王との対面
「ギャハハハ! 着きましたよ!」
重苦しい沈黙が漂う中、案内の男が急に立ち止まると言った。
「やっとね! うわぁ~。近くで見ると更に大きい! そして、更にぴかぴか! 目も首も痛いんだけど!」
辿り着いた王宮とはさすがに門を潜る前から見えていただけあって、エメラルドの都にある建物のどれよりも縦にも横にも大きかった。
そして、建物中を飾るエメラルドの数も今までのどの場所よりも多い。
「ギャハハハ! 少々ここでお待ち下さい! 今、王に皆様の来訪を伝えて参ります!」
そう言うと男はこれまた豪華な扉を開けて、王宮の中へと消えていった。
「ここでまた一泊なんて言われたらどうしよう。引き延ばされ過ぎると余計緊張しちゃうからいやだわ」
詩衣がそう不安げに言ったがしかし、彼女のこの心配は杞憂に終わったようだ。
「ギャハハハ! 王がお会いになるそうです! 私についてきて下さい!」
扉から出てきた男は相変わらずの目が全然笑っていない嘘っぽい笑顔を浮かべたまま、詩衣達を王宮の内部へと誘う。
「は、はい!」
慌てて詩衣達は男の後に続いて中へと入る。
「おぉ! 予想通りやっぱり中もエメラルドでピカピカね。一つ一つの細かいところまでもお高い感じだし、触るのが怖いわ。……でも、照明のせいかな? 何か暗い雰囲気よね。王様の住む場所なのに庭園と違って人の気配も全然しないし……」
詩衣はそう恐る恐る周囲を見渡しながら、人気のない廊下を歩く。
王宮内は照明はついているのになぜか全体的に薄暗く、しーんと静まり返っていた。
詩衣達の歩く音だけが静寂に響く。
「ギャハハハ! ここが王の待つ謁見の間です! どうぞ! お入り下さい!」
男が一際豪奢な扉の前で止まると、そう詩衣達を促した。
そして、言うだけ言うと自分は、どこかへとふらっと歩いて行ってしまう。
「えっ! ちょっと待ってよ! いきなり放置プレイ!? ……うぅ~。いざ会うとなると緊張するわ。だって、相手は王様よ!? 校長先生とすらマンツーマンで話したことないのにハードルが高過ぎるわ! ねぇ? 服も髪も大丈夫? 跳ねてたりしない?」
残された詩衣は今さらながらに襲いかかってくる緊張に取り乱した。
ばたばたと落ち着きなくスカートの裾を引っ張ったり、髪をなでつけたりする。
「大丈夫ですよ。ドロシーさんはいつも通りとてもかわいらしいです」
「う、うん。か、かわいい。か、かわいい」
「……その意見には賛成しかねるが、とにかくいつまでもここにいるわけにもいかないだろう。開けるぞ」
「ちょ……! 待ってよ! まだ心の準備が……!」
詩衣が止めるのも聞かず、白銀が問答無用で謁見の間の扉を開ける。
「……失礼しま~~す。あっ。ここにもライオンの置物が」
開けてしまったからには、再度閉めるわけにもいかない。
緊張しながら謁見の間へと足を踏み入れた詩衣は、部屋の奥に鎮座する門の上と同じライオンの置物に気がついた。
「アハ! どうぞ!」
詩衣がそんな風に置物に気をとられていると、まるで機械から流れてくるような画一的な声が彼女達を出迎える。
「は、はじめまして! 私は堂炉詩衣と言います。こっちの犬はトト、かかしは麦、ブリキは白銀、ライオンは太陽です。よ、よろしくお願いします!」
詩衣はその声がする方向に向かってほぼ反射的にがばり! と勢いよく頭を下げると、震える声で自己紹介をした。
「アハ! そんなに畏まらないで! 頭を上げて!」
詩衣が恐る恐る顔を上げるとそこにいたのは艶やかに輝く緑色のビロード生地の椅子に座った少年だった。
これまた謁見の間もなぜか薄暗いので顔はよく見えないが、頭に載せてあるライオンの金細工のついた王冠を見るに彼が王様だと考えて間違いないだろう。
「これが噂の引きこもり王様……。みんなが口々に若いと言う通り本当に若いわ。私と同い年くらいかしら?」
「アハ! どうかした?」
王様の見た目について考察していた詩衣に、観察対象である王様自身が声をかけてきた。
「な、何でもな、な、ないです!」
「アハ! おもしろい人だね! 僕がこのオズの国の王様です! どうぞよろしく!」
動揺のあまり太陽のような話し方になってしまった詩衣を気にした様子なく王様が朗らかに笑いかける。
どうやら王という立派な肩書きのわりに気安い人物のようだ。
「ほっ……」
詩衣はそのことに安堵の息をつく。
「アハ! ねぇ? 君達は随分変わった一行だけどここまで一緒に旅をしてきたんだよね? どうやって出会ったの? 人とかかしとブリキとライオン……とても普通に生活していたら会う機会のないメンバーだと思うんだけど?」
「え、え~と、麦とは麦畑に立っていたところを会ったんです。トトが見つけて。そして、何もしたいことがないからって一緒に旅をすることになったんです。どうやらいつからなぜここにいるのか記憶がないらしくて。白銀は森で錆びて動けなくなっているところを助けてあげて。太陽とはキツネの命令で襲いかかってきたところを返り討ちにして。白銀も太陽も旅をする理由は麦と同じです」
そう語る詩衣の脳裏には今までの旅の思い出がまるで走馬灯のように一気に駆け巡る。
麦、白銀、太陽との出会いだけではない、王にはなぜか訊かれなかったが忘れてはいけない大事な旅の仲間のトト、それに、北の魔女のルルに、マンチキンのみんな、ガラスの村の人々……時には大変なことや辛いこともたくさんあったけど、どれも詩衣にとっては大切な出会いだった。
「麦達以外にもたくさんの人々に出会ったんです。王様はご存知ですか? 東の国に住む体がガラスできた人々の村のこ……」
「余計なことを話すな」
そう旅の思い出を振り返っていた詩衣を遮って王様が冷たい声で言った。
「……えっ?」
王様のいきなりの豹変に詩衣は自分の耳を疑い聞き返す。
「アハ! 君は僕が訊いたことにだけ答えていればいいんだ。くだらない余計な話はしなくていい。それより、旅をする理由が同じってことは三人とも記憶がないってことでいいのかな? その辺りをもっと詳しく教えてよ」
王様の口調はまた穏やかな屈託のないものへと戻ったが、詩衣へ話の続きを促すその姿勢には有無を許さない圧迫感があった。
「……『余計な話』ってどういう意味ですか?」
詩衣はその圧力に負けずに王様に問いかける。
「あなたの国の国民の話ですよ。第一、王様はなぜ悪いと言われている西の魔女をほうっておくのですか? 彼女が何をしているかあなたは知っているの? 西の魔女は西の国の人々だけじゃない、東の魔女が倒れて主導者がいなくなった東の国まで支配しようとしているのよ? そのせいでマンチキンやガラスの村の人々がどんなにひどい目にあっているか……! それさえもあなたは余計な話だと言うの!? 」
東の国の人々の辛い現状を知っている詩衣は、自分の国の民の話なのにまるで聞くことさえも時間の無駄だという態度の王様に憤った。
後半は敬語も忘れて王様に問い詰める。
「アハ! 何でそんなこと僕が知ってなきゃいけないの? 僕には関係のないことじゃないか」
王様はその真剣な詩衣の怒りさえも軽い笑いで流し、本気で彼女が何を言っているかわからないというように無邪気に首をかしげる。
その時に詩衣は悟った。
この人も同じだ。
王様もエメラルドの都の人々と一緒で口では笑い声を上げていても実際は全く笑っていないのだと。
「っ……!」
王様のそのあまりに他人事な態度に、詩衣の頭に一瞬で血が上る。
「そんなことより話の続きを……」
「関係ないって何よ! あなたの国じゃない! あんたがそんなんだからいけないのよっ!」
詩衣は一気につかつかと距離を詰めるとバチン! と思いっきり王様の頬へとビンタをかました。
「ド、ドロシーさん!?」
「……これは痛いな」
「こ、こわい……」
「きゃう~ん」
「ふん! ざまぁみなさい!」
仲間達が各々の頬を押さえて青ざめる中、興奮してアドレナリン全開だった詩衣は一瞬勝ち誇った顔をしたがしかし……すぐに彼女自身も顔色を変えなければいけないこととなる。




