第五十二話 晩餐会が終わった夜に令嬢に……
「あら、セシリア、久しぶり。今日は招待してくれてありがとう」
「こちらこそ。お忙しい中、来てくれてありがとうございます」
スピーチを終え、アンジュと共に、招待客に一人ひとり挨拶を交わしていくセシリア。
今日の晩餐会の為に雇ったバイオリンの奏者の優雅な演奏の下、セシリアが主催する晩餐会も佳境を迎えようとしていた。
ポールは相変わらず慌しく料理や酒をテーブルに運んだり、空になったお皿やグラス、食器を下げていき、使用人としての仕事に没頭していた。
(セシリア様、相変わらずキレイだなあ……)
食器を運びながら、招待客と談笑しているセシリアに見惚れてしまうポール。
ドレスを着飾ったセシリアは、何度見ても飽きないくらいに美しく見えてしまい、主の姿を見るだけでも元気が出てしまいそうであった。
「ちょっと、ポール」
「は、はい。何でしょう?」
フローラに呼び止められたポールが食器を手に持ちながら、彼女の元に駆け寄ると、
「それ片付けてからで良いから、新しいワイン持ってきて」
「畏まりました」
ポールは一礼した後、急いで食器を厨房に持って行き、注文されたワインを探して運んでいく。
こんな風に使われるのもすっかり慣れてしまい、ポールも使用人としての自覚が出来ていったのであった。
「お待たせしました」
「ありがとう。注いでくれる?」
「はい」
フローラに注文されたワインを運び、ボトルを開け、彼女が手に持っていたグラスに注いでいく。
セシリアはあまりお酒を飲まない為、ワインを注ぐことには慣れていなかったポールはややぎこちない手つきになってしまい、入れ過ぎてこぼしそうになってしまった。
「手が震えてるわよ。もうちょっとちゃんと持たないと、瓶を落としちゃうわ」
「す、すみません! 今度から気をつけますので」
「わかれば宜しい。ま、私はうるさく言うつもりないけどね。ん……イマイチねえ。あの子、酒はあまり飲まないから、ワインの良し悪しわからないのかしら」
「も、申し訳ありません。なら、別のワインを……」
「そんなの良いから。ほら、ちょっと付き合いなさい」
「え?あのっ!」
ワインの味がお気に召さなかったフローラが不服を述べながら、ポールの手を引っ張り、会場の外に連れ出していく。
「うーー、寒いわね、やっぱり……雪が降りそう」
屋外に出ると、暖房の良く効いた会場とは違い、身を切るような冷え込みが襲い掛かり、フローラも腕を擦りながら、ポールと共に庭を歩く。
「あの、今日は特に冷えるので、やっぱり中に入った方が……」
「良いのよ。酔いを醒ます為に、風に当たりたかったし。ふふん、今日は私の接待をする約束だったでしょう。なら、文句を言わず、付き合いなさいよ」
「は、はい」
セシリアにはフローラの接待を禁じられてはいたが、ポールの何らかの形で、フローラに恩返ししたいとは考えていたので、素直に応じる。
不安だったのは、命令に背いたことにセシリアが怒って、自分を解雇したりしないかという事であったが、何となく大丈夫だろうと楽観的に考えてしまい、
「ここの晩餐会に出るのも久しぶりかも。まあ、セシリアの家にはしょっちゅう来てるから、懐かしさは感じないけど、子供の時以来かなあ」
「はあ……」
月夜を眺めながら、フローラが珍しくしんみりとした口調でそう言い、ポールもいつもとは少し違う雰囲気を出している彼女を見て、胸が高鳴っていく。
(フローラ様も、やっぱり綺麗だなあ……)
改めてフローラの顔を見ると、彼女の美貌に見惚れてしまう。
セシリアに及ばないにしても、従妹ではあるので、フローラの顔立ちも美しく、よく見ると、何処となくセシリアに似た雰囲気もあった。
「つまんないわねえ。ちょっと踊りたいけど、寒いのよねえ。温めてくれない?」
「え? あの、何か温かい飲み物でも持ってきましょうか」
「そんな物いらないわ。もっと手っ取り早い方法があるじゃない」
「はい? うわっ!」
寒がっていたフローラの為に、熱いお茶でも持って来ようとしたポールをフローラは抱き寄せて、彼の顔を胸元に押し付ける。
「ふ、フローラ様……」
「あんたもちょっと大きくなったんじゃない? まあ、育ち盛りなんだから、当然だけど、あんま大きくなりすぎてもつまんない気がするわね。可愛げがどうしてもなくなっちゃうし」
「はう……」
フローラの胸元に顔を埋めさせられ、ポールも顔を真っ赤にして、黙り込む。
最近はセシリアとも、このようなスキンシップをあまりしてなかった気がするので、新鮮な気分になってしまい、冬の冷たい夜風が身を刺す中、ドレスで着飾ったフローラと肌を密着させて、しばらく彼女に抱き枕のようにハグされていったのであった。
「んーーー、筋肉も付いてきた? やっぱり、男だから、力仕事もさせられてるのよねえ。まあ、それはしょうがないけど、あいつに扱き使われてない?」
「つ、使われるのが、使用人の務めなので……」
「あら、上手い事を言うじゃない。でも、それもいつまで続くかしらねえ。ウチに来れば、もっと給料もあげるし、休みだってあげるのにさ」
セシリアに一度は屋敷に追い出されたとは言え、こうして無事に使用人として戻れたポールは、今の生活には全く不満はなく、フローラの元に行く事など、考えてもいなかった。
しかし、どうして、そこまでして、自分が欲しいのかは疑問に思っていたが、あまりその事を深く聞きだすのも失礼な気がしたので、言い出せずにいた。
「ううう、また冷えてきたわね。やっぱり、屋敷に戻ろうかしら」
そんな二人を引き離すかのように、夜風は更に強く吹き、凍えそうになっていたフローラは、ポールを離して、会場に戻ろうとする。
ようやく開放されて、ポールもホッとしていたが、残念な気持ちもあり、もう少しだけ、フローラと話していたい気分になっていた。
「何?」
「いえ! 戻られるのですね?」
「うん。ほら、手を引いて。そろそろ、ダンスパーティーが始まるっぽいし」
「畏まりました」
フローラに手を引かれて、二人が屋敷の中に戻り、
「では、これにて今日の晩餐会は終わりとなります。皆様、お忙しい中、お出でくださってありがとうございました」
主催者のセシリアの挨拶と同時に、招待客から拍手が巻き起こり、晩餐会もお開きになる。
セシリアと別れの挨拶を簡単に交わしながら、招待された貴族達が次々と退出し、外に待機させていた馬車に乗り込んで、家路に付いていった。
「はあ、やっと終わった……」
厨房で食器洗いと片付けを他の使用人達と終えたポールがグッタリしながら、寝室へと向かう。
招待客が何十人もいた為、使った食器だけでも膨大な量であり、それを片付けるのは想像以上のハードワークであった。
「ちょっと、ポール」
「はい。何でしょうか、セシリア様?」
「話があるわ。来て」
寝室に向かう途中、セシリアに呼び止められ、何事かと彼女の後を付いていく。
「あなた、さっき外でフローラと二人でいたでしょう?」
「う……は、はい……」
中から見ていたのか、セシリアが早速、そう訊くと、ポールも素直に頷く。
「何で命令が聞けないの? そんな事じゃ、また追い出すわよ」
「それは……フローラ様は大事な招待客ですし、無碍には出来ないです」
「ふん、使用人としては悪くない答えね。でも、あなたは私の物だって、自覚が足りないわ。泣きついて、また雇ってあげたのに、フローラの接待なんかして」
「すみません……」
どんな理由であれ、セシリアの命令に背いたのは事実なので平謝りするポール。
だが、後悔はなく、フローラに少しでも喜んで貰えたなら、それで本望であった。
「気に入らない態度ね。ポール、私の命令は何があっても絶対よ。わからない?」
「わかります」
「なら、背いたバツとして、二度と……きゃあ!」
セシリアが何か言おうとすると、ポールが彼女の胸元に抱きついて顔を埋める。
「こら、やめなさい!」
「えへへ、セシリア様にこうしたいから、止めません」
「も、もう!」
ポールにまた抱きつかれ、セシリアもすっかり毒気を抜かれてしまう。
本気で怒ってないのを見透かされたのか、ポールはそのまま彼女に抱きつき、しばらくそのままセシリアにくっついていたのであった。




