偽りの笑顔
「ギャハハハ! 皆様! おはようございます! それでは、王宮まで出発しましょう!」
朝食を済まし、すっかり身支度も整えた詩衣達を緑の服を着たあの男が朝からテンション高く迎えに来た。
「お、おはようございます。……ねぇ。あの人、何か昨日より笑い方が激しくなってない? 朝から何がそんなに楽しいのかしら?」
挨拶をしつつ、詩衣は昨日より確実に悪化している男の振る舞いについてこそっと麦に耳打ちをする。
「さぁ? 私にはわかりませんが、とにかく笑うことは良いことです。私達も笑いましょう! ははははは!」
「……そうか。うちにも負けず劣らず変な人がいるのを忘れてた」
笑い声が二倍になった室内に詩衣は自分が相談相手を間違えたことを悟り、頭を抱える。
「ほらっ。こんなところで笑っていても埒があかない。さっさと行くぞ」
「そうね。また今日もここに一泊なんてそれこそ笑えないものね。出発しましょう!」
「う、うん!」
「わん! わん!」
いつまでも笑い続ける二人に痺れを切らした白銀の掛け声で詩衣達はやっと小屋を出発する。
「うへぇ~。本当に王宮まで遠い……」
宿泊していた小屋から出発して三時間、詩衣はさっそくへばっていた。
「もう! 広い敷地って言っても限度があるでしょ! まさか王宮の敷地内に入ってからこんなに大変な道のりになるなんて! 聞いてないわ!」
いくら遠いと言われても一時間も歩けば着くと思っていた詩衣は、合間に昼食休憩はしっかりとったとはいえ、敷地のあまりの広大さに癇癪を起こす。
「ま、まぁ。ま、まぁ。ほ、ほら。み、見て。ド、ドロシー。は、花がたくさん。き、きれいだよ。に、庭でも見て元気を出して」
そんな詩衣を宥めるように太陽が周囲の風景を見ることを勧めた。
「確かにこんなに広い庭なのにちゃんと隅々まで手入れ行き届いてきれいね。雑草一本生えてない」
「アハハ! こんにちは!」
一本一本の植物が全て計算つくされて植えられている庭園の、野の花々とはまた違う人工的な美に見とれていた詩衣に声をかける者がいた。
それは庭園の手入れをする園丁だった。
背の高さを見るにウィンキーの男性だろう。
「こんにちは! やっぱりこれだけの庭を維持するには人がいるのね。よく見るとあちらこちらで働いている人がたくさんいるわ」
詩衣が言う通り、草花の側では忙しなく動き回る人影が至るところで確認できた。
「それにしても、今案内してくれている男の人と同じで、働いている人みんながみんな笑顔ね。エメラルドの都に住んでいる人特有の住民性ってやつなのかしら? あっ……」
どんな重労働も笑顔でこなす人々を詩衣は感心して見ていたが、しばらく観察しているとある事実に気づく。
「どうしたんだ? バカ女?」
急に顔色を変えた詩衣に白銀が訊ねる。
「……私ね。エメラルドの都の人達の笑顔って何か変だなってずっと思ってたの」
「それは昨日から言っていたことじゃないか。何も愉快なことがないのに四六時中笑っているなんて変人だって」
「ううん」
白銀の言葉に詩衣は首を横に振る。
「確かにそれも変だけど、そうじゃないの。だって、いつも笑っている人って言ったらうちにも麦がいるじゃない。私が引っ掛かっていたのはそうじゃないの。私が感じていた違和感の正体、今わかったわ」
詩衣はそこまで言うと、何か恐ろしいことを語るように声を低くする。
「……エメラルドの都の人達はみんないつも笑ってるけど……目は全然笑っていないのよ」
確かにエメラルドの都の住民達は皆、表情は歯が見えるほどの満面の笑顔なのだが、目は暗い影を落としていて、一切の感情も読み取ることができない。
こないだの麦の活躍で笑顔を取り戻したマンチキンの人々の笑みとは大違いだ。
「大きな笑い声で気をとられて気づくのが遅れたけど、瞳が作り物みたい。喜怒哀楽のどの感情も感じることができないわ。マンチキンの旦那さんが言っていた『人の形をした人ではない者』が住む場所っていうのはこういう意味だったんだわ。みんな笑っているけど、本当の笑顔は一つもない。住んでいる人みんな、まるで人形みたいだわ」
散々歩いて体は暖まっているはずなのに詩衣の背中になぜか冷たい汗がつーと伝う。




