第七十二話 セシリアに会わせると言われて付いていったが……
「ポール、ちょっと良い?」
「何でしょうか?」
ポールが窓ふきをしている時、フローラが声をかけてきた。
「ふふ、そんなにセシリアに会えなくてやさぐれていたの?」
「え……はい……」
セシリアに会えなくて落ち込んでいたのを見透かされていたのだが、ポールは否定する事もせず、素直に頷く。
しかし、フローラに話してもどうにもならないと思っていたので、そのまま窓拭きを続けていった。
「あら、本当にそうだったの。あいつの何処がそんなに良いのかしらねえ?」
「セシリア様はとても素晴らしい方です。悪い所なんてありません」
「はいはい。別に怒らなくても良いでしょう。あなたがそんなに落ち込んでいるのを見て、可哀相に思ってきたので、セシリアに会わせてやっても良いわよ」
「ほ、本当ですか!?」
その言葉を聞いて、ポールは目を輝かせて、フローラに食いつく。
「んもう、そんなに会いたいのかしら? 今度、ドライブに行くから、あんたも連れてってあげる。まあ、いつも頑張っている使用人へのご褒美というか、労いも兼ねてね。まあ、私の護衛だと思ってくれれば良いわ」
「あ、ありがとうございます!」
フローラの気配りを聞いて、ポールは感激で涙が出そうになり、深々と彼女に頭を下げる。
あまり、セシリアに会えない状況が続いてしまうと、ポールが拗ねてしまい、逃げ出しかねないので、フローラなりに気を遣ったつもりであった。
「でも、まだ帰れる訳じゃないわよ。ちょっとあいつの顔を見るだけだからね」
「それでも構いません。あー、セシリア様と会えるの楽しみです」
セシリアと会える――その言葉だけで、ポールは心が躍ってしまい、周りの事が見えなくなるほど、歓喜で心が満ちていった。
そんなポールの姿を見て、フローラも思わず苦笑してしまい、
「ふうう……私も甘いわね」
「えへへ……フローラ様、とてもお優しいです」
「そう。だったら、セシリアじゃなくて、私の所に来ても良いじゃない」
「で、でも、やっぱりセシリア様に雇われた身ですので」
フローラの事は決して嫌いではなく、むしろポールも彼女の事は慕ってすらいたが、それでも彼が仕えたいのはあくまでもセシリアであり、フローラではなかった。
そんな彼の様子を見て、妬んでしまいそうになったが、同時に可愛らしいとも思えてしまい、頭を撫でながら、
「じゃあ、明日行くから。一応、遊びに行くんじゃなくて、私の護衛と身の回りの世話って事は忘れないでね」
「はい!」
フローラの言葉を聞いて、ポールも元気よく返事をし、仕事に戻る。
ようやくセシリアに会えるというだけで、彼の心は踊ってしまい、浮かれた気分を抑えきる事が出来ず、明日が待ち遠しくて仕方なかったのであった。
翌日――
「んしょっと……これで、良いかしら。じゃあ、出発するわよー」
「はい」
フローラが車庫から自動車に乗り込み、ポールを助手席に乗せた後、エンジンをかける。
彼女の車に乗り込むのもこれで何度目かだか、女性であるにも関わらず、車を自在に運転出来るのは相変わらず凄いとポールも感心するばかりだった。
「やっぱり、自動車の運転は楽しいわねー。流石、文明の利器って奴。これに乗ったら、もう歩いて移動なんか出来ないわ」
「あの、車の運転って難しいんですよね?」
「難しいっていえば難しいけど、ちょっと習えば誰でも出来ると思うわよ。慣れれば馬車よりずっと運転するの簡単だと思うわ。ポールも絶対出来るようになるから、早く免許を取れるようにしなさいね」
「は、はい……」
そうは言っても、こんな最先端の技術である自動車を運転など、読み書きや計算が出来る程度の自分に出来るとはとても思えなかった。
それでも、いつかは運転できるようになって、セシリアを送迎出来るようになれば、彼女との距離はもっと縮まるであろうことは想像出来、その未来を頭に思い浮かべて、ポールも思わずニヤけてしまいそうになっていた。
「セシリアの屋敷に行ったら、どうしようかしらねー。行っても、どうせお茶の一つも出しやしないんだから、本当愛想悪い女よね。ポールが居るってわかったら、何て言うかしら」
「あの、セシリア様、僕の事、まだ怒っているんでしょうか?」
「さあ。ちょっと意固地になってるだけじゃないの。本当はポールの事が、愛しくて仕方ないって思っているとしたら、どうする?」
「嬉しいです」
「あはは、素直ねー」
最愛のご主人様であるセシリアが、自分の事を愛しいと思ってくれているなら、嬉しくないはずはなく、ポールも、フローラの今の言葉が本当である事を切に願う。
しかし、自分がセシリアに対して、粗相を働き、甘えていたことに関しては全く反省している様子はなく、セシリアに会ったら、また前みたいに頭を撫でてもらいたいと考えるばかりであった。
ドスンっ!
「む?」
「え? どうしましたか?」
フローラがまだ舗装されていない砂利道を走っていると、急にエンジンが鈍い音を立て、車が止まってしまう、
「どうしたのかしら? まさか、故障じゃないでしょうね?」
フローラが車のキーを何度もかけるが、エンジンが音を立てるばかりで、一向にかかる様子がなかった。
「おかしいわねー。ガソリンはまだ入れたばかりだし、故障するはずはないんだけど」
「え? 壊れちゃったんですか?」
「ちょっと、調べるわね」
こんな人気のない林道で、車が故障してしまっては一大事だとポールも思ったが、仮に故障したとしても、自分には修理する事も出来ないので、どうしようもなく、フローラに任せる以外にはなかった。
「あらー、エンジンがおかしくなっているのかしらね? ちょっと、後部座席の方も見てくれる?」
「え? 後ろの席ですか?」
「うん。悪いわね」
自分が見ても、車の事など全くわからないので、どうにもならないと思ったが、フローラの言う通りに、後部座席の下の方を見てみる。
「どう?」
「えっと……わからないです」
「そっかー。それじゃあ、一大事ねー。えいっ!」
「うわあっ!」
後部座席を見ても、さっぱり異常などわからなかったので、どうしようかとポールも不安でいっぱいになった所で、急にフローラに押し倒される。
「な、どうしたんですか、フローラ様?」
「へへ、どうしようかしらねー? 困ったわねー、ここ人が滅多に通らない田舎道だから、私達、迷子になって帰れなくなっちゃうかも」
「そ、それは……でも、どうして……んっ!」
「んっ、んんっ!」
フローラが何をしているのか理解出来ず、困惑していたポールであったが、突然、フローラが彼と口づけを交わしていく。
「んっ、んん……んっ、はああっ! ふ、ふふ……どう? いい加減、セシリアの事なんか忘れなさいよ。私ならもっと可愛がってあげるんだから」
「は、はうう……」
急にフローラに接吻させられ、妖艶な声でそう迫られたポールは更に混乱してしまい、目を回しながら馬乗りになっていた彼女を見つめる。
セシリアに会わせるというのは嘘であったことにまだきづいてなかったが、フローラはこれからポールをどう料理しようか楽しみで胸が躍るばかりであった。




