第六十六話 ご主人様と行きたい所は……
「おかえりなさいませ、セシリア様」
「ただいま。変わったことはなかった?」
「いえ、特には」
セシリアが帰宅し、使用人たちが彼女をいつものように出迎える。
「今日は少し疲れたから、ちょっと部屋で休むわ」
「かしこまりました」
遠出したからか、セシリアはいつになく顔に疲れを見せており、屋敷に帰るや、すぐに自室に向かい、休息を取ることにした。
そんなセシリアを見て、ポールも心配になってしまい、彼女の部屋に行こうとするが、アンジュと女性の使用人数人にセシリアは付き添われており、ポールが入り込む隙間がなく、後で部屋に入ることにした。
「セシリア様、大丈夫かなー……」
夜中になり、ポールはセシリアが心配になってしまい、彼女の部屋に向かう。
もしセシリアが病気にでもなったらどうしようかと、ポールも気が気ではなく、彼女の部屋に足早に向かっていったのであった。
「セシリア様……」
「あら、ポール。また来たの?」
「あ、はい……大丈夫ですか? お疲れのようでしたので……」
「平気よ。ちょっと疲れただけだし」
部屋に入ると、セシリアは寝間着姿で本を読んでおり、思っていたより元気そうだったので、ポールも安堵する。
「えへへ、セシリア様、お元気そうで良かったです」
「あん、止めなさい、ポール。使用人なのに馴れ馴れしいわよ」
「いいもん、セシリア様とこうしていたんです」
仕事の疲れが取れていたのを確認したポールは遠慮なく、セシリアの膝の上に乗り、彼女に子供のようにしがみつく。
こうして、セシリアの体に密着している時が、ポールにとって一番の幸せを感じるひと時であったが、こんな時間がいつまで続くのかと最近不安になっていた。
「はあ……本当、駄々っ子みたいな息子が出来た気分だわ」
「僕、セシリア様の子供なんですか?」
「息子みたいって言ったでしょう。いつまでも、親離れ出来ない我侭放題の息子よ。あなた、使用人って立場を本当忘れているみたいね」
「忘れて何かいないもん。セシリア様がこうして良いって言ってるからしてるんだよ」
「そういう所が駄々っ子だって言ってるのよ。全く、息子にしてはまだ大きすぎるし、困ったものだわ」
すっかり、小さくて我侭な子供を持った母親になった気分になったセシリアは、執拗にしがみつくポールの頭を撫でて、苦笑する。
別に息子が欲しかった訳ではないが、ポールがここまで幼く我侭を言ってくる少年だとはセシリアも思わず、彼のことを持て余している様子であった。
「何か変わったことあった?」
「ないです。フローラ様が来たくらいですかね」
「あいつ、本当暇人ねえ……羨ましい限りだわ。勝手に来たら追い出しなさい」
「そういう訳にも……」
「はいはい。あいつが私の従妹だからって言いたいんだろうけど、そんなの気にしなくて良いって、他の使用人にも言ってるんだけどね」
「こ、今度は気を付けますので」
セシリアの命令とは言え、ポールもフローラの事は嫌いではなかったので、あまり邪険には扱えず、彼女の誘いも断りにくくて申し訳ない気持ちもあった。
しかし、同時にフローラの奔放っぷりがポールも羨ましく感じる事もあり、彼女みたいな自由気ままな生活がしたいという気持ちも芽生え始めていたのだ。
「今日はお疲れだったようですけど、本当に大丈夫なんですか?」
「平気よ。ちょっと商談で揉めたから、ストレスが溜まっただけ。あなたが心配する事じゃないわ。もう寝なさい」
「は、はい……」
自分が心配する事ではないと告げられ、ポールも少しチクリとした気分になる。
まだ十代の彼に難しい商談の手伝いなど出来るはずはないのだが、それでもセシリアの力になれないのは歯がゆい気持ちもあり、この差をどうしたら埋める事が出来るのかと、ポールも最近、苦悩するようになっていた。
「ポールも大人になったのか、子供みたいになったのかよくわからないわね。こうやって、主人に粗相を平気で働くようになったくせに、生意気な事を考えている顔だわ」
「な、生意気な事なんか考えてません。僕もセシリア様のお力になりたいなって思って……」
「使用人としての仕事をしてくれれば良いわ。まだ十代の子に、私の仕事を全部任せる事なんか期待してないし、そんな事を貴方に頼む気はないの。わかった?」
「ぶうう……わかりました」
ポールはセシリアにしがみつきながら、自分も主人の力になりたいと告げるが、セシリアも彼の好意を嬉しく思いながらも、頭を撫でながら、やんわりと断る。
しかし、ポールはまだ納得は出来てないようで、頬を膨らませて、まだ駄々っ子のような顔をしてしがみついていた。
「ポールは何か欲しい物とかないの? そんな不満な顔をしているから、何か欲しい物でもあるのかと思ったけど」
「セシリア様が欲しいです」
「は?」
何気ないつもりで聞いたセシリアだったが、思いもかけないポールの言葉を聞いて、セシリアも面食らった顔をして固まる。
「セシリア様と一緒に居られれば、僕、何もいらないよ」
「そういう発言は嬉しいけど、だったら、もっと私の言う事をきちんと聞きなさい。最近のポールは我侭放題で、私の頭を悩ましているわ」
「悩ましているつもりなんかないよ。セシリア様とこうやって一緒に居たいんだもん。だから、この屋敷に置いてくれれば何にもいらないよ」
「うーん……ずっと私の使用人でも良いの?」
「使用人……よくわからない……」
ずっとセシリアの使用人でも構わないと思っていたポールであったが、いざそう改めて聞かれると、ポールも少し考え込む。
ずっとセシリアの使用人をしていても彼女と共に居られるが、使用人は他にも何人もおり、表向きはセシリアもポールの事を他の使用人たちと同等に扱わないといけなかった。
もちろん、陰で特別扱いされていることはポールも認識していたが、こうやって隠れてセシリアと一緒に居るだけじゃなく、堂々と彼女のパートナーになりたい――
そうなるために、どうすれば良いのか、ポールも考えていたが、ただの農民でしかない自分にセシリアと肩を並べることなどとても無理だという葛藤もあり、ここへ来て身分の違いが恨めしく思うようにもなtっていた。
「私が欲しいって言うのはどういう意味かしら? ちゃんと説明なさい」
「うーん、セシリア様と一緒に居たいんです」
「あなたも十五歳になるのよ。いつまでも子供じゃないの。私とどうなりたいのか、いい加減気持ちの整理をつける事ね」
「むむ……セシリア様、最近、厳しいです」
「厳しい? あなたにはずっと甘く接しているわよ、これでも」
「でもお……もっと、セシリア様と二人で居たいですー」
ここへ来た当初は舞踏会に誘ったり、二人で出かけたりと貴族の世界を見せてくれたセシリアであったが、最近は二人きりで過ごす時間が少なくなっているような気がしてしまい、それもポールは不満になっていた。
「セシリア様と二人で出かけたいです」
「ふーん。何処に行きたいの? デートって事よね?」
「デート? セシリア様とですか?」
「そうでしょう。ポールが行きたい所に付き合ってあげるわ。何処が良い?」
「よくわからない……」
「はあ……私がリードしすぎたせいで、こうなったのかしらねえ……しばらく考える時間をあげるから、私と何処に行きたいか考えておきなさい。お金なら出してあげるから、それでいいわね?」
「は、はい」
セシリアとのデート先をポールが考えないといけなくなり、ポールも返事をする。
しかし、中々セシリアが喜びそうな場所が思いつかずポールは悩み続けていったのであった。




