第六十話 セシリアの将来を案じて
「何だか緊張してしまいます」
「晩餐会への出席は初めてじゃないでしょう。しっかりなさいな」
フローラの両親に招待された晩さん会に出席する為、セシリアとポール、そしてお付きのアンジュの三人は馬車に乗り込み、会場へと向かう。
ポールもセシリアと一緒に馬車に乗るのは久しぶりであると同時に、あの貴族や上流階級が集う晩餐会や舞踏会の雰囲気にはまだまだ馴染めず、緊張しっぱなしであった。
「ポール、あなたも人前に出しても、恥ずかしくないような使用人になってもらわないとね。この先、私をしっかりエスコート出来るようにみっちり鍛えないといけないわ」
「は、はい」
セシリアに釘を刺されて、ポールもピシッと背筋を伸ばして頷くが、一人前の執事になるには、十年、二十年のキャリアが必要と言われているので、まだ一年も経たないポールなど、駆け出しというレベルにすら達していなかった。
そう考えると気が遠くなりそうになってきたが、ポールもセシリアのような美しく高貴な主人に見合うだけの執事になれるかはあまり自信がなく、今までみたいに甘やかされる生活に溺れていたので、一人前の執事になると、今の関係が崩れる気がして、怖くなっていったのであった。
「今日の会場はシュタルベック城と言って、この近くにあるの。もうすぐ着くわよ」
「そうなんですか。聞いたことのないお城です」
「昔は、偉い王様が住んでいたのだけど、今は誰も住んでなくてね。他の事業主が買い取って、舞踏会や晩餐会の会場として貸し出しているのよ」
馬車を走らせると、目の前に古い城が見え、セシリアがポールにそう説明する。
こんな城が近くにあるとは知らなかったので、ポールも馬車から興味深そうに見ていたが、補修はされてるものの、明らかに古くて朽ち果てそうなお城だったので、セシリアの屋敷の方が立派に見えた。
何より、セシリアにはこんな古臭いお城は似合わないなとポールも眺めていたが、まさかそれをここで口にする訳にはいかず、
「おお、セシリア。よく来たね」
「お久しぶりです、おじさま、おばさま」
城に着くと、早速、セシリアの叔父と叔母、フローラの両親が出迎える。
フローラの母のクロワとは以前、ポールも会った事があったが、やはりセシリア以外の貴族と間近で対面するのは緊張してしまい、ポールもぎこちない表情をして会釈をしていた。
「あの、フローラは居ないのですか?」
「あの子は後から来るわ。あなたがポールね。前にも会ったわよね?」
「は、はい」
クロワもポールの事を覚えていたのか、穏やかな笑みで彼に話かけ、ポールも背筋を伸ばしてまた一礼をする。
自分の事を覚えていたのが意外であったが、今日は彼にも用があったのだ。
「セシリア、お前を呼んだのは他でもない。今日はお前の将来について、色々と話し合いたいと思ってな」
「私のですか?」
「うむ。堅苦しい話になるので、申し訳ないと思っているが、セシリア。お前も、もう良い年齢だろう。縁談の話も全て断っているようだが、お前はずっと一人でいるつもりか?」
「それは……」
フローラの父で、セシリアの叔父でもある、ルンドルフが真剣なまなざしでセシリアにそう訊くと、セシリアも思いもかけない質問に、少し言葉を詰まらせる。
「後継ぎがいなければ、お前の代で家は絶えてしまう。それは、亡くなった両親にとっても一番の親不孝だろう?」
「わかっています。ですが、私の伴侶は私自身で探したいのです。家の事はもちろん、考えていますが、私の人生ですので、自分の目で夫となる方を見極めたいのです」
セシリアはまっすぐな目で、叔父夫婦にそう答えると、クロワもくすっと笑い、
「フローラも同じような事を言っていたわね。やっぱり、あなた達、良く似ているわ」
「う……そ、そうですか。光栄です」
フローラに良く似ているというクロワの言葉に、セシリアも一瞬、顔を引き攣らせるが、叔母の印象を悪くしてはいけないと、笑顔で一礼する。
(セシリア様……)
そんな主の様子を心配そうな眼差しで、ポールは眺める。
貴族にとって後継ぎを残すことは何よりも重要な事であり、今のままではセシリアの家は彼女の代で絶えてしまうのが目に見えていた。
ポールもセシリアが、他の男と結婚するなど耐えられなかったが、それでも家の事を考えた場合、セシリアが貴族の男を婿に迎えることが頭にどうしても過ってしまい、そうなった場合、自分はどうすれば良いのか考えていた。
「今日も縁談の話を持ってきたのだが……どうだ、この中に気に入った男がいれば、一度会ってみてはどうかね? 家柄も学も性格も全て保証するぞ」
「ありがとうございます」
ルンドルフが手渡したリストを開くと、貴族や高級官僚、軍人や企業家の男の写真が何人も掲載されており、セシリアもパラパラとめくっていく。
しかし、セシリアはほぼ今日観なさそうな顔をしており、見合いなどする気はなかった。
「最初から断るのはよくないな。一度だけで良い。会って話をしてみると良いぞ。この人はどうだ? 前にも舞踏会で一緒になった男だろう」
「はあ……考えておきますね」
当然、乗り気ではなかったが、気を遣ってくれた叔父の顔も潰せない為、セシリアは曖昧な返事で乗り切ろうとする。
しかし、セシリアももう今年で二十八にもなる年齢であり、そろそろ真剣に身の振り方を考えないといけない年だったのは事実で、だからこそ強引にでも叔父夫婦もセシリアを結婚させ、世継ぎを残そうとしていたのであった。
「セシリア様、折角のルンドルフ様のご紹介ですので……」
「わかっているわよ」
アンジュも、この縁談に乗るよう、セシリアに促すが、彼女が乗り気ではないのは、アンジュも態度ですぐに察した。
「ポールはどう思う?」
「えっ? そ、その……」
急にセシリアに話をフラれて、ポールも動揺する。
当然、セシリアが他の男と結婚するなど、嫌ではあったが、この場でそれを口にするのは憚られたので、
「セシリア様のご自由になされば良いと思います……」
「そう。ありがとうございます、心配してくださって」
「いや。余計なおせっかいだったかもしれないな。まあ、セシリアもそうだが、ウチのフローラにも困った物でな。縁談の話を持ってきても、いつでも結婚できるなどと言って、相手にもしないのだ」
「全くね。でも、ああいう奔放な生き方がいずれ主流になるのかもしれないわね」
と、フローラの両親も我が娘のことに頭を悩ましていたが、フローラはそもそも跡継ぎですらないので、自由にさせていたのであった。
「あなた、ポールって言ったっけ?」
「は、はい」
「セシリアのお気に入りみたいだけど、彼女のこと、いざという時はあなたにお願いしようかしら」
「え? はい」
クロワがポールの頭を撫でながら、彼にそう言うと、ポールもキョトンとした顔をして、頷く。
彼女の言葉の真意がよく理解できなかったが、セシリアのことを託されたのはとても嬉しく、フローラの両親にも認められたみたいで舞い上がってしまったのであった。




