年中行事とするために
降臨祭の前日、というよりも今となっては五大となっている祭りの前日は神職たちこそ忙しい。
以前にマリーア公爵の領都で御言葉の小箱を運んだ時にも、急な事となったため方々からの助けを借りるまで実にあわただしくしていた姿を確かにオユキも目撃している。勿論手を借りたからと言って忙しなさがなくなったわけではないことも。
そして、王都に隣接していると言っても差支えの無い神殿。
水と癒しの柱がかつての、かつて己こそが創造神として在った世界から変わらず用意のされているこの神殿では尚の事。来賓、祭りの当日に、大司教と巫女、それから幾人かの神殿勤めの者たちと共に王都へと向かう手筈になっているオユキの目の前でと言う事は無い。流石に、そこまでの不慣れをさらしはしないのだが、やはり誰も彼もがあわただしさ、祭りの前日のどこか浮かれたような空気とも違う、仕事に追われる者たちの空気を纏い、それはこの神殿の中も同様。さらには、オユキの案内された場で神々が降りているというのに、神々を何よりも重視する者たちがすぐに足を運ばずにと言う事からも流石にうかがい知れると言うもの。
「難しいと思われる」
「ノエミ、何もそこまではっきりと」
「オユキでは、私達が纏う衣装は似合わない。似合わぬものを、それを良しとは出来ない」
大司教と巫女が連れ立って訪れるなり、何を相談するのかは理解していると言わんばかりに。挨拶もそこそこに、巫女同士簡単に名前を交換すれば、オユキの頭の先から足の先までをしっかりと確認した巫女ノエミに切り捨てるかのように告げられる。
神殿の中だから、神殿であったり教会の中であれば、確かに持祭の少女たちにそうした話をオユキも聞いた覚えがあるなと考えるものの、そこまではっきりと言わなくてもと改めて己の身体見下ろして。
「学び舎であれば」
「巫女オユキ、貴女の周りにも幾人か既にいるでしょう」
「持斉の子達と比べられる程度には」
「あの子達というよりも、教会で暮らす子供たちというのは始まりの町であれば、特に身体の成長に必要な食事と言うものがこれまでの間はかなり差がありますから」
女性として、あまりにも明確な曲線美を持つ巫女。そもそも水と癒しの分御霊でもある大司教から散々に評されるオユキとしてはやはり面白いものではない。
己の周りに侍る者たちからは、主の身形に関しては言及しないとばかりに、何やら視線を逸らしてこの場での給仕に精を出している様子。
「我が巫女は、いや、これについては今話す事でも無いか」
「そうね。私は、あまりどのような姿形かまでは見えていないのだけれど、この子たちがここまで言うのであれば難しそうね。似合わないと本人が思うものと、外から見るもの。その差があるのは事実ではあるけれど、あまりにもとなってしまうと美と芸術から苦言を呈される物ね」
何より、水と癒し自身の美醜の基準にそぐわなければ、そうした視線を一切隠すことなく己の巫女とオユキとを見比べる。
「御身の巫女に、容姿というのが」
「入らない、とは言わないわよ。勿論、内面を覆すような事は無いけれど」
「私は私のままで、そうは言いたいけれど、やっぱりそれなりに人前に出る以上は最低限と言うものはある」
「まったく。貴女もそのあたりはこの神殿で勤め始めてから、散々に周りに言われたからでしょうに」
大司教から巫女はきっちりと苦言を呈されながらも、それでも己は選ばれたのだとそうした自負を隠すことなく。
「そもそも、オユキは勘違いしている」
「勘違い、ですか」
神々と相談したうえで決まったことだ。オユキはそのように考えているのだが、しかしノエミからは何処か非難するような声音で。神々の決め事とでも言えばいいのだろうか。こちらの人々は、殊更その事実を重んじると考えていたオユキとしてははっきりと意外を感じるものだ。
「ええ。我らが奉る水と癒しの御柱も、あくまで学び舎、年中行事とはいえ、未だ幼い者たちが、位を持たぬ者たちによる物と考えての事なのでしょうが」
「卒業に伴うデビュタント、そこでの一幕となりますから」
「神々がその場に降りる事が前提となっている以上は、神事と考えるべき」
「それは、私の我儘といいましょうか」
オユキにしてみれば、あくまで神々を降ろすのは己だけという前提がある。
自信が戦と武技の巫女でもあり、異邦から流れてきた者。神々との交信を非常に行いやすい、そうした素地を持っているからこそと考えている。だからこその勘違い、オユキがそのように考えているから、今こうして話している神々にしてもそれを前提としていた。だが、どうにもノエミの話では、水と癒しの大司教の様子では、そのような物ではないのだと示されている。そも、学生にとっての特別、そうした物にオユキが生前の実態もあって非常に疎いという事実がそこにはある。
「巫女の、神々が追認した事柄を行う事は確かに私共としても問題はないのですが」
「でもオユキ、貴女が出来たことを、翌年の物が出来なかったとき、そこで比較が生まれる」
「私自身、アイリス、この場にはいないもう一人の戦と武技の巫女なのですが、そちらとの比較は常々」
「初回が特別となる。貴女はそのように考えているのでしょうが、そうであれば貴女の時だけとすることもできます。次を行わない、その選択とてあるのです」
「そちらも検討は行いましたが、この機会に改めてとその様に陛下と公爵様より」
「無理な物は無理と、そう告げてしまえばいい」
「少なくとも、その現実は必要だと私自身も判断しての事です」
オユキとて、そのあたりの検討程度は行っている。
なんとなれば、実際に幾度も意見を書面で交えている。
結局のところ、公爵と現国王の判断は、オユキとほとんど同じ場所に着地を見たと言えばいいのだろう。
本来であれば、巫女等と言う役職にしても、相応に神殿での勤めを経てからでなければ得られない。少なくとも、これまでの期間ではそれが事実として存在している。だからこそ、このデビュタント等と言う未成年が成年として扱われるようになる通過儀礼、その場にいることが基本としているはずもない。
こちらで知己を得ている巫女見習いにしても、どうやら実のところはオユキよりも年上なのだ、一年とは言え。それでも、あれほどに教えを大事にしている者、月と安息から魔物の狩猟を行う場で何やら着々と舞を仕込まれ、さらには己の後任にと老巫女から教えを受ける程の者ですら未だに見習いとされているのだから。
「そのあたり、オユキは一度学び舎で説明してくると言い。既に水と癒しの女神様から言われているようだけれど」
「そうですね。貴女と他の方々との間で決まっていること、それを学び舎で過ごす子たちに説明はしたのかしら」
言われて、オユキは少し考える。
「そういえば、そのあたりは確認していませんでしたね」
これを一つのプロジェクトと捕らえたときに、果たして誰が一時窓口になるのか。それさえもオユキは決めていなかったことに、改めて気が付かされる。
オユキへの連絡、手紙などのやり取りはまず公爵に判断を預けている。ならば、公爵その人かと言えば、学び舎での事である以上、公爵にとってはそもそも雑事でしかない。それも、あくまで一過性の物。ならば、その管理や判断にしても、当然と言っていいほど優先順位は下がっていることだろう。では、国王陛下その人が行うのかと言われれば、当然そのようなはずもない。これで、王族の誰かが学び舎に通っている等と言う事があれば、当然その人物が全てを任されることになるのだろうが、オユキに手紙を代表として送ってきているのは、そのような人物ではない。どころか、一応高位貴族の子女、そうとしか呼べない相手。これで、未だファルコが学び舎に通っていれば、彼に白羽の矢が立ったのだろうが、生憎と彼は既に籍を抜いている。
「現状、学び舎における最高位の方は、そういえばどなたなのでしょうか」
「私たちが知るわけない」
そんなオユキの独り言にも似た言葉に、ノエミからの返答はにべもない。
「そのあたりは、一度きちんと確認して来ると良い。水と癒しの女神様も、あまり私達意外に無理を頼まない」
「でも、ノエミ。せっかくの機会であれば」
「私の力不足は認めるけれど、風翼の門が繋がれば、その流れを使って私達も少し大きな儀式を行えるようになる。少なくとも、私はアサアラと既に繋がっている。後は、カミーユ、レイア、キャンディスと」
「そうね。そのためには、他の者たちも熟さなければならない試練もあるのだけれど」
「私たちの試練は終わった。後は、それぞれの」
「あの、そのあたり、聞いた以上は私は報告しなければならなくなるのですが」
「カミーユとキャンディスはクレリー、レイアはアルゼオにいる」
巫女からは、要は其処にきちんと伝えて置けと、改めて伝えられたオユキとしては、協力をあれこれと頼む以上はやむなしとしながら。
「その、そのあたりの事柄は、改めて神殿であったり、神職の方々からというのは」
「面倒」
「あの」
オユキとして、甚だ疑問と感じての質問に対する巫女からの回答は、実に酷いものであった。
まさか、それが言葉そのままと言う事ではあるまいと、大司教に視線を向けてみれば。
「貴女に伝える、こうした場であれば、かなり負担は軽減されます。ですが」
「貴女と違って、私たちは日々の勤めが有る。水に癒しを、世界を巡る水の量が減らないように、常に浄化と増加の祈りを捧げている」
「加えて神々の言葉は、確か」
「許していない、と言う事は無いのだがな」
「法と裁き、知識と魔の領分だものね、そのあたりは」
どうにも、あれこれとそこには制約と言うものがあるらしい。
「話は戻すけれど、教会、水と癒しに連なる物としての衣装はオユキには難しい。それに、私たちは水と癒しを特に奉る者たち。流れ、変わり、巡る事。それが本義でもある」
「言われてみれば、と言うものですね」
その程度の事も話していなかったのかと、巫女からの視線が少々冷える。ただ、それに関しては、オユキは一度無視をしたうえで。
「となると、先ほど話したことも今一度考えなおし、ですか」
「オユキが着る分には問題ない。ただ、翌年以降も同じものを使う必要はないというだけ。寧ろ神事とするならば」
「そうですね。貴女はまだこちらに来て日が浅いですし、私たちが一巡りとするように衣装を替え、装飾を変えていると言う事には気が付いていないでしょうから」
オユキは、頻繁にリザ助祭とあっている。その事実を、今この場で口にしない程度には、勿論分別がある。
だが、この場で粛々と給仕を行っている侍女、エステリーゼからの視線だけは、改めてオユキに対して話があると言わんばかりの圧を増していく。




