詩衣の豹変
「私、空を飛んでしまいました」
そうあいかわらずののほほんとした様子で言うのはコウノトリに救助された麦だ。
麦の救出劇は詩衣達が心配したより随分あっさりしたものだった。
詩衣達と一緒に麦がオールの上に取り残されているのが見える場所まで行くと、コウノトリは彼女達を川縁に残し、自分は一羽麦のもとまで飛んで行った。
そして、オールの上にいる麦のうなじの辺りをくわえると、軽々と詩衣達の前へと降り立つ。
「っ……! バカ! こんな時にものんきなんだから! でも、良かった! もう会えないかと思ったわ!」
詩衣達は麦に駆け寄ると、彼との再会を喜んだ。
「ご心配をおかけしました」
「もうっ! 本当よ! まぁ、ケガがなかったから、良しとするわ。コウノトリさん! 本当にありがとうございました」
詩衣は麦から恩人であるコウノトリへと向き直ると、深々と頭を下げた。
「いえいえ。気になさらないで下さい。職業柄、困っている人はほうっておけなくて」
コウノトリはどうやらその自分の仕事に大層誇りを持っているらしい。
えへんと胸を張る仕草をする。
「職業柄ってあなたはどんな仕事をしているの?」
「私はね。子どもを望む夫婦へと赤ちゃんを運ぶ仕事をしているのですよ」
「あなたが赤ちゃんを運んでいるの!?」
まるで幼い子どもの「赤ちゃんってどこから来るの?」という難問に対して大人がする、苦し紛れの回答のような話に詩衣は驚く。
確かに詩衣がコウノトリを知るきっかけになった幼い頃に読んだ絵本でも同じ話を語ってはいた。
しかし、その詩衣にとってのおとぎ話がまさかオズの国では現実にある話だなんて。
詩衣は文明国とオズの国の違いに大分慣れてきた気でいたが、やっぱりまだまだ驚かされることが多々あるようだ。
「はい。赤子がなる特別なキャベツ畑から赤ちゃんを摘み取り、その子の父、母となるべき夫婦へと運ぶ仕事をしているのです。今も西の国のウィンキーの若い夫婦へ赤ちゃんを運んできたところです。大変喜んでいただきましたよ」
コウノトリは本当にうれしそうにそう言う。
彼女の暖かい語り口にその幸せな光景が目に浮かぶようで場が和んだがしかし、次のコウノトリの言葉で詩衣の様子が一変する……。
「不思議ですね」
――それは何の変哲もない一言だった。
「こんな治安の悪い場所でも赤子を望む夫婦がいる。どんな子も必ず望まれて生まれてくるのですよ。どんな子も誰かにとって特別で大切な人なのです」
「そんなのうそよ!!!!」
穏やかに語るコウノトリに詩衣が突然叫ぶ。
その顔は真っ青で、まるで傷口を抉られた人のように痛ましい表情をしていた。
「ド、ドロシーさん? どうしたのですか?」
「大丈夫か?」
詩衣の何の前触れもない激昂に驚いた麦と白銀が心配して訊ねる。
「……っ!」
詩衣はその問いには答えず、無言でその場から走り出した。
「ドロシー!」
「わん! わん!」
慌ててその後を足の早い太陽とトトが追いかける。
「ドロシーさん! 冥王星さん! タタさん!」
「だから、太陽とトトだって言っているだろ! こんな時まで間違えるな!」
「危険ですよ! この先はいたずら者の妖精逹の住まう地です! 死の花畑もあります!」
お決まりのやりとりをいつもより緊縛した様子で行いながら、詩衣達の後を追いかけようとした麦と白銀にコウノトリが言う。
「死の花畑……!?」
その不吉な名前に二人は足を止め、思わずコウノトリに聞き返す。
「はい。妖精達が管理している真っ赤な真っ赤なまるで血のような色をした花の花畑です。その花粉は強力な睡眠効果があって、吸うとみな眠りについてしまいます。吸い込む量に比例して眠りは深くなるので、最悪永遠に寝覚めないこともあるそうです。だから、死の花畑と呼ばれているのです。……昔は花の色もそのような紅色ではなく西の国の色であるきれいな黄色をし、花の花粉の力もそれ程強くはありませんでした。妖精達もその花粉をいたずらに使うだけだったのですが、現在の西の魔女に西の国が支配された今となっては――花はあのような血の色へと変わり、妖精達も迷い込んだ旅人を魔法で閉じ込めて花畑の養分にしようと狙ってきます。早くこのことをあの人逹にも教えてあげて! 見たところあなた逹は大丈夫そうですが、生身のあの方達では死の花の餌食となってしまいます」
「あぁ!」
「お世話になりました! さようなら!」
そのコウノトリの恐ろしい話に二人は彼女にお礼を言うと、詩衣達の元へと急ぐ。




