第252話 ミスリル級冒険者※
今日も昨日に引き続き領主の館に向かう影治たち。
門番も慣れたもので、気軽に挨拶を交わしながら素通りさせてくれる位にはなっている。
ティアの魔力酔いもすっかり回復し、訓練場に到着してからは早速昨日と同じ狂気の魔術訓練が始まった。
今日は他に訓練場で訓練してる騎士はおらず、時折遠くを使用人などが通りすぎる程度だ。
昨日以上にやる気に満ちたティアとリュシェル相手に、魔術の訓練は続く。
「失礼します。少し宜しいですかな?」
「む、シバスチャンか。何だ?」
訓練を初めてから1時間ほどが経過した頃、訓練場を訪ねてきたのはシドニア家の家宰であるシバスチャンだった。
最初に紹介された時、思わず「惜しい! あと一文字違ってれば……」などと言ってしまった人物だ。
しっかりと執事服を着こみ、がっしりとした体格のシバスチャンは、影治が見たところなかなかの使い手のように見える。
完全に白くはなっていないが、白髪の多さからそれなりに年老いて見えるシバスチャンだが、肉体の方は迫りくる老いに逆らおうとしているようだった。
「旦那様がお呼びです。訓練の最中申し訳ございませんが、応接室までお越し頂けないでしょうか?」
「――そうだな。じゃあ、ちょっくら俺はお呼ばれしてくっから、お前達はここで引き続き訓練しててくれ」
「えー、ひとりで行っちゃうのー?」
「ちょっと話をしてくるだけだよ。ティアは魔脈調整で魔力の回復でもしててくれ」
マジックポーションでの外部からの魔力補給とは違い、【魔脈調整】は体内の魔力が通るラインを調整することで、魔力の自然回復を促す魔術だ。
これは魔力の扱いに長けた者であれば、落ち着いた環境で瞑想することでも似たような効果が表れる。
マジックポーションによって取り込んだ外部の魔力も、魔力が自然回復することによって、徐々に本人の魔力へと塗り替えられていく。
するとまたマジックポーションで外部の魔力を取り込む余地も生まれるので、定期的に【魔脈調整】を行うことで、ポーションがぶ飲みによる訓練時間を引き延ばすことも可能だ。
「そーね。ポーションばっかに頼ってもいられないし、しっかり休んどくわ」
「では応接室までは私が案内致します」
左手を胸に、右手を後ろに回したポーズで軽く頭を下げたシバスチャンは、言葉どおり影治を案内すべく歩き出す。
その所作ひとつひとつが洗練されており、いかにも貴族の執事といった振る舞いだった。
だが影治は、ずっとそんな気を張っていたら疲れるんじゃね? などと益体もないことを考えていた。
「エイジ様。このようなことは私共が申せる立場にないのを重々承知しておるのですが、応接室に入る前にお願いがございます」
「なんだあ、改まって」
丁度応接室への中間地点を過ぎたあたりで、一度足を止めるシバスチャン。
それからエイジの方に振り返り神妙な顔つきで願い事があると告げる。
「応接室には現在旦那様の他にも幾人か来客がありまして、その中にはヴォーギル共和国からの使者もいらっしゃるのです」
「ヴォーギルっつうと、こっから西の国か。……なるほどな」
「何を納得されたのか私には計りかねますが、お願いとはその使者についてになります。現在私達の置かれている立場は――」
「皆まで言わんでいい。要するに、その使者に喧嘩を売るなってことだろ?」
「……表現が些か直接的ですが、その通りでございます」
「だがそいつぁ確約は出来んぞ。相手から突っかかってきたら俺は遠慮しないぜ」
「…………その場合も出来るだけ穏便に願います」
そう言って頭を下げるシバスチャン。
素直には従わないと公言する影治だが、だからといって影治を応接室まで連れていかないという選択肢はないようだ。
「まあ、相手がヤンチャじゃないことを祈っておくんだな」
「……そう致しましょう」
シバスチャンとしては胸につかえが出来たはずだが、それを表にほとんど出さず、再び前を向いて歩きだす。
かすかに返事までの間が開いたことだけが、彼の心情を表していたと言えるだろう。
再び歩き出した二人は、応接室まで残り半分の距離を、互いに無言のまま進む。
応接室に近づくにつれ、影治はいつもとは周囲の様子が異なることに気付いた。
今日は訓練場で騎士が訓練しておらず、また訓練中以外の騎士や兵士も見かけない。
その代わり、どうも応接室の周囲には騎士が配置されているようだ。
闘気術を使用しない心眼で見たところ、なかなか物々しい警備網が敷かれていることが分かった。
「こりゃまた大層な力の入れようだな」
「……到着致しました。先に私めが入室致しますので、少々お待ちを」
影治の軽口には応えず、応接室の扉の前に辿り着いたシバスチャンは、そう言って先に扉を開けて部屋の中へ入った。
一旦閉ざされた扉ごしに、影治の入室許可を取るシバスチャンの声が聞こえる。
それからダンフリーの許可を出す声が聞こえると、扉が内側から開かれた。
「エイジ様、どうぞ中へ」
扉を開けたのは先に入室していたシバスチャンだ。
促されるままに応接室へ入ると、6対の瞳が影治に向けられた。
「よう、なんか呼ばれてるって言うから来たぜ」
影治自身と案内をしてきたシバスチャンを除くと、室内にいた人物は6人。
その内の半数は影治も見知った人物であり、このシドニア領の領主であるダンフリーと、彼の息子のバルベルト。
それと不安と喜びが混じったような視線を向けてくる、ダンフリーの娘のカレン。
残る3人とは面識はないが、ひとりは昨日影治が気になった和風の衣服を来た人物だ。
昨日は他の部分に気を取られて気付かなかったが、耳が長いのでエルフなのかもしれない。
だがエルフとは若干耳の形が違うようにも感じるし、エルフにしては妙に色黒に見えるのでダークエルフの可能性もある。
顔の半分以上をマスクで覆っているので、顔立ちからの種族の特定は出来なかった。
次に如何にも冒険者……それも肉体系の戦士といった趣の獣人族の男へと視線を移す。
かなり獣の血が濃いようで、頭部は動物のそれに近い。
この世界にどのような動物がいるかは把握出来ていないが、概ね獣人族というのは影治の見知った動物が元になっている。
この男の場合、顔の周りをモコモコとした毛が覆っており、それだけを見ると可愛らしい羊のようにも見える。
だが肝心の顔部分はとんでもなくいかつい顔つきをしており、頭部から生える2本の巻き角が更にその迫力を後押ししていた。
特に今は、影治のことを探るような目でジロジロと無遠慮に眺めてくるので、迫力が2割マシくらいになっている。
そして最後のひとりは、影治がこれまで見たことがない種族だった。
見た目だけだと男か女かすらも分からない。
更には獣人なのか、妖魔なのかの区別もつかなかった。
元々は和風の服装の男のことが気になっていた影治だったが、この人物だけは別の意味で興味を抱く。
「あー、オホンッ! これで全員揃ったので話を再開しようと思うが、その前にエイジについての紹介をしておこう」
互いに興味を抱き、視線を送ったり送られたりしている影治と初対面の3人。
それが妙な沈黙を生み出していたのだが、ここでダンフリーが空気を入れ替えるように話を切り出した。
「この者は先日プラチナ級に昇格したばかりの冒険者、エイジだ。プラチナ級とはいえ、実力的にはそれ以上であり、先日はオークエンペラーを単独で撃破したという」
「だーかーらー。昨日も言ったけど、別に俺ひとりでやった訳じゃねえって」
「確かに仲間の魔術攻撃が最初にあったようだが、それでもオークエンペラーの他に脅威度Ⅷのオーク種3体を同時に相手するなど、並大抵の冒険者に出来ることではないぞ」
「何だとっ!? そんなちっこいナリでそんなことが出来んのかよ!」
ダンフリーの説明に、羊人族の男がすぐさま反応する。
その声は見た目と同じく迫力のあるドスの聞いた声であり、また声量自体も大きくてやかましかった。
「実際エイジが私の騎士たちと戦う所を見たが、あれは圧巻だったよ」
「ほおう? そいつは後で俺様も確かめさせてもらいてえとこだぜ」
ニヤリとした笑顔を浮かべるが、まるでマフィアのボスのような威圧感がそこには含まれていた。
本人に威圧してるつもりがあるのか不明だが、子供が我先にと逃げ出すデビルスマイルだ。
「俺の紹介はその辺でいいだろ。それより、そこの3人のことを紹介してくれよ」
「それもそうだな! 俺様の名前はアステリオス。お前もこの街で冒険者やってんなら、名前くれえは聞いたことあんだろ?」
「……ああ、なるほど。あんたがあのアステリオスか」
羊人族の男――アステリオスが言うように、影治もその名前は知っていた。
何故なら、彼はこのピュアストールの街で唯一のミスリル級冒険者だからだ。
『クレイジービースト』という、獣人族だけで構成されるパーティーのリーダーであり、噂によるとこれでも貴族家の生まれらしい。
なおクレイジービーストの他のメンバーは全員ダマスカス級であり、ミスリル級はアステリオスただひとりだ。
そうした背景もある為、この街では冒険者以外にも広く名が知れ渡っている。
……はずなのだが、これまで影治は街中でアステリオスと出会ったことはなかった。
もしかしたらどこかですれ違っていたことはあるかもしれないが、きちんと本人と認識して出会ったのはこれが初だ。
「その様子だと、アステリオスについての紹介はこれ以上必要なさそうだな」
「ああ。一方的にだが噂は色々聞いてるぜ」
「わはははっ! 俺様、この街では有名だからな!」
怖い顔をしているが、性格的には壁を作らないでズカズカと相手の懐へ飛び込んでいくタイプらしい。
だがそれでいて、影治は特に不快感を感じていなかった。
タイプとしては、冒険者ギルドのサブマスであるジャンに近いかもしれない。
「それでは次にこちらの二人のことを紹介しよう。彼らは……」
「ダンフリー殿。自己紹介は拙者の口から申すでござる」
ホストであるはずなのに、進行役として話を回そうとするダンフリー。
だがそこに待ったの声が入る。
その声を発したのは、影治が先ほど興味を抱いた初めて見る種族の……声からすると男のように思える人物。
それは蛙が二本足で立ち、衣服や鎧を身に纏った、蛙人間のような男だった。




