が得意なようだ。
それらの内混乱の方は効果が表れなかったものの、毒の方はアステリオスにも効いたようで、ジワジワとHPを削り始めた。
「これは……。エイジ様の死毒には到底及びませんが、ボス戦相手に毒による継続ダメージは有効ですね。にしてもあの毒の魔術。クラスⅡの毒花の花粉とはまた別のようですが、あれは一体……」
激しい戦闘の最中ではあるが、相手が物理系の魔物であるため直接リュシェルの下まで被害が及ぶことは少ない。
念のため、呼び出した3体のエントの内1体は後衛の守りに当てているし、リュシェルもセルマもある程度近接をこなす。
「【暗黒祈祷】……入りました! リュシェル、チャッピー。魔術攻撃のチャンスです!」
だがそうしたリュシェルの思考も、セルマの【暗黒祈祷】の成功によって中断させられる。
バフ系魔術もデバフ系魔術も、基本的に長時間効果がある訳ではない。
掛けた相手に魔術抵抗されることで、効果時間が短くなることもある。
それでも最低10分くらいはもつので、今がチャンスとリュシェルも攻撃魔術を放つ。
「見た目的に効くかは分かりませんが……【吸血魔草】」
クラスⅧ植物魔術の【吸血魔草】は、切れ味鋭い葉を持つ吸血魔草を生み出して、切りつけた相手の血を吸い取るという、なかなかに極悪な魔術である。
この世界の生物には異様にタフな奴も多いが、それでも血を奪われていけば動きも鈍るし、失い過ぎれば気を失ったりもする。
「グマアアアアアァァ!」
だがこの凶悪な魔術も相手の体が頑強であると効果は薄い。
リュシェルの使用した【吸血魔草】は、一部肌の弱い部分にうっすらと傷をつけた程度で、出血と呼べるほどの血を流させることは出来なかった。
「やはり……。そうなりますと、普通の攻撃魔術の方が良さそうですね」
リュシェルは植物魔術を一番得意としているが、他にも風水土の3属性を最低でもクラスⅦ以上で使いこなせる。
しかし災厄級の魔物を相手に、クラスⅦの魔術だけだといまいち心もとない。
「【高圧水刃】! ……はぁぁ。やはりこのレベルの相手となると、私の攻撃魔術では決め手になりませんね。植物魔術の深奥を求めるのもいいですが、先に他の属性もクラスⅩを目指すのもいいかもしれません」
クラスⅦの攻撃魔術でも、ノーマルメタル程度の冒険者であれば、即死する可能性もあるほど危険な魔術だ。
しかし相手が災厄級の魔物となれば、火力不足は否めない。
だが基本的に、魔術師ギルドなどで教わることが出来る一般魔術では、クラスⅦに上級攻撃魔術。
クラスⅧに上級範囲攻撃魔術があるだけで、それ以上となるとクラスⅩの特級攻撃魔術となってしまう。
そしてリュシェルの傍にいるセルマは、闇の特級攻撃魔術である【一筋の昏き闇】を浴びせていた。
「流石、強力ですね」
「クラスⅩの魔術ですから。ですけど、災厄級の守護者はこの程度で沈みはしません。結局は1発1発の威力より、どれだけダメージを与えられるかですよ」
敵から目を離さず会話する2人。
前衛たちも、最初こそアステリオスの身体能力を掴みかねて、慎重な動きを繰り返していたが、ようやく動きに対応し始めていた。
最初のガンテツ一時離脱から立て直して始まった第2ラウンドは、拮抗状態のまま互いのリソースを削りながら続く。




