第256話 力試し
オーソドックスな正眼の構えのまま、少しずつ間合いを詰めていくフランデルク。
それに対しエイジは、剣を持つ腕を無造作に垂らしたままだ。
なおフランデルクが手にしている武器は、剣は剣でも一般的な剣とは異なっている。
それは影治からすると非常に馴染み深い武器……日本刀のような武器だった。
片刃だけの剣なら他にもあるかもしれないが、更に刀身に反りがあるものとなると種類が絞られる。
更によく見てみると、フランデルクの手にする日本刀らしき剣には、焼き入れ時に生じる刃文が存在しない。
日本刀を模して造られたように見えるが、製造過程が異なるのだろう。
「――参る」
態々宣言したのは自信の表れか、武人的な性格からか。
或いは十分距離が縮まっているというのに、未だにだらんと腕を下げたままの影治への警告か。
流麗なフランデルクの動きは、まるで流れる水のごとく緩やかに動いているように見えて、しかし対面している側からすると非常に避けづらいという不思議なものだった。
その動きのまま近づきながら剣を振るうフランデルク。
しかしいつの間にか振り上げられていた影治の剣が、その動きを食い止める。
今回もソードスラッシュは使用しておらず、代わりに影治の手に握られているのはレッドボーンソードだった。
「むっ……」
僅か一合打ち合っただけで、フランデルクは影治の力量を感じ取る。
それは二合、三合と重ねていくにつれ、剣を通じてより顕著に伝わっていく。
その後も一見普通に剣を打ち合っているだけに見える光景が続くが、その実フランデルクは額から流れ落ちる汗と、驚愕や焦りなどの感情の乱れによって、思いっきりペースを乱されていった。
(何故だ……。構えとも言えない構えだというのに、まったく隙が伺えぬ!)
シラーシ流剣術6段のフランデルクは、これまで様々な剣士と戦ってきた。
その中には影治のような無造作な構えをする者も皆無ではなかったが、それは力量を弁えていない者が最初に見せるだけで、すぐに必死になって構えを取られることがいつものパターンだ。
極稀に無造作な構えをする者でも、本能だけで動くようなタイプがそれなりに肉薄することもあったが、冷静に詰めて行けばすぐに王手にまで持ち込むことが出来た。
だが影治のソレは、これまでのどの相手とも違うある種完成した型のようだ。
影治のこの状態は、技……ともまた違うのだが、しっかり四之宮流古武術においては名前が付けられている。
それは『無相』と呼ばれる状態で、どの武器を用いるにせよ、自分からは攻め込まず、武器すら構えずに、ただただ相手の攻撃を受ける状態のことを指す。
徹底した脱力と、軸、念の強さをもってそれを可能とし、見ての通り既に闘気術を全開に発動しているフランベルクの攻撃を、一度もまともに受けていない。
本来は自身や打ち合う相手の鍛錬に用いるのだが、初見の相手の実力を見る時や、相手を疲労させるなどの目的で使われることもある。
「然らばっ!」
まともに真正面からやりあったのでは勝算がないと見たフランデルクは、ここで手札をひとつ切る。
真っすぐ影治の方へと突進しながら剣を振ったフランデルクは、これまた当然のごとくヒラリと最小限の動きをした影治に躱されてしまう。
だがそれは予め予定していた動きだ。
本命は攻撃ではなく、脇を通り過ぎて背後へと回ることであり、フランデルクはここで闘気術の応用技である絶気術を発動させた。
これは体から湧き出る闘気を消すのではなく、闘気によって自らの気配そのものを消す隠密系の技だ。
実際、フランデルクほどの達人が使用すれば、目の前で使われたとしてもその姿を見失うほどの効果がある。
そうして気配を絶ったフランデルクは、そのまま背後から襲い掛かる……ような単純な攻撃は仕掛けない。
しかし背後を取ったという優位を活かすためにも、背後からの攻撃も並行して行う。
その為の手段として、フランデルクが用いたのは舌であった。
フロッグマンは名前の通りカエルの姿と特徴を持っており、それはマスターフロッグへと進化したフランデルクも当然ながら持ち合わせている。
影治の左脇から背後に回ったフランデルクは、そのまま半円状に影治の背後を回りながら、右後方へと回り込む。
その際に舌に闘気を纏わせて、腰に差していた脇差を抜き、背後から突き刺すように動かす。
一時的に数メートルにまで伸びるフランデルクの舌によって、背後からの脇差の突きを。そしてフランデルク本人は影治の右後方へと回り込み、手にした日本刀で僅かに時間差をつけて切り込む。
例え背後からの突きが躱されようと、躱した先を捕らえて本命の日本刀で切りつける2段構えの作戦だ。
「甘い」
「――ッ!」
思わぬ方向から聞こえてきた影治の声に、フランデルクは自らの失態を悟る。
しかし時既に遅し。
すでに舌で巻き付けた脇差による攻撃と、日本刀による攻撃は敢行されてしまっている。
だがこの場面で舌を使った同時攻撃を行ったことが、最悪の事態を遠ざけた。
既に振り下ろされてしまった日本刀に関しては、多少軌道をずらす程度が精一杯だった。
しかし舌に関しては急速に伸ばすことも出来るが、逆に急速に縮めることも可能だ。
咄嗟に巻き戻した舌によって、思わぬ方向――右向背に回り込んだと思ったフランデルクの、更に側方から繰り出された影治の攻撃を、かろうじて巻き取った脇差で受け止めることに成功する。
「……湾れ刃斬り」
フランデルクの戦闘にまで活用できるこの舌の器用さは、初めてフロッグマンという種族を見た影治にとっては想定外だった。
だが脇差で防がれた攻撃に対し、即座に対応してのける。
湾れ刃斬りは相手に切りつけた際、相手の持っている武器や盾などで防がれた、或いは防がれるのが目に見えている場面で使用される。
そのまま剣を打ち付けるのではなく、波のように刃を相手の剣や盾の上を滑らすことで、別の無防備な箇所を切りつける技だ。
これによって、本差しよりも短い刀身の脇差の上を滑り落ち、フランデルクの伸ばした舌を途中でスッパリと切断してのける。
それを見てアステリオスが思わず声を上げた。
「うおおっ! やりやがった!!」
それまでの立ち回りから、影治が優勢だということは素人目にも理解出来た。
そこへ相手の体の一部を切り取るという、柔道でいえば技ありレベルの攻撃が決まる。
尤も切り取ったのが手足ではなく、元々長い舌を持つフロッグマンの舌となると、技ありではなく今では廃止されている有効か効果くらいかもしれない。
「そんで、まだやるのか?」
舌を切り取った影治は追撃の姿勢を見せず、慌てて距離を取るフランデルクに問いかける。
見たところダメージとしては軽微なようだが、これは何も互いが死ぬまで戦う場ではない。
影治としてはもういいんじゃねえの? というつもりで声を掛けたのだが、フランデルクの闘志は未だメラメラと燃え盛っていた。
「今少し、拙者に付き合って頂きたく」
「ふうん、ま、いいだろ」
舌を切り取った割に、フランデルクの発音に不備はないようだ。
影治の見立てでは、まだまだ隠し玉があると見ているので、それを出してくれるのであれば更なる経験を積めるだろうと再び剣を構える。
「感謝致す」
フランデルクとしても、全てを出し切った訳ではなかったが、既に力の差は感じ取っているのだろう。
引き続き戦いを継続していいと答えた影治に、律義に礼を返す。
「では――参る!」
そう言って前に出たフランデルクが、これまでとは明らかに違うということは剣術に疎い者の目にも明らかだ。
気迫の声と共に影治に迫るフランデルクの周囲には、腕の倍ほどもある太さの、2本の蛇のような水流が取り巻いていた。
遠目だと分かりにくいが、その水流は重力によって地面へと落下することなく、かなりの勢いで循環しているようだ。
「ふっ、ははははははっ! いいぞいいぞ! そんな組み合わせがあったか!」
フランデルクを取り巻く水流を見て、すかさず【魔力調査】を使用した影治は、そこに水属性の力を感知した。
だが感知したのはそれだけではない。
そこには闘気の存在も感じ取っていた。
つまりあの水流は、水属性の魔力と闘気を融合して生み出しているということだ。
影治も魔術と闘気術の融合については密かに研究していたが、それはどちらかというと【身体強化】と闘気術による身体強化を同時に発動するといった方向性であり、属性魔力と闘気術の融合は考えになかった。
「そんで、そいつはどんな働きをするんだ?」
これまでは無相を多用して積極的に動いてこなかった影治だが、新しく見つけたおもちゃを楽しむかのように、今度は自ら近づいていく。
「おっ! とっ! はっ!」
すると2本の水流は交互に影治を狙い差し向けられ、更にはそこにフランベルク自身の攻撃も加わり、攻撃の密度が一気に高まる。
この水流は直角に曲げることは出来ないようだが、ぬるぬるとくねらせながら動くので、かなり動きの予想がつけにくい。
影治は様子見することにしたのか、攻撃はせずに回避に専念していた。
初見の技ではあったが、回避に専念したことで攻撃をかすらせることもなく、それどころか徐々に動きを見極めたのか、攻撃の手を加える余裕も出てくる。
「拙者の奥の手をこうも容易く……」
苦々しい表情を浮かべるフランベルクだが、2本の水流のひとつを防御に回すことで、影治の攻撃は水に流されて的から逸らされてしまう。
その際に実際に水流の強さを感じ取った影治は、水の流れに逆らわずその水流に乗って放り投げられるようにして、一旦距離を取るのだった。




