第六十八話 わがままな使用人に手を焼いてしまい……
「セシリア様ー」
「きゃっ!ど、どうしたのこんな朝早くに」
朝になり、セシリアが起きた時間を見計らって、ポールが部屋にノックもしないで飛び込んできた。
「えへへ、セシリア様に会いに来たんです」
「ちょっと、駄目よ。もうすぐアンジュも来るんだから……きゃっ!」
「セシリア様~~……抱っこして」
まだ着替えておらず、寝間着姿のセシリアの胸にポールが無邪気に抱き付いてくる。
「こら、止めなさい。何をするのよ、ノックもしないで」
「ノックとか必要? セシリア様のお部屋はもう僕のお部屋と同じじゃないの?」
「はあ? 誰がそんな事を言ったのよ」
「セシリア様、僕と一緒に寝てるんだから、ここは僕の部屋と同じだよ。ねえ、今夜も一緒が良い」
と、ポールは無茶苦茶な理屈を並べ、セシリアを唖然とさせてしまったが、ポールは構わずセシリアの胸に顔を押し付ける。
「とにかく、もう部屋を出なさい!アンジュに見られたら、どう言い訳するつもり!?」
「むうう……意地悪」
「意地悪じゃないの。何なのよ、その態度は? それが主人に対する態度なの? あなた、自分の立場わかってるの?」
「わかってるけど、もっとセシリア様と一緒が良い。夜中にこそこそ会うだけじゃ嫌だ」
「そんな事を言っても、他の使用人に知られたら、あなたを今度こそ解雇しないといけなくなるの。わかりなさいよ、そのくらい」
「うう……」
あまりにひどい駄々を捏ねるポールに厳しい口調でそう言い聞かせるが、ポールは未だに納得してないようで、不満そうな顔を露にする。
しかし、本当に解雇されてはまずいので、ポールもしぶしぶセシリアから離れ、
「じゃあ、セシリア様とずっと二人きりになりたい」
「そうね。そう言ってくれるのは嬉しいわ。でも、ここじゃ駄目よ」
「何処ならいいの? セシリア様と二人きりになれる場所に行きたい」
「前に行ったホテルとかなら、一緒にいけるけど、今はちょっと忙しいから無理よ。後になさい」
「うう……」
「え? ちょっと、何やってるのポールっ!」
ポールは急にセシリアの部屋にあるクローゼットを開けて、セシリアの服を漁る。
「セシリア様の宝石、何か欲しい。駄目?」
「だ、駄目よ! 使用人に私物をあげられるわけないでしょ!」
「どうして? セシリア様の事をいつでも感じていたい、僕。何でも良いからちょうだい」
「わ、わかったわ。だから、勝手に漁るのは止めなさい。ほら、これはもう使わないから、それで我慢しなさい」
仕方なく、セシリアは既に使っていない、イヤリングをポールに手渡し、ポールも煌びやかなセシリアのイヤリングを見て、嬉しそうに
「ありがとう、セシリア様。へへ、大事にするね。ねえ、セシリア様ー……」
「まだ何かあるの?」
「キスして」
「はあ……わかったわ……ん……」
ポールにおねだりされて、セシリアは溜息を付きながら、彼の頬にキスをする。
「はい、これで良いわよね」
「うん。じゃあねー、セシリア様」
と満面の笑みで、ポールはようやく退室し、セシリアも脱力してしまったのか、そのままベッドに座り込む。
「困ったわねえ、ポールにも……」
最近のポールの我侭で、傍若無人っぷりにセシリアは頭を痛めるばかりであり、いっそ解雇してしまった方が良いのではないかと考える。
しかし、自分が可愛がってきたせいで、ああなってしまったのだとも思っていたので、それも可哀相な気がしてしまい、セシリアもポールの処遇をどうすべきか悩んでいた。
「無理に解雇して、暴れたりしても困るわね……」
以前、一度休暇を言い渡したが、ポールが泣きついて、暴れ出したのでやむなくこの屋敷に戻したことを思い出し、今度解雇したら、自分の身に危険が及ぶ恐怖すらセシリアにはあった。
そうなってしまってはお互いの為にならないと思いながらも、結局、良い案は浮かばず、しばらく様子を見る以外の考えは浮かばなかったのであった。
「んしょっと……」
「はーい、ポール」
「フローラ様。どうしたんですか、今日は?」
ポールがいつものように、庭の草むしりに励んでいると、フローラが車に乗って、敷地内に勝手に入ってきていた。
「ねえ、今日暇? 一緒に出掛けようよ」
「あの、今、お仕事中なので……」
「サボっちゃいなさいよ。今更、あいつもそんな事で怒らないでしょ」
「それは流石に……」
セシリアを怒らせるような事はしたくなかったが、今朝の事を思い出し、ポールも自分でもやり過ぎだったのではないかと反省する。
いくら何でも主人に対して馴れ馴れしくしすぎて、セシリアを困らせてしまったとようやく理解し、今度は気を付けようと思ったが、セシリアの事を考えると、どうしても彼女の傍にいたいという欲求が抑えきれず、自分でも止められなくなっていったのであった。
「あなたも少し変わったわね。何か、ちょっと男らしくなってきた?」
「そうですか?」
「うん。少しは大人になったのかしら」
そんな事はないと思ったが、セシリアからはむしろ子供っぽくなったと言われており、フローラとセシリアでそんなにも自分を見る目が違うのかと彼も不思議に思っていた。
「まあ、そんな事より行きましょう。いいじゃない、草むしりくらい、後回しにしたって。こんな広い庭、どっちみち管理しきれやしないわよ」
「あ、あのそれは困りますので……」
「あんたも、人の使用人によく、そこまで馴れ馴れしく出来るわね」
「げ……セシリア、居たの?」
フローラが強引にポールを連れ出そうとすると、セシリアが現れ、二人の元に近づく。
「ええ、居るわよ。ここは私の屋敷だし」
「ふん、偉そうに。ポール、借りて良い? いいじゃない、たまには休ませても」
「使用人には休みを適度に取らせているから問題ないわ。それより、ちょうど良かったわ。ちょっと、来なさい。話があるから」
「あら、珍しいじゃない。セシリアの方から話なんて。でも、気になるから聞いてあげる。紅茶くらい出しなさいよね」
「はいはい。ポール、ちゃんと仕事するのよ」
「はい」
とセシリアに命じられ、ポールも庭の手入れを再開する。
「んで、話って?」
セシリアはフローラを自室に案内し、彼女をソファーに座らせると、溜息を付きながら、
「最近、ポールの我侭がひどくてね。今朝なんかノックもせずに私の部屋に入ってきて、駄々を捏ねてきて……まるで、幼い子供みたいで、困っているのよ」
「へええ、随分とあの子もあんたに気を許したものね」
「感心してないの。こっちは真剣に悩んでいるんだから」
「ふふん、あんたがそうやって教育したんじゃないの? いらないなら、私が貰うわよ」
「そんなの……いや、少しだけあんたの屋敷で働かせるのもいいかしら」
「本当? 大歓迎。すぐポールに話しなさい。今すぐ」
「急かすんじゃないわよ。やっぱり、止め」
「止めじゃないわよ。そっちが言い出したんだから、ポールは家でしばらく預かるわ。今度は主公認だから、堂々と連れていくわよ。良いわね?」
「く……わかったわよ。じゃあ、そっちでしばらく預かってくれる?」
「きゃー、ありがとう」
と、二人でそんな話を勝手に決めてしまい、フローラも大喜びする。
少し彼を自分から離しておいた方が良いと思ったが、これが上手く行くかという自信はなく、何よりポールが納得するかという不安もあったが、フローラはすっかりその気になってしまい、彼を今すぐ連れて行こうとしたのであった。




