第三十一話 主以外の女性貴族と一夜を共に
「暗くなっちゃったわねー。てか、ガソリンなくなりそうだし、そろそろ宿でも取ろうかしら」
フローラがポールを乗せて車を走らせている間に、もう辺りが暗くなってしまい、適当な宿を取ろうとする。
舗装されてない道路が多く、車がやたらと揺れる為、ポールも酔ってしまい、顔色が悪くなっていた。
「あら、大丈夫、ポール?」
「うう……も、もう屋敷に帰してください……」
「はいはい。もうちょっと付き合ってねー。たまには、セシリアの事を忘れて、パーっと騒ぐのも悪くはないでしょう?」
「そんな事は……」
全くない――むしろ、セシリアに心配をかけてしまっている事に申し訳なく思っていたし、彼女に会えないのが寂しく思ってすらいたくらいなので、フローラとのドライブは迷惑でしかなかった。
が、それでも好意でやってくれてるのはわかっていたので、無碍にも出来ず、ポールも表立って反抗はしなかったが、流石にこれ以上、付き合うのは無理なので、いい加減、ころあいを見て、脱出しようとしていた。
「ふふ、逃げようと思ってるー? 良いけど、この辺、汽車も通ってないし、セシリアの家まで歩いていったら、どのくらい、時間がかかるかしらねー? 一日じゃ着かないと思うけど」
「はううう……セシリア様に怒られちゃいますう……」
と、涙目でポールは早く帰してくれと、フローラに懇願するが、流石に可哀想になってきたのか、
「はいはい。ま、私もあんまりお痛が過ぎると、お母様に怒られるからね。でも、もう遅いし、今夜は私と泊まりましょう」
「はい……」
既に夜遅くなってしまい、セシリアには悪いが、今夜はもうフローラと一夜を共にするしかなく、フローラも適当に高級そうなホテルを探す。
が、見当たらなかったので、仕方なく安い宿に泊まることになったのであった。
「全く、狭い部屋ね。シャワールームも汚いし、もうちょっと何とかならなかったのかしら。これでも一番高い部屋なんだけどねえ」
フローラがそう文句を言いながら、シャワーを浴び終わり、ローブを羽織って、寝室へと戻る。
ポールからすれば、十分綺麗な部屋だと思ったが、やはり貴族で普段、豪邸に住んでいるフローラにはまだ不満が残る部屋で、食事も満足出来なかったようであったが、ポールは窓から夜空を眺めて、セシリアの事をずっと考えていた。
「まだ、あいつの事、考えているの?」
「はい……セシリア様、今頃、怒っていますよね……」
「怒らせる事をやってるのよ。ねえ、私の使用人にならない? 給料なら、今の倍出してあげるし、希望すれば学校にも通わせるわよ」
「それは……申し訳ありませんが、僕はセシリア様にお仕えしたいので……」
「むうう……すっかり、あの女に篭絡されてるのね。ちょっと悔しい」
ポールにまたも自分の所に来ないかと誘ってきたフローラであったが、どれだけお金を積まれても、今の彼はセシリア以外の人に仕える気など起きず、たとえ、タダ働きでも、セシリアの下で働く事しか考えられなかったのであった。
「くくく、まあ、まだ諦める気はないけどね。ほら、ポールも早く寝ましょう。明日は、朝、早くに出るわよ。ガソリンなくなりそうだから、給油しないといけないし」
「はあ……あの、一緒に部屋で寝るんですか?」
「うん。悪い?」
と、さも当然の如くフローラが言ってきたが、流石に若い未婚の女性と同じ部屋に寝るのは、ポールも緊張してしまい、安くても良いから、別の部屋を手配してくれるよう、頼もうとしたが、
「えいっ!」
「うわっ!」
急にフローラがポールに抱きつき、強引にベッドに押し倒される。
「ふふ、今日は一緒に寝ましょうねー♪」
「はうう……」
フローラに抱きつかれながら、ポールは彼女と同じベッドに寝かされる事になり、フローラの肌を直に感じて、顔を真っ赤にする。
「ふふ、いつもあいつと寝てるんだ」
「い、いつもじゃないですけど……セシリア様に抱っこしてもらって、よく寝てるんです」
「抱っこって、赤ちゃんみたいじゃない」
「は、はあ……でも、良いんです。セシリア様と一緒に寝てると、とても心が安らぐと言うか、母と一緒に寝てるみたいで……」
「ん? 一緒に寝てるってもしかして……」
と、小柄で幼い男児を抱きながら、フローラがポールの話を聞くと、ようやくポールとセシリアの関係に気付き始める。
一緒に寝てると聞いて、既に肉体関係を結んでいると思ったが、どうやら本当にただ一緒に寝てるだけで、今の話を聞く限り、ポールはセシリアを女性として意識しているのではなく、母の様な目で見ているのではと。
「ぷっ! アハハハ! 何だ、ポールってやっぱり子どもだったのね」
「? はあ……」
ポールを自分の胸に埋めながら、フローラは大笑いし、ポールも首を傾げる。
実際に子供なので、何で笑ってるのかと思っていたが、フローラは頭をなでながら、
「まあ、良いわ。あいつにまだ遅れはとってないって事がわかって。今日はお休みなさい、ポール。私をセシリアの代わりだと思ってくれても良いから。ちゅっ」
「っ!」
と、頬にキスした後、フローラもポールを抱き枕にしたまま、眠りにつく。
従姉妹同士だからか、フローラの肌の温もりもセシリアに良く似ている気がしたので、ポールも彼女にあっさりと身をゆだねて眠りについたのであった。
翌朝――
「はーい、セシリア」
「てめえ……」
朝になり、給油を終えたフローラが涼しい顔をして、セシリアの屋敷にポールを送り届けると、セシリアは般若のような顔をして、二人を出迎える。
「そんなに怒らないでよ。ちゃんと帰したでしょう」
「ウチの使用人を勝手に連れて行くなんて犯罪も良い所なんだけど」
「警察に言うなら言えば。殺しをやったとかならともかく、この程度で私を逮捕出来やしないんだからね」
貴族の特権を悪びれる事もなく悪用しようとするフローラを睨みつけていた、セシリアであったが、ポールはそんな主の下に恐る恐る近づき、
「ご、ごめんなさい、セシリア様……」
「ああ、ポール、可哀想に。お仕置きは後でするけど、今は無事でよかったわ」
泣きそうな顔をしてやってきた幼い使用人をセシリアは優しく抱きとめ、ポールも彼女に抱きついて一日ぶりの再会を噛み締める。
「くす、楽しかったわ、ポールとのドライブ。昨日はホテルで一緒に寝たしね」
「なあっ!? い、一緒にってまさか……」
「そのまんまの意味よ。同じベッドで寝たの。悪い?」
「本当なの、ポールっ?」
「は、はい」
「な……そんな……」
と、あっさり頷いたポールを見て、セシリアも一気に崩れ落ちる。
「じゃあねー、また今度」
そんなセシリアを見て満足したのか、フローラはさっさと自動車に乗り込み、屋敷を後にする。
文字通り、単に一緒に寝ただけであったが、セシリアは違う意味で解釈してしまい、今まで味わった事のないどん底に叩き落され、そんな主をポールは幼子のような目でキョトンと見上げていたのであった。




