第七十三話 セシリア様に永遠にお仕えしたい
「あ、あの……困ります、フローラ様。僕は……」
「僕は何? セシリアの事が好きだっていうの? あんな、性格悪い女の事はもう忘れなさいよ」
「せ、セシリア様は性格が悪く何かありません!」
フローラに押し倒されて、何とか彼女を突き放そうとするポールであったが、フローラがいつになく強く彼を押し倒しており、本気なのではないかとポールですら思わせるほどだった。
「はー、まだあいつの事、そんなに慕っているのね。何処が良いのかしら? 顔?」
「か、顔も……ですけど、綺麗で優しくて……とても気高い所が、美しいというか……とにかく全部です。僕はセシリア様の事、全部好きなんです」
上手く言葉には出来なかったが、フローラにセシリアへの思いを全てぶちまける。
それが本心だったし、もう理屈ですらなかった。
「はいはい。しょうがない子ねえ。そこまであいつの事で頭がいっぱいだと、私の専属執事も務まりそうにないわね」
と、フローラも今のポールの言葉を聞いて諦めたような口調で言い、起き上がる。
「ほら、行くわよ。あいつの屋敷に」
「え? 本当に行くんですか?」
「帰りたいんでしょう、セシリアの屋敷に」
「は、はい」
衣服を整えた後、フローラは車の運転を再開し、アクセルを踏んで、セシリアの屋敷へと急行する。
あのまま襲われるんじゃないかと思ったポールであったが、フローラが本当にセシリアの屋敷まで送ってくれるのだと尾本、感謝で胸がいっぱいになってしまった。
「ほら、着いたわよ」
「ありがとうございます」
「ふふん、この借りは高くつくからね。んじゃ、降りて。おーい、セシリア。来たわよ。早く開けなさい」
フローラが車をセシリアの屋敷の門の前に停め、二人で車から降りるや、門をドンドンと叩いて、セシリアを呼び出す。
貴族のご令嬢は思えない振る舞いに、ポールも苦笑してしまったが、これもフローラらしいなと思いながら見ていると、
「な、何ですかっ!? って、フローラ様……何か御用ですか?」
「あら、アンジュ。セシリアを呼んでくれる?」
「は、はい。その、ご用件は……?」
「良いから、さっさと呼ぶ。いるのよね?」
「かしこまりました」
あまりにうるさいので、何事かと慌てて門まで駆け付けて来たアンジュにフローラがそう命じると、アンジュも訝し気な顔をしながらも、屋敷に戻って、セシリアを呼びに行く。
「ふふん、私だって名門の貴族だし、あいつの従妹だからね。あー、早く来ないかなー」
「フローラ? 全く、何の用よ! こっちは仕事中よ」
「あら、早かったじゃない。ほら、この子、返すわ」
「せ、セシリア様……」
「ポール!」
フローラが得意気になっていると、予想以上に早くセシリアが門まで駆け寄ってきたので、すぐにポールをセシリアの前に差し出す。
「あの、セシリア様! 僕、やっぱりセシリア様にだけ仕えたいんです」
「あなた……そう言って、いつも甘えてばかりじゃない。最近のあなたは目に余るわよ」
「で、でも……」
「はいはい。痴話げんかは良いからさ。ウチでも、ちょっと面倒見切れなくなったし、最初に雇ったあんたが責任を取りなさいよ」
「面倒見切れなくなったって、まさか、ポール、叔父様に何か失礼な事を……」
「してないわよ。まあ、強いて言うなら私にかしらねー」
一瞬、表情が険しくなったセシリアであったが、フローラがそう言うと、少し脱力し、
「全く、しょうがない甘えん坊ね……ほら、来なさい。ポールは私が面倒を見るわ」
「本当ですか!?」
「ええ。フローラ、迷惑かけたわね」
と言って、ポールを屋敷の敷地内に入れて、軽くフローラに頭を下げる。
「あんたが私に謝るなんて、初めてじゃないかしら? 大雪でも降りそうね」
「人が下手に出たら、そうやって……ほら、ポール。これからはしっかりと主人の言う事を聞くのよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
セシリアがやっと、自分を受け入れてくれた事に、ポールも表情が一気に明るくなり、彼女の腕にしがみついて、屋敷へと入っていく。
「こら、またそうやって、甘えて……」
「えへへ、すみません」
「んもう……ま、こういう所もあなたらしいわね」
自分にここまで懐いてきている幼い使用人を見て、セシリアも苦笑しながらも、こんなポールも彼らしいと思うようになり、頭を軽くなでていく。
ポールは嬉しそうにしながら、振り返り、門の前で軽く手を振っていたフローラにお礼の会釈をする。
これで晴れて、ポールはセシリアの使用人に……そして、実質的なパートナーになったのであった。
その後は、ポールはセシリアの屋敷で使用人としての仕事に今まで以上に励み、彼女を支えるために一生を捧げると決意する。
ポールにとっては、それが生きがいで、セシリアの為に生きる事が自分の存在意義だと
そして、三年が経過し――
「おぎゃー、おぎゃー」
「おめでとうございます。女の子です」
屋敷の中から、赤子の産声が木霊する。
「ふふ、こうやって見ると、可愛いわね、赤ちゃんってのも。ポール、入ってきなさい」
「は、はい」
セシリアの命じられて、部屋の外で待機していたポールが中に入る。
ベッドの上ではセシリアが女の子の赤ちゃんを抱いており、ポールも感慨深げに彼女の子供を見守っていた。
「悪いけど、汗を掻いちゃったから、冷たい水でも持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
傍に居た産婆にセシリアがそう命じると、産婆も言われた通り、部屋を退室し、ポールとセシリアが二人きりになった。
「はい、抱いてみて。あなたの子よ」
「ほ、本当にそうなんですね……」
セシリアに赤子を差し出されて、おっかなびっくりで、ポールも彼女の赤子を抱く。
この子はポールとセシリアの子供――しかし、それは公にはされていなかった。
セシリアが使用人の少年の子を身籠った事など、公になれば、スキャンダルになってしまうため、極一部の人間にしか知らされず、セシリアは病気療養と称して、近くの別荘で出産の時まで静養していたのであった。
「フローラとアンジュには知らせないとね。何だかんだで、口裏合わせに協力はしてくれたし」
「そうですね。二人には感謝しきれないです」
「全くよ。ふふ、この子はいずれ『養子』として、正式に私の家に引き取る事になるわ。いずれ家を継ぐことになるでしょうね。あなたの子供って事は公に出来ないけど、それで良いのね?」
「はい。セシリア様の経歴に傷はつけられませんし……僕は、セシリア様にはずっと高貴な方で居て欲しいんです」
ポールはセシリアの事は心から愛していた。
だからこそ、自分のような農民出身の使用人と結婚して、彼女が周囲の貴族から白眼視されるようなことは絶対に避けたかった。
古い考えかもしれないが、ポールはあくまでも、セシリアに仕える身として、一生を終えたかったのだ。
「はあ、そうなると未婚で生涯を終える事になるのかしらね。ま、近い内に貴族と平民との結婚も容認される世の中になれば、良いのだけどね」
「そんな世の中になる事を僕も望みます。でも、僕は……」
「はいはい。でも、二人きりの時はちゃんとこの子の父として振る舞いなさい」
「は、はい」
セシリアにそう命じられ、ポールも自身の子供を愛おしそうにあやしていく。
ポール十八歳、セシリアは三十一歳。
ポールは流石に大きくなっていたが、セシリアは彼が出会った時とほぼ変わらない美しい容姿をまだ保っており、そんな彼女をいつまでも見守っていたいと思っていたのであった。




