死を誘う紅い花
「わん! わん!」
まだぐずぐずと二人で泣き合っていた詩衣達に何かを知らせるようにトトが吠える。
詩衣と太陽が話しをしている間妙に静かだと思いきや、あいかわらずふらりと勝手にこの辺りを探索していたらしい。
「ぐすっ。どうしたの? トト? あっ……!」
涙をぬぐいながらトトを探すために周囲を見渡した詩衣はあることに気がついた。
「太陽見て。今まで余裕がなくて気づかなかったけど、私達いつの間にかお花に囲まれているわ。辺り一面真っ赤っか」
詩衣が言う通り、三人はまるで血のような濃い紅色の花畑の中にいた。
花の大きさは詩衣の顔よりも大きく、背丈は四つ足で立つ太陽と同じくらいだ。
「ほ、本当だ。す、すごい。あ、あんまり赤が濃すぎて怖いくらい……。て、てか、な、何かこの花変なにおいがしない? な、なんか眠くなるよう……」
最後まで言えずに太陽の体がふらふらとぐらつく。
「太陽! いきなりどうしたの? 大じょ……あれぇ?」
そう心配する詩衣も急に眠くなり、目の前がちらつき始めた。
「ふふ! やっと効き始めたみたいね」
「あなた達案外鈍いのね」
「このまま効かないのかと思って心配になっちゃったわ」
突如聞こえてきたかわいらしい声。
詩衣が慌てて目を凝らすと、そこにいたのは小さな小さな三人の女の子達。
背丈はたぶん北の国に住むギリキン達と同じぐらいだと思うのだが、彼らと違うのは、背中にルルと同じ日の光に反射して虹色に輝く、透明な羽が生えていることだ。
「あなた達は!?」
「私達はこの花畑に住む妖精よ。この赤い花を咲かす養分にするために花畑に迷いこんだ旅人を閉じ込めては、この花の花粉で眠りにつかせているの」
「えっ? 養分? ……きゃあ! 骨!」
妖精達の言葉で不意に下を見た詩衣は悲鳴をあげた。
満開の花に埋もれていて一見わからないが、真っ赤な花びらの合間からはちらほらと真っ白な骨が姿をのぞかせていたのだ。
「って! 今気づいたの!?」
「あなた達さっきからずっとここにいたのに?」
「しょうがないわよ。この人達花の花粉もなかなか効かない鈍感さんだもん」
「「「確かにー!」」」
妖精達はそう楽しげに言い合うと「「「ぎゃはははー!」」」と詩衣達をバカにしたように笑う。
「くーっ! 本当のことだけど、でも、腹立つ! 人をバカにして! ルルが妖精を性悪だって言っていたのはこのことなのね!」
「ルル? あぁ。あの北の魔女のおばさんね。私達妖精とギリキンの混血児ながら、北の魔女になった異端の存在の」
「……ルルには妖精の血がはいっているんだ。だから、ギリキンなのに羽が生えていたのね」
詩衣は妖精達の言葉でルルが北の国の魔女ながら、背に羽を生やしている訳を理解した。
「って! 今はそんなこと言っている場合じゃないわ! 太陽! 寝ちゃだめ! このままじゃ私達この花のご飯にされてしまうわ! 起きて!」
もう半分寝むりかけて千鳥足になっている太陽の体を詩衣が揺さぶる。
「う、うぅ~ん。ゆ、許して……。た、たてがみは勘弁し……はっ! あ、危なかった! も、もう少しで寝ちゃうところだった!」
詩衣に揺り動かされ太陽が目を見開く。
本当に危ないところだったのだろう。
口からは透明なよだれがつーとたれている。
「悲しくなるからせめて夢ぐらいもっといい夢を見なさいよ! って! こんなことを言っている場合でもないわ! 早くこの危険な花畑から逃げ出さなきゃ! でも、どうしよう? ここまでめちゃくちゃに走ってきちゃったから出口がわからな……ふぁ~あ」
「おぉーい! ドロシーさん! 天王星さん! ツツさん!」
「だから、太陽とトトだって言っているだろ! おいっ。バカ女ども生きているか?」
「麦! 白銀!」
自身も睡魔に襲われてあくびをもらしていた詩衣達のもとへやっと追いついた麦と白銀が走り寄ってきた。
「ごめん。勝手にいなくな……」
「謝罪は後です! そんなことより早く布で鼻と口を塞いで! できるだけ花粉を吸わないでください! 一気にこの花畑から抜け出しますよ!」
麦はそう言うと、彼女のかばんから取り出したハンカチを詩衣に渡し、太陽とトトの顔には鼻と口を隠すためにタオルを結んでやる。
「そうだ! 早く抜けないと、バカ女と犬ならともかくライオンの野郎はさすがに重くて俺らじゃ運べないぞ!」
「わかったわ! 太陽! トトも頑張って!」
「わ、わかった!」
「わん! わん!」
四人と一匹は花畑からの脱出を目指して走り出した。
「くすくす。本当に逃げられると思っているの?」
「むだむだむだ~」
「ふふ。お手並み拝見ね」
妖精達の不敵な声だけが、真っ赤な花畑に響く。
「ぼ、僕なんかもう……だ、だめか……も……」
一番最初にそう弱音を吐き始めたのは、太陽だった。
全力で歩を進めていた足を止め、ぱたりと体を花畑に横たえる。
「ち、ちょっと大丈夫? 太陽! 後もう少しだから頑ば……って私も……だ……め……」
抵抗むなしくぺたりと座り込むと詩衣も瞼を閉めた。
「このくそっ! バカ女! へたれライオン! 起きろ! 起きろよ!」
白銀が詩衣達の体を力強く揺さぶるが、二人はいくら揺すってもぴくりとも動かず、すーすーと安らかな寝息を立てている。
「起こすのは無理みたいですね。とにかくドロシーさんだけでも花の花粉が届かない場所まで運びましょう。水星さんを運ぶのはどうやっても私達だけでは不可能です」
「太陽だ……しかたない一度ひくか」
麦の発言に突っ込みをいれながら、白銀は詩衣の体を横抱きの、いわゆるお姫様抱っこで抱き上げた。
「それでは行きましょうか。チチさん」
「……トトだ」
白銀にそう再度の訂正をいれられながらも、「くぅーん」と心配げに鼻を鳴らすトトをつれだって麦は歩き出す。
「絶対に迎えに来ますからね。待っていて下さい。太陽さん」
数歩進んだところで一度振り返ると、赤い花の中ですやすやと眠り続ける太陽に麦はそう強く誓った。




