問題となるところは
オユキが殊更意識に入れないようにとしていたこと。
寧ろ、積極的に無視していたこととでも言えばいいのだろうか。
己の自由、ここ暫く得られていたトモエとの時間。セツナという、己の種族の長から得られている助力によって、間違いなく与えられていた時間。
それが、確実に失われる一つの事実。
「トモエさん」
「私としては、判断に悩むところではあるのですが」
そして、オユキは今となってはしっかりと寝室に引き上げさせられたうえで、外には出さぬとそうした構えがとられている。
トモエとしても、完全に納得しての事かと言われれば、それは確かに怪しい事ではある。
だが、可能性があるのだと、オユキにしてもどこか気が付いていた様子が見られる以上は、トモエにしても否定が難しいというのがただそこにある現実としか言いようがない。
ベッドに横たえられて、トモエからオユキに向けていた何か、未だにトモエにしても判然としないものを容赦なく閉ざしてみれば。
此処までの間に、オユキが己の意志で動くことが出来たのはまさにそれのおかげなのだと言わんばかりに、今は寝台に横になっている。
その様な状態で、どうにかと言わんばかりに微かに首を動かしてトモエのほうへと視線をよこして。
その視線に乗っているのは、ただただ不平だというのがやはりトモエの心を苛むのだ。
「妾からは、功績をすべて外した上で動けぬのであれば、やはりとしかいいようもないの」
そして、ここ暫くの間トモエから流れる力に、トモエが改めてオユキに向けて流すと決めた物を使って活動していたオユキに、まさに因果応報だとばかりにセツナがしたり顔で。
それに対しては、オユキは聞く耳を持たぬとトモエに視線を向けるばかり。
要は、トモエの承諾さえ得られたというのならば構いはしない。間違いなく、ここ暫くはきちんと動くことが出来ていたように、また、と。
「オユキさん」
だが、トモエの判断基準というのは既にオユキばかりではないのだ。
今この場には、散々に医師役を頼んできた、カナリアがいる。
オユキ自身も、はっきりと己の年長だと考えているセツナがいる。
それ以外にも、カナリアの後見としてのパロティアに加えて、アイリスまでもが同じ部屋の中に。
アイリスに関しては、オユキが、トモエが見落としていることがあるのではないかとそうしたことを話して聞かせるために。
要は、トモエがオユキよりもこちらの世界において、現状のオユキに関して判断を預けざるを得ない者たちが、この場には揃っている。
さらには、情報を共有すべきと考えてなのだろう。エステールが、主家の夫人までを読んだうえで、夫婦の寝室で、屋内にもかかわらず降りしきる雪の中でお茶会等と言った風情となっている。
「オユキ、貴女トモエにばかりそうして甘えるのはおやめなさいな」
「オユキさん、私は何度となく説明したはずなのですが」
そして、そうした、病故の事なのだろうか。
過去にも、トモエが見たのは二度だけの事ではあるのだが、基本としてオユキは己が明確に体調に不安を抱えている状況下では、こうした素振りを見せるのだ。
本来であれば、周囲にいる相手を考えて己の行動を制御して見せる。だが、そこまで意識が回らない時には、こうしてトモエばかりに視線を向けるのだ、オユキは。
「オユキさんが、やはりよくないというのは私も理解はしているのですが」
「ふむ、幼子に対して、少しはと考えてはおったのじゃが」
「少し、ですか」
さて、トモエの言葉に何やらセツナが考えている様子。
その様な姿に、一体何があるのかとトモエが少し語調を強めてみれば。
「あまり、すごむな。お前は、やはりセツナによくない」
「それは、そうなのかもしれませんが」
「やめよ良人殿、この者にしても、未だにかなり年若い存在でしかないからの」
さて、何やらトモエの分からぬことをこちらはこちらで理解をしている素振りが見られるのだが。
生憎と、そのあたりはトモエで分かるようなものではない。
そも、オユキにはこうして種族としての長が付いているのだが、トモエにはそうした存在が今をもって与えられていない。
異邦人たちを、トモエとオユキを助けよと送られてきた者たちにしても、彼らがそうして話したところで、その視線の先にはオユキがいる。
トモエがオユキを重視している、トモエという存在にとって、オユキの存在の有無というのがはるかに大きいのだと気が付いているからこその振る舞いであるのかもしれない。
そして、それはこの客人たちにしても同様に。
「私をして、初めて聞くことではありますが」
「前にも思ったのだけれど、少し伝え忘れていることが多すぎるんじゃないかしら」
「そうですね。私たちの種族の誤認の件までを含めて」
「翼人種の誤認、ああ、鳥人たちとの」
「ええ。私たちは知っていたもの、それを貴方たちの中ではそれなりの地位にいるように見える侍女でも知らなかったのだから」
「種族差と、そう言い切ることが出来ないでもないのですが」
そう、トモエにしても、オユキと既に散々に話していたことでもある。
知識と魔、法と裁き。
その二柱から始まる、他の多くの神々もなのだろう。
神国とただそう呼ばれている国、そこで暮らす者たちに対しても、あまりにも過剰と取れる制限がある。こうして少し集まって話すだけで簡単に理解が及ぶ、ほころびの生まれてしまうだけの知識の断絶が存在している。
そうした話を、トモエとオユキが互いに行うだけで、実に簡単に時が奪われる。
今はまだ早い、それを知るにはなさねばならぬことがあるのだと、ただただ突き付けらる。
「今なら、ある程度はとも思うのですが」
「トモエさん」
「時間が奪われている、その事実だけであれば伝えられるでしょう、流石に」
不安を抱えているのだと、そこにあまりにも大きな不満が、オユキの抱える月と安息への敵愾心の根幹があるのだと、オユキがトモエの名を呼ぶ。だが、だからこそ、トモエは其処にある事実だけを伝えるのだ。
オユキが、信頼し始めている、信用したいと考えている相手に。
「神々より覚えのめでたい、貴方達ですら、ですか」
そして、トモエの言葉に、何を伝えたいのか理解したであろう公爵夫人が実に大きなため息を。
「以前魔国に向かう折には、オユキさんは私と相応に会話が出来ていたはずなのですが」
「ふむ。そこな幼子が、炎熱の鳥となんぞ話したことが」
「この世界の仕組みという程ではありませんでしたが、それでも虚飾と絢爛と言った今は多くの人々に忘れられた神々をはじめとして、魔術の仕組みであったりを」
「幼子、そのような話をした割には、いや、今はそれを置いておくしかあるまいか」
しかして、公爵夫人とカナリア以外からは、何やらさもありなんと、そうした気配。
「パロティア様は、カナリアさんともまた違う見立てをお持ちのようですが」
「ええ。この年若くあまりに未熟な物は私たちの種族としての知識をまともに身に付けているわけではありませんから」
パロティアからの、あまりに容赦のない評価に、何やらカナリアがそちらを振り返っているのだが、置いて起き。
「最近は、少しは私の話も聞こえる様になっているはずなのだけれど」
「アイリスさんは、確か、種族としての事を学び終えたからとのことでしたが」
「だから、私は少しは話が出来るのよ、他の種族とも」
「その言い方ですと」
「そればかりは、私達だからと言う訳でもない以上は、確かに説明が難しいわね」
アイリスの言では、まるで己の種族に伝わる知識を間違いなく、少なくとも祖霊と呼ばわれる存在と同等の相手に認められなければならぬ。まるで、そのように聞こえるではないかと、オユキが声を上げてみれば、アイリスにしても己が少々特殊だという自覚があるようで、こちらもやはり苦い顔。
「そのあたりの話は、種族差によることもあれば、天色と伝奏、風と旅の眷属である眷属神の御心の内よ。妾達では到底慮る事も叶わぬような話、今ここでするような話でもあるまい」
そして、セツナから、今はその様な話をするために集まったのではなかろうと、そのように言われるのだが、そこには簡単に聞き流していいと思えぬような話が。
「そのあたりは、聞きたければまた妾が幼子に話して聞かせよう。今は、そこの幼子の仕置きの話じゃ」
「セツナ様、まるでその言い方では、私に問題があるかのように」
「問題が無ければ、今その様な有様になってなどおるまいよ。妾が手を加え、そこな炎熱の鳥が安定させたこの場で過ごして、その程度の回復などというのは、流石に妾としても何のために良人殿の手を借りてまで力を振るったのかという話にもなる」
オユキの、ここ暫く、どころではなく。
これまでは、トモエにだけ見せていたどこか拗ねたような振る舞いをセツナはため息と共に受け流して。
「契約を反故に、その様な事が無いとはわかるのじゃが、さりとて、妾だけならばまだしも、良人殿の助力までを無に帰すような振る舞いを、妾は好まぬ」
その程度の事、氷の乙女としての、実際には少し違うのかもしれないが、それでも己の種族の長として、幼子と呼ばわれることを受け入れているオユキであれば、その程度の事は理解が出来るだろうと。
確かに、オユキにしてもセツナと同じことを言うだろう。
実際に、似たようなことを、似たような感情をシグルドに向けた事はオユキの記憶に新しい。
二人の間で納得など無かっただろう、互いに、結果を、そこにある物を飲み込んだうえでの選択、結果ではなかっただろう。そうした思考があったのも、確かに事実。
だが、それ以上に、セシリアがあれだけ真剣にトモエが伝えようとしたことに対してまっすぐに向き合ったというのに、なのに、トモエから、かつてのオユキに似ている等と評された貴様は、と。
そうした僅かに合った感情、トモエは見逃した感情。
それを、セツナは短い付き合いとはいえ、同族の長として容赦なく見抜いているのだと、それを僅かに言葉の端に示しながら。
「それは、その、申し訳なくは思うのですが」
「何も幼子とその伴侶の間での逢瀬を、楽しみを奪う事を妾も望んではおらぬ。だからこそ、そのために幼子も為すべきを為さねばならぬ」
この場では、その話をするのではなかったかと、セツナが改めて。
「そこな炎熱の鳥にしても、年若いものではなく、年長であれば理解もあろうが」
「貴女方は、妄執の果ての種族というのは理解が有ります。故に、休息というのが持つ意味が独特だというのも」
御無沙汰しております。
ご心配頂いた方もおられるでしょうか。
もしいらっしゃいましたら、改めて大変ご迷惑をおかけしましたことを改めてお詫び申し上げます。
長期入院や短期での入退院を繰り返しており、なかなか創作へと意識を向けることが出来ずパソコンの前に座ることが出来る時間も随分と限られた日々を過ごしておりました。
これからしばらくはどうにも現職を辞すこととなったため、引継ぎなどを行うために一月ほどは忙しい日々とはなりますが、そこからはいよいよアルバイト程度のお仕事をさせて頂くことになると思いますので、また、定期的に更新を行う事もできるようになるかと存じます。
また、皆様の無聊を少しでも慰めることが出来るよう、精進してまいりたく思います。




