第五十三話 大人になりたくない令嬢の使用人
「今日から新年か……」
晩餐会が終わって数日経ち、早くも今年最後の日を迎え、ポールは夜空を眺めながら、今年一年のことを思い出す。
この屋敷に使用人として雇われて、セシリアに寵愛されて、貴族階級の生活を目の当たりにし、一時は解雇されて……など、色々な出来事が彼の頭をよぎっていった。
が、セシリアに仕えられて、ポールは短いながらも、今までの人生で一番の幸福を感じており、これからもずっと彼女とこの屋敷で過ごしたいと心から願っていた。
「ポール、ちょっと良い?」
「はい。何でしょう?」
夜空を眺めあがら、悶々とそんな事を考えていると、セシリアが声をかけてきたので、
「貴方、本当に帰らなくて良いの?」
「はい。前に何日も休んで、実家に帰りましたし。セシリア様と一緒に居る方が良いです」
「そう。殆どの使用人は交代で休みを取らせているけど、あなたは本当にそれで良いのね」
年末年始の時期は、セシリアも使用人たちに一週間程度の休暇を与えて、帰省させているのだが、ポールはどうしてもここに留まるつもりでおり、休みを取る気など、全くなかった。
しかし、ポールだけ特別扱いするのも気が引けていた、セシリアはどうにかして、彼にも休暇を与えて、一旦、帰省させようと考えていたが、ポールは不意に彼女に抱きつき、
「きゃっ! こ、こら、止しなさい……」
「へへ……セシリア様と、ずっとこうしていたです」
「もう。誰かに見られたら、どうするの?」
寒空が吹いている中、ポールはセシリアの胸元に飛び込んで顔を埋め、幼い子供の様に彼女にしがみつく。
既に慣れている光景であったが、よくもまあ、主人に対して、ここまで大胆な事が出来るなと、セシリアも半ば呆れながらも、感心すらしていたほどであった。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、あなただけ特別扱いも出来ないのよね。一週間だけで良いから、来月、休みを取るつもりはない?」
「うう……セシリア様は、僕と一緒にいるの嫌なんですか?」
「嫌って言ってる訳じゃないの。もう、しょうがないわねえ……主人を困らせているようじゃ、使用人失格よ」
「むうう……実家に帰るより、セシリア様と一緒の方が良いんです。何でもしますから、この屋敷に置いてください」
セシリアと一緒にいられるなら、休みなどいらないというのは、彼の本心でもあり、実家に帰ってもやることなどないので、ポールは意地でも居つく気でいた。
「お給料はいりませんから、お願いします」
「そういう訳にもいかないのよ。あなた、給料も実家に仕送りしてるんでしょう? それがないと、家の人だって生活に困る訳じゃない」
ポールも一応、実家に仕送りはしており、親に楽をさせたいという気持ちはあるが、それ以上に、セシリアと一緒にいたい気持ちの方が強く、実家のことは二の次となっていた。
「ううう、お願いしますうう……」
「はいはい。じゃあ、しばらくはいて良いから、泣かないの。みっともないでしょ」
「えへへ、ありがとうございます」
ここで言い合いをしても埒が明かないと判断したセシリアは、一先ずポールの頭を撫でて、彼を宥めていき、彼女の言葉を聞いて、ポールもパっと顔を明るくして、胸元に顔を埋める。
その仕草は、本当に幼い子供そのもので、どんどん母親に甘えてくる子供のようになっていった、ポールを見て、セシリアも複雑な気持ちになっていったのであった。
「それでは、セシリア様。何かあったら、すぐにお呼びください」
「ええ。ゆっくり羽を伸ばしてきなさい」
数日後、ハウスキーパーのアンジュも、休暇を取って、数日間屋敷を空けることになり、セシリアの屋敷には使用人がポールとメイドが二人いるだけになってしまい、閑散としていた。
「やっぱり静かになったわね」
「大丈夫なんですか? 使用人が三人しかいなくて」
「平気よ。この時期はいつもこうだし。ま、いざとなったら、ポールが守ってくれるのよね? あなたが、何でもするって言ったのだから」
「それはもちろんですけど……」
ポールもいつも以上に、屋敷が静かになってしまい、ちょっと不安になってしまっていたが、セシリアはおどけた口調でそう言うと、ポールも力なく頷く。
セシリアを守るためなら、命も惜しくはなかったが、暴漢が襲ってきた場合、自分ひとりで守りきれるのかという不安は常に付き纏っていた。
「大丈夫よ。何かあれば警察がかけつけてくれるから」
「はあ……なら良いですけど」
「くす、そんなに不安なら、今夜は私の部屋で一緒に過ごす?」
「えっ!? い、良いんですか?」
「ええ。泥棒でも入って来た時は、盾になってもらうから」
「わああ……」
久しぶりにセシリアと一緒に夜を過ごす事が出来ると聞き、ポールも顔を明るくする。
彼女と二人で過ごせる
「ほら、屋敷の掃除しなさい。今日は人数が少ないから、大変よ」
「は、はい。頑張ります」
セシリアの命令で、使用人としての業務に取り掛かり、ポールもいつも以上に張り切って、屋敷の掃除を始める。
広い屋敷をいつもより少ない使用人で掃除するのは骨が折れる作業ではあったが、それでもセシリアが快適に過ごせる様にと、一生懸命、使用人としての仕事に励んでいったのであった。
トントン
「失礼します」
「あら、本当に来たのね」
夜中になり、約束通り、ポールはセシリアの部屋に入り、ソファーに座っていた彼女の元に駆け寄る。
「あ、こら! 勝手に膝の上に乗らないの」
「えへへ……ずっと、こうしたいんです……」
セシリアの許可も待たず、ポールは彼女の膝の上に座り、赤ちゃんの様に、彼女の胸元に顔を埋める。
使用人のこんな粗相にもいい加減、セシリアは慣れてしまい、溜息を付くほどであったが、ポールも成長したのか、かなり体重が重くなってしまい、セシリアでも支えきれなくなる程になってしまっていた。
「離れなさいポール。ハッキリ言うけど、重くて苦しいの」
「は、はい……」
強い口調でセシリアに退くようにいわれてしまい、ポールも即座に立ち上がる。
本当は無理にでもずっとこうしていたかったのだが、セシリアが苦しいとまで言われてしまうと、無理強いは出来ないと悟り、慌てて立ち上がったのであった。
「くす、偉いわ。少しは大人になったのね」
「はうう……大人になるのは嫌ですう……セシリア様とずっとこうしたいんです」
泣きながら、ポールがセシリアになおもしがみ付き、ポールは無茶なことを彼女に言うが、
「いつまでも子供のままじゃいられないの。わかるでしょう、貴方にだって?」
「僕は、セシリア様より、大人になりたくないです。ずっとこうやって抱っこして貰うんだもん」
「あん! もう、全然わかってないのね、あなたは」
わかりたくもない――と言うより、ポールは大人になる事を頑なに拒否し続けていた。
セシリアとの関係が変わる事が何よりも嫌だったからであった
「いずれわかるようになるわ。それまでは、私の使用人として、ちゃんと言うことを聞くのよ」
「はい……」
セシリアの命令にポールも力なく頷く。
だが、未だにそんな気にはならず、セシリアの前では子供のままでいたい気持ちが抜け切る事はなかった。




