第七十一話 久しぶりに令嬢に再会できると期待したが……
「早く来ないかなあ……」
セシリアがフローラの屋敷に来ると聞いて、ポールも胸が躍り、早く彼女の顔が見たくて待ちきれず、仕事にも身が入らないほど浮かれていた。
何日の間とは言え、セシリアのそばに居られなかったのは彼にとってはとてもつらく、どんな理由であれセシリアに会えるのは彼にとって最高の喜びなのであった。
「セシリア様が着たら、どうしようかなー」
もしかしたら、自分を迎えに来てくれるのではないかと思うと、ポールも窓ふきをしながらも顔が緩んでしまう。
彼女の顔を見たら、人前であっても抱き付く事を我慢出来そうになかったのが、不安であったが、仮にそうなってもセシリアなら許してくれるだろうと勝手に思い込んでいた。
「はーい、ポール。随分とご機嫌じゃない」
「あ、フローラ様。はい、セシリア様、今日来るんですよね?」
「うん。夕方頃になるらしいけどね。何か、ちょっと顔を出して帰るみたいよ」
「え? そうなんですか? 夕飯を召し上がるのでは……」
ニヤけながら、窓ふきをしているポールにフローラが声をかけ、セシリアがすぐに帰ってしまうかもしれないと訊くと、ポールも少しがっかりしてしまう。
「急用が出来て、すぐ帰る事になったみたいよ。何よ、まさかあんたを迎えに来てくれるとでも思ったの?」
「そ、そういう訳では……いえ、そうですね。セシリア様、僕をいつになったら、迎えに来てくれるんでしょうか?」
「さあ。あの子、結構意地っ張りだからねー。ポールがそんな態度だと、いつまで経っても私の屋敷に置いたままかもしれないわよ」
「うう……」
一応、フローラなりの忠告ではあったが、そんな事を聞かされたポールは更に歯痒い気分になり、泣きそうな顔をする。
「そんな顔をしないの。ポールがそんなだと、セシリアもきっと悲しむわよ。いや、あいつが悲しもうがどうでも良いけどさ。とにかく、今は私の使用人なんだから、それに恥じない態度をせめて見せてやりなさい」
「は、はい……」
自分は生涯、セシリアにお仕えするつもりであった為、それ以外の人に一時的とは言え、仕える事には抵抗があったポールであったが、とにかくセシリアが来る以上は、しっかりしないとと言い聞かせる。
そうすれば、セシリアが自分の事を見直して、彼女の屋敷に戻れるだろうと淡い期待を抱いていたのであった。
そして、夕方になり――
「セシリア様、ようこそお出でなさいました」
フローラの家の使用人たちに出迎えられ、セシリアがアンジュと共に屋敷に入る。
「おお、セシリア。よく来たな」
「叔父様、お久しぶりです」
出迎えたフローラの両親と挨拶を交わして、握手をするセシリア。
応接間へ招待され、フローラの両親やアンジュと共にセシリアが入っていく所をポールが影から覗いていたが、声をかける事は出来なかった。
「セシリア様ー……もっと、お近くで顔を見たいなあ……」
どうもセシリアから遠ざけるよう言われていたみたいで、出迎えの列に加わる事を許されなかったポールが何とかしてセシリアに接触しようと考えていた。
「そうだ。部屋に入れば良いんだ」
一瞬、セシリアのいる応接間に押し入るのに躊躇していたが、セシリアなら許してくれるだろうと考え、彼女の応接間に入ることにした。
「何かお茶でも持って行けば良いかな……」
流石に手ぶらで押し入るのは、失礼だと考え、四人にお茶を差し出すという名目なら許してもらえるだろうと考え、屋敷のキッチンに向かう。
「えっと……カップは……」
勝手にキッチンに入り、四人分のカップを取り出す。
しかし、茶葉がどこにあるのかわからず、ポールが棚を開けて調べようとすると、
「ちょっと! 何、勝手に開けてるの!?」
「え?」
棚を開けて、茶葉を探している最中、この屋敷の女性のメイドに見つかってしまい、血相を変えてメイドが駆け寄る。
「あ、あの……セシリア様にお茶を出さないといけないかと思って……」
「紅茶なら、既に用意してあります! 一体、誰に頼まれてこんな事をしているの!」
「いえ、その……」
このメイドは台所の管理を任されており、セシリアが来てすぐに紅茶を応接間に持って行ったばかりなので、勝手な行動をしたポールに
「まさか、何か盗もうとしたんじゃないでしょうね? 最近、食材が足りない事があるの。あなたが取っているんでしょう!?」
「ち、違います!」
そんな話は聞いた事がなかったので、慌ててポールも否定するが、メイドは当然の事ながら、ポールの言う事など全く信用せず、
「来なさい! このことはご主人様にも報告しますからね!」
「そ、そんな……」
メイドに腕を引っ張られ、ポールは台所の外に連れ出されてしまい、屋敷の中にある狭い一室に閉じ込められてしまった。
「うう……何で、こんな事に……」
自分の寝室よりもさらに狭く古い部屋に閉じ込められ、そこに一個だけ置いてあった椅子に座って、ポールは蹲る。
ただセシリアにお茶を入れて持って行こうとしただけなのに、なぜこんな事をされないといけないのか、自問していたが、とにかくセシリアの顔が見たいと言う気持ちは更に募っていった。
「セシリア様ー……早く助けに来てえ……」
と泣きながらポールが呟いていると、
トントン。
「っ!?」
「はーい、ポール。ここに居たのね」
「フローラ様」
誰かと思って、顔を上げると、フローラが話を聞いて、懲罰房にやってきた。
「何か台所で盗みをしようとしたって聞いてビックリしたけど、本当?」
「ち、違います。セシリア様に、紅茶を持って行こうと思って……」
「ああ、そういう事ね。でも、それならまずは私にでも言ってくれればよかったのに。流石に勝手に持ち出すような真似をしちゃ駄目よ」
「そうですね……すみません」
フローラにも釘を刺され、ようやくポールも平静さを取り戻したが、それより、ポールはセシリアの事が気になってしまい、
「あのセシリア様は?」
「もう帰ったわよ」
「え? もうですか?」
「うん。ちょっと話を聞いて、帰っちゃったわ」
「そうですか……」
早くもセシリアが屋敷を去ってしまったという話を聞いて、ポールは更にしょげてしまう。
自分の事を迎えに来てくれたのかと期待していたが、それが裏切られてしまい、改めて失望してしまったのであった。
「そんなに帰りたいの?」
「セシリア様に会えるかと思ったんですけど……」
「はいはい。愛されてて羨ましいわねえ。ちなみに、さっきポールが盗みをしようとしたって話、もうセシリアの耳にも入ってるわよ。これで、もっと嫌われちゃったんじゃない?」
「そんなっ!」
盗みに関しては完全に濡れ衣だったので、ポールも狼狽するが、
「まあまあ、私もお父様も鬼じゃないから、誤解だっていえばわかってくれるわよ。取り敢えず、私の方からもすぐにポールをここから出すように言っておくから、あんたはもうちょっとそこで我慢しててね」
「はい……」
と、ポールに告げた後、フローラは房から出ていき、ポールもガクっと肩を落として、また椅子に座る。
今日は久しぶりにセシリアの顔が見れるかと思ったが、それすら叶わず、ポールにとっては最悪の一日となってしまったのであった。




