南の魔女のグリンダ
「いたた……。ここはどこ? さっきまでみんなとエメラルドの都のお城にいたはずなのに……」
詩衣が痛むおしりを押さえつつきょろきょろと辺りを見渡すと、そこはさっきまでいた謁見の間とは違う見慣れない部屋だった。
室内全体が赤で統一されており、どんなささいな小物でも真っ赤に塗られている。
そんな赤一色の部屋で詩衣は一人ぽつんと座っていたのだ。
「部屋中が真っ赤っか……。ということは、ここは緑色がシンボルのエメラルドの都ではないってことね。青が国の色の東の国でもなさそうだし。えぇと、確か赤をテーマカラーにしている国は……」
「わん! わん!」
座り込んだまま一人考え事をしていた詩衣の胸元に、小柄な真っ黒な物体が勢いよく飛び込んできた。
「わっ! トト! どこから出てきたの!?」
それはへっへっと舌をたらしたトトだった。
詩衣との再会を喜んで短いしっぽをちぎれんばかりに振るっている。
「おぉーい! ドロシーさん!」
「こんなところにいたか。バカ女」
「さ、先に行っちゃうなんてずるいよ! ト、トト! し、心配したんだよ~! ド、ドロシー!」
詩衣がトトの突然の出現に驚いていると、トトが飛び出してきた方向と同じ場所から麦達の姿が現れた。
よくよく見るとそこには壁と同じ色に塗られた扉が存在した。
どうやらトトは三人のうちの誰かに扉を開けさせるだけ開けさせてから、自分だけ抜け駆けして詩衣の元まで走ってきたらしい。
「麦! 白銀! 太陽! 良かった! あなた達もちゃんと一緒だったのね! はぐれちゃったかと思ったわ!」
詩衣はトトを抱きかかえたまま仲間達と再び会えたことを喜んだ。
「私達はドロシーさんとは違う部屋にそれぞれいたのですよ。この建物の中には他にもここと同じような部屋がたくさんあって、まるで迷路みたいに入り組んでいるのです。トトさんの鼻がなければまた全員揃うことはとてもとても。絶対に不可能でしたよ」
「そうなんだ! すごいわ! トト! お手柄ね!」
「わん! わん!」
詩衣が目一杯頭をわしゃわしゃとなでるとトトは誇らしげに吠えた。
「ねぇ? あなた達はどうやってこの建物まで来たの? 私はあの化け物に襲われる直前、どこからか女の人の声が聞こえたかと思ったら穴に落ちて、気づいたらここにいたの。みんなは?」
「お前と同じだ。声が聞こえたと思ったら、床が抜けて、気がついたらここにいた」
「私は魔法に詳しくないので確かではありませんが……たぶんあの穴は転送魔法の類いだと思います。ここは建物の色からして赤を国の色としている南の国。エメラルドの都から南の国までの長距離を、しかも、これだけの人数を移動させることができるとなるとあの魔法を使ったのは並の使い手ではないと思うのですが……」
「私が呼んだのです」
「誰!?」
詩衣達が声がした方向を見てみると、そこにいたのは透き通るような白い肌に青い目、そしてその肌によく映える、燃えるような美しい赤毛を持つ女性だった。
「私の名前は『グリンダ』。このオズの東西南北の四つの国のうち南のカドリング達が住む土地を治める南の魔女と呼ばれる者ですわ。不躾にお呼びしてすみません。しかし、ドロシー様達に危険が及んでいるのでやむなく少し乱暴な手を使わせてもらいました」
グリンダは白い服をなびかせながら上品な動作で頭を下げると申し訳なさそうに言う。
「南の魔女……ってことはルルと同じ良い魔女ね。良い魔女のあなたがいったい何でこんなことを? てか、なぜ私のことを知っているの? それに王宮で見たあの不気味な化け物は何だったの!?」
「……それを説明するためにはまずこのオズの国の成り立ちから説明しなければなりませんわ。長い話になるので落ち着ける場所へ移動しましょう」
「わわっ!」
グリンダがパチリ! と指を弾くと、再びの浮遊感とともに詩衣達の周囲の風景が目まぐるしく変わっていく。
そして、風景の変化がぴたりと止まったかと思うと、詩衣達は色はもちろん赤のふかふかのソファーと大きなテーブルがあるたぶん客間と思える場所に立っていた。
「うわぁ! これが魔法? さっきよりももっとあっという間に場所が変わったわ!」
「ふふ。さっきの魔法と違い今回は同じ建物内を移動するだけですからね。エメラルドの都からここ南の国に移動した一回目の魔法とは規模も必要な魔力も桁が違います。実はさっきまでいた部屋は移動元から誤って一緒につれてきてしまった余計な者を迷わすための罠が仕掛けられた部屋なのですよ。魔法の規模が大きくなればなるほどコントロールが難しくなりますからね。たまにつれてきたい方達以外も紛れ込んでしまう時があるのです。その時、一緒につれてきた方の身を守るため、自動的に全員別々の部屋に到着するようになっているのですよ。しかし、私が来る前にみなさんよくお会いすることができましたね。先ほど言ったようにせっかく危機から逃がすためにここにつれてきたのに敵と巡り合ってしまわぬよう、あそこには迷いの魔法がたくさんかけてありますのに……」
グリンダが不思議そうに首をかしげる。
「この犬のトトのおかげです。トトがこの鼻で私達を見つけてくれたんです。あ、あれ? どうしたの? トト?」
詩衣が抱いたままのトトを見せるようにグリンダに近づくと、トトはなぜか「きゅ~ん! きゅ~ん!」と激しく暴れ、詩衣の腕から逃げ出した。
「トト! す、すみません! いつもはこんなことないのに……。きれいな人を相手に緊張しているのかしら?」
「……気になさらないで下さい。それより、立ち話もなんですわ。せっかくゆっくりと座れる場所へと移動したのです。お好きな場所にお座り下さい」
グリンダは一瞬とても真剣な顔をした後、にこりとまた穏やかな笑顔を浮かべて言う。
「は、はい!」
「ふふ。そんなに硬くならないで下さい。この紅茶やお菓子でも食べて落ち着いて。おかわりはいくらでも用意しますから」
「わわっ!」
グリンダが指を鳴らすと、ソファーに縮こまりながら座っていた詩衣達の前に今度ほかほかと湯気の立った温かい紅茶と焼きたてのクッキーが現れた。




