第三十二話 使用人の反抗にショックを受ける令嬢様
「うう……も、申し訳ありませんでした」
屋敷に戻った後、ポールは涙目になりながら、セシリアに頭を何度も下げる。
フローラに無理矢理、ドライブさせられたとは言え、自分が慕う主に心配をかけてしまった事に酷く後悔しており、鬼のような形相で見下ろしていたセシリアに泣きながら、謝っていたのであった。
「顔を上げなさい、ポール」
「は、はい」
「ふう……あなた、本当に迂闊ね。どうしたら、私の手元から離れなくなるのかしら」
「す、すみません……」
溜息を付いて、セシリアが諦めの口調でそう言うと、ポールもまた頭を下げる。
果たして許してくれるのかと、恐る恐る見上げると、
「来なさい」
「え? あ……」
セシリアが両手を広げると、座っていたポールをぎゅっと抱き締める。
「全く、心配かけて……使用人、失格よそれじゃ」
「セシリア様……」
彼女の胸に顔を埋めながら、ポールは主の肌の温もりを直に感じ、セシリアに身を委ねていく。
セシリアと離れていたのはたったの一日だったが、それでも何年も離れていたかのように、彼女がとても懐かしくて愛おしく感じてしまい、泣きじゃくりながら、母に抱かれる幼子の様な気分になってセシリアに抱かれて泣いていた。
「えぐ、ごめんなさい」
「こら、赤ちゃんじゃないんだから。全く、昨夜はあいつと一緒に寝たの?」
「あ、はい」
「うぐっ! あ、あっさりと……」
まさか、本当に寝ているとは思わず、セシリアも歯軋りしていたが、ポールの様子を見ると、恐らくただ寝ていただけであろうと、セシリアも察したが、確認するのが怖かった。
(まさか、あの馬鹿、ポールに本当に手を出したりは……)
フローラの事は全く信用してなかったが、まさか、十代前半の少年と関係を結ぶような度胸もないだろうと思い、疑心暗鬼に苛まされていた。
しかし、フローラに問い詰めても、『一緒に寝た』とだけ答えて、はぐらかされるのがオチなので、ポールにそれとなく聞く事にした。
「ねえ、ポール。フローラと昨日は何をしていたのか、教えて」
「一緒に車に乗って、あちこちドライブしました」
「それだけ?」
「あ、はい。自動車って便利ですね。ちょっと揺れて、気分が悪くなりましたけど、馬車より速いです」
「そうね。私もちゃんと運転出来るようにしたいわ。ポールももう少し大きくなったら、免許を取って、私を送迎出来るようになさい」
「はい」
と、素直に応じ、大きくなって、自分が車を運転して、セシリアを色々な場所に連れて行く自分を想像していく。
ポールも男の子だったので、車への憧れも漫然とあり、いつかはセシリアの運転手になりたいとすら思っていた。
「くす、よろしい。昨夜は宿に寝泊りしたのよね?」
「フローラ様が取ってくれたんです。一番高い部屋でしたけど、フローラ様は狭いとか言って不満でした」
「そりゃ、あの辺、リゾート地じゃないから、良いホテルはないでしょうね」
ポールが連れてかれた地域は、観光地でもない田舎だった為、旅行者用の宿も少なく、貴族や金持ちが泊まるような高級ホテルもなかったので、あれが精一杯だったのだが、ポールは食事も美味しかったし、不満はなかった。
「ねえ、ポール。あいつと一緒に寝て、何をしたの?」
「? セシリア様と同じ様に抱っこして貰いました」
「抱っこねえ……」
相変わらず、幼児みたいな言葉遣いをするポールに呆れたが、やはりフローラとただ同じベッドに寝ただけと確信し、ホッと一息つく。
しかし、まだ安心は出来ず、これ以上、ポールをフローラに近づけないようにしたかったが、中々、思うようにいかなかった。
「また来週、晩餐会に誘われてるのよね。フローラも来るみたいだし、どうしましょう」
貴族の社交の場でもある晩餐会に招待されたら、基本的に出席しないといけないので、いかにフローラが嫌でもセシリアは欠席することは、貴族のプライドが許さなかった。
しかし、ポールを連れて行くことは悩んでおり、かと言って置いていったら、その隙にフローラに連れ出されてしまう恐れもあり、悩みに悩んでいた。
「僕、お留守番しますよ」
「駄目よ。あなたも、ああいう場に慣れないと。まあ、考えておくわ。あいつと会っても絶対に付いて行っちゃ駄目。わかった」
「…………」
「返事はっ!?」
「あ、あの……ぼく、やっぱりフローラ様とも仲良くしたいんです。悪い人ではないと思いますし、セシリア様ももっと仲良くしたほうが良いかと……」
「なっ……ほ、本気で言ってるの、ポールっ!?」
「はい」
思いもよらぬ事をポールに言われ、セシリアもしばし絶句する。
まさかの使用人の反抗に驚いたが、それ以上にフローラの事が好きになったのかと、セシリアも狼狽していた。
「ま、まさかあいつの事、好きなの?」
「好きですよ」
「うそ……」
あっさりと口にし、セシリアも頭が真っ白になる。
もちろん、異性として好きな訳ではなく、彼女の性格が好きという意味であったが、それでもポールがフローラに好意を持ってる事がショックで、崩れ落ちそうになっていた。
「えっとですから、セシリア様も……」
「ポール」
「はい?」
「今日はご飯抜きよ!」
「ええっ!!」
「問答無用! しばらく部屋から出る事を禁じるわ! 良いわね!」
と、語気を荒げてセシリアが宣告し、ポールをしばらく監禁する。
ポールはフローラと仲良くして欲しいと心配して言っていたのだが、セシリアはショックと怒りが収まらなかったのであった。




