妖精達との戦い
「お願い! 私もつれて行って!」
何とか日が傾く前にネズミ達に結んだ全てのひもを荷車に結びつけることに成功し、いざ死の花畑へと出陣しようとしていた一行に詩衣がそう頭を下げた。
「無理だと言っているだろう? バカ女。お前はあの花畑でどんな目にあったのかもう忘れたのか? お荷物になるとわかっている奴を誰がわざわざつれていくものか」
詩衣の願いをそう白銀は冷たく断る。
そう。詩衣はこの太陽救助隊のメンバーから外されたのだ。
理由は簡単。
詩衣がまたあの死の花の餌食となり、眠ってしまうことを恐れてのことだ。
それはどこにも非の打ち所のない正論だったのだがしかし、詩衣は納得することができなかった。
「だって! 私のせいで太陽はあの恐ろしい花畑に一人でいるのよ? 私だけのうのうと安全な場所で待っているわけにはいかないわ! ねぇ? 麦。いいでしょう?」
詩衣は今度すがるような目で麦を見る。
「残念ながら、今回ばかりはドロシーさんの味方をすることはできません」
しかし、麦はそう悲しげに首を横に振った。
「麦! 何で……! 前回は死の花畑のことを知らないで、何の対策もしないで行ったから眠っちゃうことになったけど、あの花畑が危険な場所だって知った今なら大丈夫よ! 最初から布で鼻と口を覆っておいてなるべく花粉を吸わないようにしておけば、前と同じ結果にはならないわ! それに生身じゃないあなた達ならまだしも、ネズミさん達も一緒に行くんでしょ? ネズミさん達が行けるなら私も行けるはずよ!」
「確かにネズミさん達には一緒に来てもらいます。でも、ドロシーさんはだめです」
詩衣はそう更に食い下がったが、それでも麦は首を縦には振らない。
「何で! ネズミさん達が大丈夫なら私も大丈夫に決まっているじゃない! 私とネズミさん達の何が違うと言うの?」
「それは……背の高さです。先ほど死の花の花粉で眠ってしまったのは太陽さんとドロシーさん――トトさんは眠っていません。なぜ体が一番大きく、花粉の効果が効きづらいはずの太陽さんが眠りについているのに、体の一番小さいトトさんはあくび一つさえしていなかったのか。私はあの花の花粉は大変揮発性の高い物質で構成されていると考えます。つまり、花と同じ背丈、またはより背の高い人にしか効果が出ないのです。だから、花とほぼ同じ身長の太陽さんと花より背の高いドロシーさんは眠ってしまいましたが、花より背の低いトトさんは花粉の魔の手から免れることができたのです。したがって、この小さなネズミさん達は太陽さんを助けに行くためにうってつけの存在というわけです」
「…………」
麦の名前の言い間違いさえない完璧な説明に詩衣はこれ以上何も言うことができずに口をつぐんだ。
「そんな心配そうな顔をしないで下さい。大丈夫です。私達を信じて。絶対にセドナさんを助けてみせます」
「だから、太陽だ……。そうだ。俺らに任せておいてお前は犬とおとなしく留守番していろ」
「……わかったわ。お願いね。絶対に絶対に太陽を助けて……!」
詩衣はそう祈るように麦と白銀に頭を下げる。
「わかりました」
「わかった」
詩衣の願いに二人はそう力強くうなずいてくれたが、なぜか詩衣の胸のうちは晴れることがなかった。
「オルクスさん!」
ネズミ達とともに花畑の中を荷車を押してきた麦が、太陽を見つけて彼に駆け寄る。
「クワオアーさん! エリスさん!」
「おい。あんまり名前を毎回違って言い間違えていると原型がわからなくなるぞ。……どうやらここからつれ出さない限りはどうやっても目を覚まさないみたいだな。一刻も早くこいつをつれてこの気持ち悪い花畑からおさらばするぞ」
麦にいくら揺さぶられてもすやすやと一向に起きる気配のない太陽を見て白銀がそう言うと、彼の体を持ち上げるために身を屈める。
「せぇーの!」
麦と白銀は掛け声を合わせて太陽を荷車へと乗せた。
「よしっ! やりました! ネズミさん達! 荷車を引っ張って下さい! お願いします!」
「「「「「「わかりました!」」」」」」
麦の呼び掛けでネズミ達は全身に力を込める。
ぐぐぐぐーっ! 麦と白銀も助力して押すことでわずかにだが荷車が動き出した時、その声は聞こえてきた。
「また来たの?」
それはあの三人の妖精達だ。
「一番大きくて花達のおいしいご飯になりそうなこのライオンを置いていってくれたからせっかく見逃してあげたのに」
「戻って来るなんておバカさんね」
「今度は逃がしてあげないんだから」
そう不敵に笑うと妖精達は襲いかかってきた。
「くそっ! 俺達の邪魔をする気か!」
「私と白銀さんがここはどうにかします! みなさんは太陽さんをつれて逃げて下さい!」
麦と白銀は太陽の乗った荷車を背後に回すとそう叫んだ。
「承知いたしましたわ。皆の者! 出発よ!」
女王ネズミの号令でネズミ達が一斉に走り出す。
「待ちなさいよ! きゃつ!」
「お前達の相手は俺達だ」
「目移りしないでしっかり遊んでもらいましょうか」
ネズミ達を追いかけようとした妖精達を白銀と麦が斧と被っていた帽子でそれぞれ止める。
「レディー相手に斧と小汚ない帽子を振り回すなんて最低よ!」
「あんた達なんか花の養分にもならないから全然興味ないのに!」
「私達を邪魔したことを後悔させてあげるわ!」
すんでのところで二人のその攻撃をかわした妖精達はきっ! とそのかわいらしい顔を歪めて麦と白銀を睨みつけた。
「ふん! そんなちっこい体で何ができるって言うんだ」
「笑っていられるのも今のうちなんだから!」
妖精達はそう言うと麦と白銀の周りをぐるぐると飛び回り始めた。
その動きはとても素早く、二人がいくら斧と帽子を振り回しても軽々とかわされてしまう。
「くそっ! すばしっこい奴らめ! ……ん?」
その時、白銀の視界にこの場にさっきまで存在しなかったはずのものが映る。
「な、何でなんだ! 急に水が!?」
それは大量の水だった。
どこから湧いてきたのか知らないが、最初は足元を濡らす程度だったのが、あっという間に水位を上げると白銀の腰の辺りまで浸けてしまう。
「くそっ! 錆びたらどうしてくれるって言うんだ! 大丈夫か! かかし!」
白銀はなおも水嵩を増すその奇怪な水に身動きを制限されながらも、同じくこの新たな敵に苦戦しているだろう麦の名を呼んだ。
「白銀さん! 火が! どうしましょう!? 私燃えちゃいます!」
その白銀に応える麦の発言は予想外のものだった。
「火? 俺には見えないぞ? どう見ても俺らの周囲を囲っているのは水だろう? こんな時にボケるのも大概にしろ!」
水と真逆な物質である火の存在を主張する麦に白銀はそう怒鳴る。
「水? いや! いや! どう考えてもこの場を覆っているのは火でしょう? 白銀さんなんか真っ赤な炎の中心じゃないですか? 熱くないのですか?」
そう意見を変えない麦はいつもの天然ボケを発動しているにしても余裕がない。
切羽詰まった様子でまるで何かを払いのけるように白銀には見えない何者かに向かって帽子を振り回している。
「くっ! 本当にかかしにはこの大量の水が見えていないのか? 見えていないとしたらなぜかかしと俺とで見えている光景が違うんだ……?」
とうとう胸の辺りまで迫ってきた水に顔を歪めながら白銀が疑問を口にする。
「たぶんこれは……幻覚魔法の類いかと思われます!」
帽子で必死に身を守ったまま麦が言った。
「私達は妖精さん達によって幻の火と水を見せられているのですよ! だから、二人とも見ている景色が違うのです! 実際はこの場はさっきと変わらない花畑のはずですよ!」
「ふふ! あたりよ! あたり!」
麦の導き出した答えに妖精達はそう楽しそうに笑う。
「私達の魔法であなた達の一番苦手な物を見せているの」
「生身じゃないから花の花粉が効かなくとも、精神に作用するこの魔法はそうはいかないでしょ?」
「ちょうどいいからこのまま心を壊して花畑を守るためのかかしにしてあげるわ。そこのキラキラのブリキもいい鳥避けになりそうだしね」
「「「きゃはははー!」」」
無邪気だが、残酷な笑い声が花畑に響く。
「うわぁ! 私の体に火が燃え移りました!」
「くそっ! 幻覚だとわかっていてもこれだけリアルだと……!」
妖精達の魔法が作り出す幻だとわかってもそれを解く手段のない麦と白銀にはどうすることもできない。
為す術のないまま幻の火と水が二人の精神を蹂躙していく。
「二人とも目を覚まして!」
誰かの大きな声とともに絶体絶命の危機に陥った麦と白銀の頬に強い衝撃が走った。




