ハッピーエンド
「誰? あなた達? 麦達はどこに行ったの!?」
詩衣はいきなり現れたこの得体の知れない三人の男達に警戒して距離を取る。
「ドロシーさん?」
「バカ女?」
「ドロシー?」
その詩衣の声に反応して彼女の名を男達が呼ぶ。
「ま、まさか……!?」
その三人三様の聞き慣れた彼女の呼び方に詩衣がハッと何かに気づく。
「そう! この人逹があなたが知っている麦、白銀、太陽の本当の姿よ! あなたのキスで魔法が解けたのよ!」
「本当にあなた達が麦に白銀に太陽なの……? ……きゃあ! 裸!」
詩衣はルルの言葉を確かめるために彼らに一歩近づいたが、すぐに悲鳴をあげて顔をバッ! と両手で覆う。
いつの間にか薄まっていた煙で全身が見え始めた彼らはなんと……一糸纏わない生まれたままの姿をしていたのだ。
「あらら。ごめんなさい。そういえば、服を着てなかったわね。そうだ! どうせなら服も場所もちゃんとしたものにしましょうか! グリンダ!」
「はい!」
ルルがそう閃いたように言いグリンダの名を呼ぶと、グリンダは指をパチリと打ち鳴らした。
すると、詩衣の体を過去に何度か体験したあの浮遊感が襲う
。
「わわっ! いきなり何? あ、あれ? ここは……エメラルドの都のお城じゃない!?」
詩衣が辺りを見渡すとそこはエメラルドの都で一度訪れたことのあるあの王の住む城だった。
今まで入ったことのないとても広い部屋だったが、相変わらずあちらこちらでギラギラと輝いているエメラルドを見る限り間違いないだろう。
どうやらグリンダの魔法で詩衣達は西の国から移動してきたらしい。
それに伴い「本当だ。すっぽんぽんですね~」「ふん。見るな。お前はやっぱり痴女だな」「う、うわっ! 恥ずかしい!」とこれまた個性のある反応を示していた三人の男性達も、それぞれ裸からグレー、黒、白の上品な燕尾服に早変わりしていた。
「ふぅ。これでやっと直視できるわ。リナリアが言った通り、みんな本当に人間だったのね……」
詩衣はやっと正面から見ることができた仲間達を見てしみじみと言う。
今こうして現実に目の当たりにしてもまだ彼らが麦達だとは信じられない気持ちだ。
それもそうだろう。
だって、ずっとかかしやブリキやライオンだと思っていた仲間達が実は人間だったのだ。
なかなか信じることができないのも無理はない。
「いやぁ~。私もびっくりです。体が急に重くなって上手く歩けませんよ。わわっ!」
そう何もないところで転びそうになっている詩衣よりも少し背の低い小柄な男性はきっと麦。
かかしの時と同じくいつも笑顔をたたえた穏やかな雰囲気をしている。
「そんなにまじまじと見るな。もともとまぬけ面が余計まぬけな顔になっているぞ」
そうわざと皮肉げな口調で話す詩衣より頭二つぶんぐらい背の高いすらりとした男性はきっと白銀。
ブリキの時と同じく冷たそうな様子の中に不器用な優しさをちらりとのぞかせている。
「はは。何か服を着たのにまだ恥ずかしいな」
そう恥ずかしそうに頬をかく詩衣より背が少しだけ高い青年はきっと太陽。
ライオンの時と同じく気弱そうだが芯には強いものを持っているように見える。
どうやらこの詩衣の目の前の三人の男性達が麦と白銀と太陽で間違いないようだ。
「まだ何か夢を見ているみたいだけど……でも、あれだけあったキズが全部なくなっていて良かったわ。これでみんな元ど……いや。トトがいないわ。私を守ろうとしたせいであんな目に……」
詩衣は三人のケガが全快していることに喜んだが、すぐにトトがいないことに気づき表情を暗くする。
トトは麦達のように魔法で姿を変えられていたわけではない。
リナリアに作られた命なのだ。
三人と同じように魔法が解けたからといって蘇る存在ではない。
「トト……」
「大丈夫」
胸にポケットから取り出したトトの欠片を抱き締めて涙ぐむ詩衣にルルが言う。
「さっき役に立たなかったぶん今度こそ私達の出番よ。普通なら一度失った命を生き返らせることはできないけど、その子は魔法で生まれた子。私達で生き返らせてあげることができるわ。いくわよ! グリンダ!」
「はい!」
ルルとグリンダは同時に指をパチリ! と鳴らした。
「わわっ!」
その途端、詩衣のハンカチの中からもくもくと沸き起こる白い煙。
同時に詩衣の腕の中になぜかぽかぽかと心地よい温もりが広がる。
「わん! わん!」
「トト……!」
詩衣はその温もりの正体に驚きの声をあげた。
詩衣の腕の中にはつぶらな小さな目をきらきらと輝かせて彼女を見上げるトトの姿があったのだ。
リナリアの魔法の影響がなくなったせいか毛の色が黒から白に変わっていたが、間違いなくトトである。
「トト! あなた本当にトトなの! 良かったわ! もう会えないかと思った! 黒じゃなくて白わんこになっちゃったけどこっちも似合っているわ!」
詩衣は二度と会えないと思っていたトトとの再会に喜びのあまり彼をぎゅつぎゅつと力強く抱き締めた。
トトもうれしそうに短いしっぽをぶんぶんと左右に振りつつ、詩衣の顔をべろべろと勢いよくなめ回している。
「わん!」
「ひゃつ!」
しまいにはトトはペロリと詩衣の唇をなめた。
「やられましたね~」
「ちっ!」
「ず、ずるいよ! トト!」
「わん! わん!」
勢いあまってのように感じられるがそのわりには悔しそうな三人を見るトトの顔はどこか自慢気である。
「あらら! やるわね! みんながキスして自分だけしていなかったのが悔しかったのかしら? まぁ、それは置いといてみんな揃ったところで改めて紹介するわ。彼らが麦、白銀、太陽の本当の姿。それぞれがこの国の大臣、元帥、そして、王を務めているわ」
ルルが麦達を指さし詩衣に紹介する。
「太陽は本当に王様だったのね! てか、麦と白銀も大臣に元帥って……いなくなった大臣と元帥はあなた達だったのね!」
大臣と元帥といえば、あの西の魔女と戦っているところを最後に姿を消したという噂の人物達だ。
どうやら戦で命を落としたわけではなく、ルルとグリンダによってそれぞれかかしとブリキに魔法で姿を変えられていたらしい。
どうりで見つからないわけである。
「そう。彼らは噂のあの悪魔のようにかしこ~い大臣さんと、鬼神のようにつよ~い元帥さんよ。この国を動かすために必要な人達だから、エメラルドの都が侵略されていると気づいた時に西の魔女から逃がすため、彼らだけは何とか王と一緒に私とグリンダが魔法で変身させて隠したの。本当は安全な北の国か南の国が良かったんだけどね。それでは西の魔女にバレてしまうと思ったから、少し危険だけど西の国よりはマシな東の国にね。敵の目を欺くには頭を使わないと」
ルルはドヤ顔全開で自分の頭をつんつんとつつく。
「だからって何もブリキ、ライオンはまだわかっても、かかしなんかにしなくても……」
詩衣はいくらリナリアの目を誤魔化すためとはいえとんでもないものに変身させたルルを咎めるように突っ込んだ。
「しょうがないじゃない。変身はランダム。それぞれの特性で変身させたものなんだから、私のせいじゃないわ」
詩衣の批難にルルがどこ吹く風で平然と言う。
「だからって……」
「ドロシー」
そこでルルは更に言い募ろうとしていた詩衣を遮り、急に真面目な顔をした。
「本当に本当にありがとう。あなたのおかげでこのオズの国は救われたわ」
「な、何よ! そんな改まって! 私は別に何もしてないわ!」
いつもどちらかと言うとふざけ気味なルルにいきなりそんな殊勝な態度で言われると詩衣の調子の方が狂ってしまう。詩衣は慌てて顔の目の前で手をぶんぶんと横に振った。
「本当はごめんなさいって言うべきなのかしら? だって、私はあなたを利用したのだもの」
「利用?」
詩衣はルルの口から急に出た剣呑な言葉に顔をしかめる。
「……あなたが東の魔女を倒したって知らせをマンチキン達から受けた時、これは使えるって思ったわ。もちろんこの国にあなたが来たのは偶然よ。私が呼んだんじゃないわ。でも、あなたがこの国に来てくれたのは天の助けだと思った。だって、違う世界から来たあなたなら魔女の掟にとらわれることなく、西の魔女を倒すことができるわ。だから、あそこがもう西の魔女に支配された危険な場所になっていると知っていたのにエメラルドの都に行けばあなたのやりたいことが見つかるって嘘をついて、あなたに変身させた王達がいるエメラルドの都までの道のりを旅させたの。あなたは私の望み通りに動いてくれたわ。王達と合流し、エメラルドの都まで無事辿り着いてくれた。そこからはグリンダと連絡をとり、今度は西の国へと移動してもらったわ。あなたは私とグリンダの期待以上の働きをみせて、西の魔女をしっかりと倒してくれたわ。結果としては最高のハッピーエンドよ。私の望んだ以上のものになったわ。……でも、私があなたを騙したのは変わりない。本当にありがとう。そして、ごめんなさい」
そう言うと、ルルは詩衣に向かって深々と頭を下げる。
「……別に感謝も謝罪もいらないわ。だって、ルルは私ならできると思ってくれたのよね? 私もわかったのは最近だけど、それってとてもありがたいことなんだって今は思えるわ。それに、あなたにとって最高のハッピーエンドを迎えたんでしょ? なら、そんな暗い顔してないで笑わなきゃ。幸せな結末に笑顔は欠かせないでしょ?」
詩衣が笑顔でそう言うと、ルルは一瞬口をポカンと開け呆けた顔をした。しかし、すぐににこりとまるで満開に咲いた花のように笑う。
「……ふふ! そうね! ハッピーエンドなら笑わなきゃね! そうだ! ダンスパーティーなんてどう? せっかくダンスホールにいるんだし、平和になったお祝いに踊りましょうよ!」
ルルが名案を思いついたとばかりに両手を合わせる。
「いいですわね。そうとなればこの場を飾りつけなければ」
グリンダが指を打ち鳴らすと今まで薄暗かった部屋に明かりが灯った。
どうやらこの広い部屋は社交界用のダンスホールらしい。
「おめかしもしないとね」
ルルが指を打ち鳴らすと詩衣のぼろぼろになっていた服は、一瞬で真っ白なドレスへと変わる。
同時にあれだけあったケガもすっかり治っており、髪もきれいにセットされていた。
「うそっ! これが本当に私……? まるで別人みたい……。やっぱり魔法ってすごいのね」
「どうよ!」とルルに差し出された手鏡に映る詩衣の姿は、ふんわりとウェーブを効かせた彼女の癖っ毛が生かされた髪型にされており、今まで重たい三つ編みをしていた時とは別人に見える。
「魔法の力じゃないわ。私はただ服装と髪型を整えただけよ。違って見えるのはそれはあなた本来の美しさ。せっかくかわいい顔してるんだもの。もっと自信を持って」
「……ありがとう。あっ……! 靴もちゃんとあの魔法の靴だわ! どうしたの? リナリアに魔法でどこかに隠されたはずだったのに!」
ルルの率直な褒め言葉に顔を赤くしていた詩衣はふと驚きの声をあげる。
さっきまで裸足だった彼女の両足を包むのはリナリアとの戦いで失ったはずのあの真っ赤な魔法の靴だったのだ。
「私達が西の国に潜入し、ドロシー様のところに行く道すがらに見つけたのです。……あんなにわかりやすいところに隠しておくなんてもしかしたらリナリアは誰かに見つけてほしかったのかもしれません」
グリンダはそう言うと少しだけ寂しそうな顔をする。
「グリンダさん……。とにかく戻ってきて良かったわ。あなたも私達とずっと旅してきた仲間だものね」
「私もうれしい」と言うように詩衣の声に応じて靴の光沢がピカリ! と増した。




