第237話 影治 VS レディーソード
ゾネスに案内されてギルド併設の訓練場に向かうと、周りにいた冒険者たちも一緒に付いて行く。
いつもは混雑することが少ない訓練場だが、今日はまるで祭りのように人が押し寄せていた。
その中心となるのは影治とレディソードの4人だ。
周囲の冒険者たちも、自分達より格上のレディソードを前に、これ以上影治に直接突っかかっていく奴はいないらしい。
……と思われたのだが、ひとりだけ周囲を取り囲む冒険者の輪の中から出て来る男の姿があった。
「舞台は整ったみてえだな。俺ぁ、ここのギルドマスターをしてるバンディだ。今日はそこのエイジの昇格試験を執り行う」
どうやらその男はここのギルドマスターだったようだ。目立つ場所まで出てくると、大きな声で用件を告げる。
腰に短剣を帯びているが、他には特に武装していないようなので、確かに現役冒険者とは少々様相が違う。
「試験内容は単純だ。そこのレディーソードの誰かと模擬戦を行うだけでいい。見たところエイジは剣を使うようだから、相手はゾネスかセリアが丁度いいだろう。何か質問はあるか?」
「武器は模擬戦用のを使うのか?」
「ぷっ、あのガキビビってんのかあ?」
「お高く留まった騎士様の試合じゃねえんだ。冒険者が模擬戦用の武器でわざわざ戦うかってんだよ」
影治の質問を弱気な態度だと受け取ったのか、周囲の冒険者たちから幾つも野次が飛んでくる。
ゾネスもその質問が予想外だったのか、毒気を抜かれたような様子で答える。
「別にあたいはどっちでもいいけどね。ただ普通は一々刃引きした武器なんかは使わないよ」
「いや、そっちの武器はそのままでいいぜ。俺の武器は切れ味が良すぎて、相手の装備をスパスパと斬っちまうんで、後で賠償とか言われても面倒でな。それに俺が勝った後、武器の性能のせいだって言われるのも癪だ」
「へぇ、もう勝った気でいるのかい?」
「今回は昇格試験って話だったが、そもそも俺が何故1位になったのかは知ってるだろ? 脅威度ⅧとⅨの魔物を倒したんだ。そう思うのも当然だと思うが?」
「ふううううん、なあるほどねええ。確かに、そうかもねええっ?」
勝利を疑っていない影治の態度に、これまでフラットに接していたゾネスの態度が変化し始める。
言葉ではどうにか平静を装うとしているが、気持ちが表に出やすいのか、明らかにイラ付き始めていた。
「ああ、それと戦う相手は4人全員でいいぞ。なんせ脅威度Ⅸの魔物を倒したっていう、強さを見つける必要もありそうだからな。ダマスカス級冒険者ひとりに打ち勝っても、力の証明としては弱いだろ?」
「き、き、き、聞いたかい? しゃ、シャーリー。あのクソガキ、あたいらを前にあん、あん、あんなことを抜かしてやがるんですますけど?」
「落ち着けゾネス。さっきお前も言ってただろう? 見た目で判断するんじゃないって」
ゾネスは怒りの余り体中をプルプルと震わせており、発する言葉も制御出来ていない有様だ。
そんなゾネスの状態を見て諫めるシャーリー。
狐人族の彼女は大分獣の血が強いようで、影治には年齢の推測が出来なかったが、実は年齢は50を優に超えている。
魔術師だからといって必ずしも冷静沈着な訳でもないが、シャーリーは影治の態度にも心乱されてはいなかった。
「あははは! そんな大言吐くよーな奴が、どんな声で泣きわめくか楽しみだねい」
「強者が大きく構えるのは当然。その力、確かめさせてもらおう」
残るロルンとセリアも、ゾネス同様に影治の発言ですっかりやる気になったようだ。
この影治の強気な態度に、周囲の冒険者からのブーイングも更に強まっていく。
「……本当に4人全員相手で構わないのか?」
「ああ。それと、頑丈そうな模擬戦用の剣も頼むぜ」
「すぐに用意させよう。おい、模擬戦用の剣を持ってきてくれ!」
バンディが呼びかけると、周囲の観衆の中に職員が混じっていたのか、すぐさま模擬戦用の刃引きされた剣が運ばれてくる。
最悪折れやすいように細工されている可能性も予想していた影治だったが、そのようなことはなく、極々普通の刃引きされた剣だった。
「ふむ、問題ないな」
受け取った剣を軽く振り回す影治。
それを見たセリアは一瞬で顔色を変える。
「……凄い」
「ヘェェ……。セリアが褒めるってこたぁ、技術系ってことか。苦手なタイプだが、あたいのパワーでねじ切ってやろうじゃないか」
「それかスピードタイプってこともあるかもかも? なんにせよ、パワーでウチのメスゴリラに敵う訳ないっしょ」
「ロルン、あんたは後で絞めてやるから覚悟しときな」
「いやっっでーす! これ終わったら逃げなくっちゃ」
「……両者共準備はいいようだな。審判は俺が勤めるぞ」
元々訓練場がそこまで広くないこともあるが、今は周りに冒険者の人だかりが出来ているので、戦闘スペースはそこまで広くない。
そんな中、影治とレディーソードは互いに距離を取っており、バンディの開始の合図を待つのみとなっている。
「では、始め!」
始めの合図と共に、闘気術を発動させながら後方に下がる影治。
対するレディーソードの面々は、最初から何かを仕掛けることをせず、シャーリーとセリアによる強化魔術や防御魔術が前衛に掛けられていく。
それは4対1という状況にも関わらず、レディソードが最大限に警戒をしていることを示唆している。
相手を軽く見ていたなら、わざわざ強化魔術などを使用するまでもない。
そして開始早々に後方に下がった影治も、魔術による自己バフが目的だった。
まず影治が発動させたのは、クラスⅥ無属性魔術の【沸き立つ魔力】と【魔力抵抗集中強化】。
この2つの魔術で魔術への抵抗力と防御力を上げ、更には【魔力装甲】も同時に発動させて、物理攻撃への耐性も高めている。
しかも影治は同時詠唱でこれらを1度に発動させており、なおかつ無詠唱で発動させているので、相手には何をしたのか悟られにくい。
……のだが、
「っ! 気を付けよ! 恐らく中級クラスの魔術を無詠唱で発動させよったぞ!」
「あんだってえ? 剣で戦うんじゃなかったのかい!」
シャーリーはリュシェルのような魔眼持ちではないが、長年の経験で相手の発動する魔術の規模をある程度察知することが出来た。
それは無詠唱であっても察知することは出来るが、流石に3つの魔術を発動させていたことまでは気づいてはいない。
次のターンで影治は、自分の攻撃力を上げるクラスⅤ火魔術の【熱血】と、クラスⅡの初級強化魔術である【滾る火の力】と【軽やかなる風】の3つを発動させる。
オークエンペラーと戦った際もそうだったのだが、この辺のバフ系は戦闘に入る直前の定番の型として、反射的にセットで使用する習慣が身についていた。
そしてレディソード側も続く行動は同じのようで、引き続きバフ系の魔術を使用していく。
シャーリーは雷と火と光魔術を扱い、セリアは魔術が専門ではないものの、風と水と土属性の魔術を使う。
始めはその二人が分担してバフを重ねていく。
次の3ターン目こそが、両者ともにようやくバフを掛け終わって動き始める時だ。
しかしここに来て影治は特にこれといった動きを見せず、不敵な様子でゆったりと前に歩き出す。
レディソード側は影治の動きに対応して臨機応変に動く予定だったが、無理に接近するのでも魔術で攻撃してくるのでもない影治を見て、まずはシャーリーが動く。
「そいつは余裕のつもりかの? ならばこれを食らうとよい。【理力の雷】!」
そう言って右手を影治の方へと向けるシャーリー。
体内のまっさらな無属性の魔力を雷属性へと変換し生み出されるは、差し出した右手の指先から放たれる紫紺の雷。
それは見た目的には、ダークサイドに堕ちた暗黒卿の使用する技に似ていた。
クラスⅥの雷魔術であり、シャーリーが使用できる最大威力の魔術でもある。
しかし――
「なっ!? 効いておらんのか! 【理力の雷】!」
まともに【理力の雷】を食らったというのに、影治は平然とした顔をしていた。
それを見たシャーリーは、次に多重詠唱で2つ重ねた【理力の雷】を放つ。
先ほどより派手な光を発しながら、指先から伸びる稲妻は先ほどよりも太く、シャーリーと影治を繋ぐ紫電は激しく波打っていた。
「今のは2重発動かあ? それでこの威力ってこたあ、理力の雷とやらはクラスⅥ魔術とみた」
「当たりじゃわい! そのワシの渾身の理力の雷を3発分も受けて、何故そうも平気なのじゃ!?」
「別に平気って訳でもねーんだけどな。だが前にババアからもらった轟雷に比べれば、まだマシだぜ……っとお」
別にシャーリーとしては時間稼ぎや囮のつもりはなかったが、ペチャクチャと喋っている間にしびれを切らしたゾネスは、まっすぐ影治の下に駆け寄る。
そして背負っていた巨大な大剣を、影治に向けて振り下ろそうとしていた。




