第773話 キューカップ
「転移碑近くのセーフティエリアですら、誰もキャンプしてる様子がねえな」
「ホープヒルキングダムでもそうですけど、脅威度Ⅸ以上の魔物がうろつく領域では、ほとんど冒険者も寄り付きません。特にここは中層でも、十分稼げるようですしね」
わざわざ進んでこのような場所に来るのは、影治達以外にはそうそういないらしい。
とはいえその影治たちも、ここにテントを張るつもりはない。
このまま食材を集めながら奥に進み、ついでに災厄級のボスを倒してその先にあるという帰還専用の転移碑で帰還するつもりだ。
「ここは随分通路も広いようですので、私達の人数でも十分余裕を持って戦えそうですわね」
「通路が広いってことは、そんだけでけぇ魔物が出るってことだ。そんでもって、でけぇってことはタフだってことでもある。俺も元日本人として、美味いもんに興味がない訳でもねえが、俺ひとりだったらこんな面倒な所まで態々来ねえだろうなあ」
そう言うヨイチの場合は特に遠距離職なので、幾ら実力があってもソロでダンジョンに潜る事はそうそうない。
ただ天井の高さが5メートル以上もあるこのエリアなら、ヨイチの弓もまだ使いやすいだろう。
「あっちの方角に魔物の気配がある。早速そっちに向かうぞ」
駄弁りながらも、影治は心眼で魔物の位置を特定した。
シーフ職のエカテリーナを先頭に、影治の示した方向へと進んでいくと、3メートル以上はあろうかという巨体が行き先に現れる。
それはただ巨体だというだけでなく、巨乳でもあった。
「うわっ、でかっ!! ボインボインじゃねえか!」
「カレンより大きい私よりも更に大きいですね」
「ちょっと! そこ、私の名前必要でしたか!?」
そこにいたのは初めて見るが、一目で目的のホルスタウロスクイーンである事が分かった。
ホルスタウロスも大きな胸をしていたが、こちらはそれ以上の巨乳をしている。
それも牛の乳のような形状ではなく、人型をしているせいか胸も人族のそれと同じ形をしていた。
「クイーンが4体……。どれ、ここはまず某が行かせてもらう」
「ずるい! わたしも!」
ガンテツの場合は単純に腕試しをしたいだけだが、シャウラの場合は戦闘欲よりも食欲が勝っていた。
すでに敵を確認した時点で影治からの補助魔術は受けているので、2人はそのまま前に出てホルスタウロスクイーンに戦いを挑む。
「ファーストアタックは俺がもらうぜ! 角撃ち!」
「ぐもおおおおおおおぉぉぉ!」
ヨイチの放った矢は、何もない空中で突然直角に曲がってホルスタウロスクイーンに突き刺さる。
しかも1射目が突き刺さる前に、さらに連続して何度も矢が放たれていた。
これはヨイチの所持する収納魔導具から直接矢を引き出すことで、いちいち矢筒から引き出す時間を短縮してのことである。
また角撃ちというのは地味ながら闘気を使用した闘気技である。
前衛職の場合は、割と大技の必殺技みたいな闘気技を切り札として持っている者が多いが、ヨイチはこうした小技をたくさん使いこなす。
相手がタフな魔物であるので、数本刺さった程度で倒れることもなかったが、実際は結構なDPS(1秒あたりのダメージ)は出ている。
弓士5位、選神碑78位の実力は伊達ではない。
「力ではなく、技で断ち切る……。一閃!」
余り1度に色々な技を教えても中々身に付かないので、ガンテツは幾つかの技に絞って四宮流の秘伝の技を練習している。
一閃もその内の1つで、最初の頃に比べたら大分切れ味もよくなってはいた。
ただここから先が難しい領域だ。
何事も、未熟なうちの方が上達は早く感じられる。
ここで諦めて他の技の練習を始めてしまっては、いつまで経っても影治の立つ剣の高みには辿りつけない。
そう思ってガンテツは一心にこの技を磨き続けている。
その成果を、ホルスタウロスクイーンの右乳を切り裂くことで体現してみせた。
「むう、妙な柔らかさがあって余り奥まで切れん」
ミノタウロス系は基本どれもガチムチマッチョで、鋼鉄のような筋肉で体が覆われている。
しかしホルスタウロス系の胸の部分だけは違っていた。
まるでゴムまりのような柔らかさで、鋭いガンテツの斬撃をもぼよよんと包み込んで軽減させる。
「足をぶち折る! ごーけん!」
ガンテツの攻撃は胸を狙ったのではなく、前傾姿勢になったホルスタウロスクイーンが、自分からその部位で受けにいったように見えた。
それだけ自分の胸の防御力に自信があったのかもしれない。
シャウラは通常のホルスタウロスとの戦闘経験から、打撃攻撃の自分は堅い場所に攻撃する方が効果的だと分かっており、足元に密接してからの剛拳をお見舞いする。
四宮流古武術には主に柔法と剛法が存在するが、シャウラは力任せにいける剛法の技を得意としていた。
闘装術は発動していないものの、影治がシャウラに叩き込んだ四宮流古武術の技は、ホルスタウロスクイーンの右脚に炸裂し膝を地面に付かせる。
もちろんこれで攻撃が終わった訳ではない。
ガクンと崩れ落ちた所に、更に下から突き上げるようなアッパーがホルスタウロスクイーンの顎に突き刺さる。
逆拳という、無手術の基本技の1つであるこの技は、地面を強く蹴り上げる際の抗力を余す事なく拳に集約して突き上げる技だ。
これを顎にマトモにもらったホルスタウロスクイーンは、一瞬にして脳が揺らされて意識が昏倒する。
「にく! にく! にく! にく! にく! にく! にく! にくぅぅぅぅ!!」
そうしたダウンしたホルスタウロスクイーンに、猛烈なシャウラのラッシュが浴びせられる。
初めて格闘ゲームに乱舞系の技が登場した時は、かなり見た目のインパクトが強かったものだが、シャウラはそんなゲームに出てくるような技を、自前の身体能力だけで再現した。
一方残りの2体に対しては、カレンとエカテリーナが前に出て牽制しつつ、リュシェルやティアからの魔術攻撃でちまちまをHPを削っている。
元々攻撃魔術というのは、瞬間ダメージが大きい。
同じクラスの戦士と魔術師では、戦士が5回攻撃した分のダメージを、魔術師の魔術1発でたたき出してしまう事もある。
影治達を見ていると勘違いしそうになるが、普通の魔術師はそこまで沢山魔術を行使できないので、魔術師がひたすら強いという訳でもない。
基本的には、自分が使える最大の攻撃魔術になると、10回放てるかどうかというのが一般的な魔術師の魔力量である。
熟練度が高まっていくと消費魔力量が減っていくので、最大攻撃魔術でなければ使用回数は増える。
なのでその辺を上手く使い分けながら、魔力の管理をしつつ戦うのが優秀な魔術師というものだ。
「【強打強風】! 【強打強風】!!」
そうした優秀な魔術師からすると、マジポがぶ飲みで持ち前の魔力量の高さで魔術を連発するティアは、魔術の使い方がなっていない! と嫉妬の混じった叱責が飛ぶところであろう。
尤もこれは身近にいる魔力お化けの戦いを、何度も間近で見てきた影響が強い。
「くうううぅぅぅ!! その無駄な脂肪、切り落としてやりますわ!」
魔槍ディン・ベルクを手にしたカレンは、ティアが魔術を打ち込む際には一旦後ろに下がり、魔術が止んでから攻撃に戻りとしっかり敵の1体を足止めにしていた。
しかし本人としては足止めではなく、豊かさの象徴を切り取ってやりたいという雑念に捉われている。
「ちゃぷちゃぷっ!」
そんな視野が狭まっているカレンをフォローするように、上位精霊となったチャッピーが水魔術で主を助ける。
1度乳ビンタで吹き飛ばされたカレンは、一瞬気を失ってしまう程の衝撃を受けてしまったが、その隙をチャッピーはしっかり守ってくれていた。
「この調子ならそう時間はかからんか」
その影治の見立て通り、戦闘は10分もかからずに終結した。
そうしてその場に残されたのは、ホルスタウロスクイーン4体分のドロップ。
その内訳は、陶器の小瓶1つにそれより大きい中瓶が1つ。
勿論魔石もドロップしているが、その他に肉もきっちりドロップしている。
それらドロップは陶器であったり、葉っぱで包まれた状態などで出現するので、回収もしやすいし汚れなども付きにくい。
「幸先がいいな。この調子でガンガン集めるぞ!」
「おー!」
「ぴぃ!」
肉の方は1体あたりそれなりの量をドロップするのだが、乳の方はそれほど多くはない。
とはいえ、ついでに守護者を倒してクリアするつもりでいるので、それまでには十分な量が集まるだろう。
こうしてドラゴンアヴェンジャーのミノにまみれる日々が始まった。




