胸に宿る光
「はっ! 元の花畑です!」
「あれだけあった水が消えた……。魔法が解けたのか!」
その頬っぺたを叩かれた振動で二人にかけられた魔法の効果が切れる。
「誰!? 私達の邪魔をするのは!」
「私よ!」
そう花畑の中から現れたのは顔を布で覆った詩衣だった。
「わん! わん!」
自分もいるよと主張するように花に隠れて麦達の視界に映らないトトも吠える。
「ドロシーさんとトトさん!?」
「バカ女! 犬! どうしてここに?」
花畑の外に残してきたはずの詩衣とトトの突然の登場に麦と白銀は驚きの声をあげる。
「何か嫌な予感がしてあなた達が出発してからしばらくして、トトに案内してもらいながら後を追ったのよ。花より低い場所なら花粉の効果が届かないんでしょ? 身を小さく屈めながらここまで来たの。花の背が低い場所は大変だったわ。レスキュー隊の訓練みたいに匍匐前進しちゃった。でも、その努力も無駄じゃなかったみたいね。なかなかいい仕事したでしょ?」
そう胸を張る詩衣の全身は泥まみれだった。
葉などで切ったのだろう。
腕や足の至るところに細かい切り傷までできている。
「おあいにく様! そんなばっちくなってまで花の花粉を防いでも無駄よ! 無駄!」
「花粉が効かなくったって私達には魔法があるわ! 一度解かれたってもう一度かければいいだけだもの!」
「さぁ? あなたはどんな悪夢を見るのかしら!」
そんな彼女を鼻で笑うと妖精達は、今度詩衣に向かって一斉に襲いかかってきた。
「きゃあ!」
「ドロシーさん!」
「バカ女!」
悲鳴をあげる詩衣に麦と白銀が駆け寄ったがしかし……
「いやぁ! お化けはやめて! 虫もいや! 特にゴキブリなんて考えるだけで……って、あれ? 何も変な物が見えない……。私、平気だわ!」
詩衣はそうきょとんとした顔で周りの風景を見渡した。
どうやら詩衣には妖精達の魔法による幻が見えていないらしい。
「私達の魔法が効かないって言うの!?」
「そんなの嘘だわ!」
「もう一度!」
妖精達は再度ぐるぐると詩衣の周囲を飛び回る。
「あれ? やっぱり何ともない。何もおかしい物は見えないわ」
そう。いくら妖精達が詩衣に魔法をかけようとしても詩衣には一向に黒光りするあの悪魔の一匹さえも見えてこなかった。
「な、何で私達の幻覚が効かないの? 鈍いにしても程があるわ! ……はっ! その額の輝く跡は北の魔女のキスの跡!」
詩衣に自分達の魔法がかからないことに動揺していた妖精達の一人が、詩衣の額でキラキラと光るルルのキスの跡に気づく。
「そうか! 北の魔女の加護のせいで私達の魔法が効かないのね!」
「えっ? ルルの加護? このキスの跡が私をあなた達の魔法から守ってくれていると言うこと……? とにかく! 花の花粉もだめ、魔法も効かないじゃあなた達にもう打つ手はないでしょう! おとなしく私達をこの花畑から出して!」
形勢が逆転したことを確信した詩衣がそう妖精達に要求する。
「くっ……! な、何よ! あんたなんかただのかまってちゃんのくせに偉そうに! 聞いたわよ! あなた優秀なお姉さんがいるらしいじゃない? かっこわる~いことにそんな何事でも自分より勝ったお姉さんと比べられるのが嫌で自殺しようとしたんでしょ?」
「そこのかかしとブリキの二人ももしあなたと噂のお姉さんが一緒にこの世界に来たらお姉さんの方を好きになるんじゃないのかしら? だって、全てにおいて普通で冴えないぼさぼさ髪のあなたと違ってそのお姉さんは見た目も中身も完璧なんでしょ?」
「あのライオンはあなたのことを『特別』なんて言ってだけど、きっと口だけよ。だって、実際に並べたらより優れた人の方を選ぶに決まっているもの」
「っ……!」
どうやら妖精達は詩衣と太陽の会話を盗み聞きしていたらしい。
心の弱いところをつかれた詩衣は胸に走る激痛に顔を歪めた。
『もし私とお姉ちゃんが一緒にこの世界に来たらみんなお姉ちゃんを選ぶ』
――それは妖精達に言われる前から詩衣もずっと思っていたことだ。
確かに太陽に特別と言ってもらえたことで、詩衣は自分も誰かに必要とされていること、この世界で生きていていいことを認めることができた。
しかし、太陽にあれだけ言ってもらってもちらつくのは姉の存在……。
自分より何事も優れた姉と出会ったら、文明国の人々のように太陽達でさえも詩衣と姉を比べ、最終的には――やはり姉を選ぶのだろうと詩衣は心の片隅で思っていた。
「はん! お前達はバカか?」
しかし、白銀は妖精達を鼻で笑った。
まるでそんな詩衣の不安さえも一蹴するようにはっきりと。
「こんな仲間を助けるためとはいえ、顔に泥をつけながら地面這うことまでする大バカ野郎が他にいると思うのか? それにこいつはただの小娘なんかじゃないんだぞ。何せこの俺にたてをついたんだからな。白銀にも心があるとか何とかぬかしやがって俺に涙を教えやがった。そんな生意気な奴が普通だと思うのか? 本当にそう思うならお前達はこいつ以上のバカだな。救いがない」
「そうですよ。ドロシーさんは私に本当の頭の良さを教えてくれた特別な人です。自分の知識を誰かの笑顔のために使える者が本当の賢い者だと教えてくれたのです。私はドロシーさんが自分の中から搾りだし、本心で言ってくれた言葉だからこそ納得し、感動したのです。同じ言葉を一字一句間違えずに言ったとしても他の人では意味がありません。それがたとえドロシーさんのお姉さんとはいえ、ドロシーさんの代わりは務まりませんよ」
「わん! わん!」
花に埋もれているトトも「ぼくも同意!」というように吠える。
「白銀……。麦……。トト……」
詩衣はかすれた声で白銀達の名を呼んだ。
三人は誰でもないこんな平凡な詩衣でも、いや、詩衣だからこそ特別と言ってくれた。
実際に姉と出会ったら彼らがどういう選択をするかはその時にならないと誰にもわからない。
でも、今まで自分のことを誰にも選ばれない姉のおまけとしか考えていなかった詩衣には、詩衣を詩衣として見てくれ、その上で詩衣を選んでくれるという彼らの言葉がうれしく――心の底から信じたいと思った。
詩衣の胸の中に今までにない力強い何かが生まれる。




