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オズと私と4つのキスの魔法  作者: 夏田すいか
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あたたかい涙

「はぁ! はぁ! やっと捕まえた……!」

 ついにはリナリアのもとまで到着した。

彼女を目の前にした詩衣は、後ずさるリナリアの両手を強引に掴む。


「いやっ! はなせ! はなして! きゃつ!」


 指先を動かすことができなくなり魔法を封じられたリナリアは、暴れるあまりつまずき倒れたが、詩衣は手をはなさなかった。


「あなたはバカよ! 大バカよ! たくさんの人を苦しめて! 私の大切な仲間まで傷つけた!」


 詩衣は倒れるリナリアの上に馬乗りになったまま叫ぶ。


「どんな生き物の命も誰も代わりができない世界でたった一つの大切なものよ! 一人がいなくなればそれだけ悲しむ人が出てくるわ! あなたはそんなたくさんの人を不幸に陥れる行為をしたのよ!」

「誰が悲しもうが、そんなこと私には関係ないわ! そ、それより早くどいてよ!」


 リナリアがもがくが、詩衣は彼女の上に乗ったまま話を続けた。


「……私もちょっと前まではそんな単純であたりまえなことが全然わかっていなかった。自分の命だもの。自分の好きにしていいって残された人達の気持ちを何も考えずにビルから飛び降りたわ。でも……人の命ってそんな簡単なものではないの! 私はそれをみんなに『特別』だって言ってもらって初めて知ったわ! こんな私も誰かのたった一人の人になれるのだもの! 他の人達にもきっとその人を大切に思う人達がいる! あなたの行為はそんな人達をも傷つける行為だったんだわ! っ……!」


 詩衣の目からぽろりと大粒の涙がこぼれた。

一度流れ出すと後から後から次々とぽろぽろ涙が流れていく。


「なぜ……泣く……の……?」


 自分の顔にも降り注ぐ涙の感触に、リナリアが目を見開いた。


「あ、あなたがバカだか……ら……! 私とあなたは似ているわ。私は自分を、あなたは他人を蔑ろにした。対象は違っても原因と結果は同じ。ねぇ? あなた自分のこと一人だって思っているでしょう?」

「そ、それが何よ! 一人で生きることの何が悪い! 誰かに頼って生きるのなんてそんなの弱い人間のすることだわ!」

「やっぱり。だから、たくさんの人が関わっている命の重さもわからなくなるんだわ。私も自分は一人だって、誰も私のことをわかってくれる人なんていないだってずっと思ってた。一人でも大丈夫って言い聞かせていたけれど……やっぱりいつも寂しくて悲しくてしょうがなかった。わ、私だけを見てほしくて、だ、誰かに隣にいてほしかった……! あ、あなたも……あなたもそうだったのでしょう……?」


 一人ぼっちの心細さを誰よりも知っている詩衣はリナリアの孤独と自分の孤独を重ね、涙が流れるままに泣いた。

リナリアの体温の低い手を詩衣は拘束のために掴むのではなく、守るように優しく握りしめる。


「……ふん。そろそろ潮時みたいね」


 詩衣の温かい体温と降り注ぐ涙を感じながらリナリアがそう呟いた。

途端に彼女の体からパッ! と目映い光が放たれる。


「きゃあ! 何? この光!?」


 詩衣は強い光に思わず目をつぶり、反射的にリナリアの上から体をどけた。


「……えっ! 何で透けているの!?」


 詩衣がそう叫んだ。


 ――光が消えた後、詩衣が恐る恐る目を開けると、そこには体を床に横たえたまま、ぼんやりと半透明に透けさせているリナリアの姿があった。

リナリアが自分の透けている手を見つめたまま、静かに言う。


「……私は悪魔と契約を交わした者。ほら。この失った左目が証拠よ」


 そう言うとリナリアは弱々しい手つきで自分の前髪をかきあげた。


「ひっ……!」


 詩衣は悲鳴をあげる。

前髪で隠れていた本来右目と同じ青い瞳があるべき場所にはぽっかりと暗い穴が空いていたのだ。


「私は魂と引き換えにどの魔女達よりも強い魔力と生死を越えた無敵の体を手に入れた。……けれど、どんな物事にも完璧がないように、この魔法にも弱点があってね。私の場合は……『涙』。それも他者が私のために流す涙。これで私と悪魔の契約は解除され、魂の無きこの体は無へと帰る」

「そんな……!」


 詩衣はリナリアの言葉が意味することを悟って口を押さえた。


「ふん。まさか私のために涙を流す者がいるとはね……。でも、いい気分だわ。このまま消えるのも悪くないかもしれないわね……」

「そんなの許さないわよ!」


 詩衣は彼女に駆け寄ると、力なく横たわったままのリナリアの体を揺さぶる。


「あれだけたくさんの人を傷つけておきながら自分だけ逃げるつもり! っ……! そんなの絶対に許さないわ!」


 そうリナリアを睨みつける詩衣の目からは、またぼろぼろと涙が流れ落ちてきた。


「ふふっ。そんなに泣かないで。あなたが泣けば泣くほど私の崩壊は更に早まるわ」


 リナリアは笑いながら詩衣の頬を伝う水滴をぬぐう。

――彼女に触れるその手にはすでに先ほど詩衣を持ち上げた時の力はなく、赤子のようなか弱さしか感じなかった。


「私ね。姉がいるの。私より美しくて、優しくて、魔法も何もかもできる姉が。私が闇ならあの人は光。みんなあの人に引き寄せられる。あの人に負けたくなくて、私を見てほしくて、がむしゃらにやっていたらこんなところまで来てしまったわ……」

「あなたはバカよ! お姉さんに魔法で敵わない? なら、別の道を探せばいい! 絶対にお姉さんよりあなたの方が得意なものが一つはあるはずよ!」

「別の道か……。あの人を抜かすことだけを考えて、私はそのことしか考えられなくなっていた。あなたにもっと早く会いたかったわ……」


 そう話している間にもリナリアの声は弱く、体は薄くなっていく。


「待って……! いかな……」


 詩衣はリナリアを引き留めるよう彼女の体を抱き締めたが……


「お姉ちゃん……私もお姉ちゃんみたいに誰かにとって大切な人になりたかった……」


 透き通った一粒の涙と共にそう呟くと、リナリアは元から存在しなかったようにパッと詩衣の腕の中からいなくなった。


「リナリアっ……! ……やっぱり私はあなたのこと許せないわ」


 詩衣はリナリアがいなくなった場所を見つめたままぽつりと呟く。


「さ、最後まで私をこんなに悲しませるのだもの……! わ、私ももっと早くあなたに会いたかった……」


 「私もよ」と言うように詩衣の側で何かが一度煌めいた気がした。

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