第1話 おっさん、引退する
「カルロさん、こちらの札をどうぞ」
「十二番か……随分先だな」
「今日は混んでいるみたいで。十時半にはお戻り下さいね」
冒険者ギルドにて、俺は渡された面談札をじっと見た。何度見ても十二番。一時間以上は待つのか、しくじった。
開始時間の朝イチに来たのに、まさか並んでいるとは。仕方ない、時間潰しがてら良さげな依頼があるか見てみるか。
ギルドの壁に掛けられた依頼ボードに近づくと、じっと睨むように見つめていた男が振り向いた。痩せぎすの長身で、俺より少し若いベテラン。
俺の手元を見るや、目端を上げた。
「おうカルロ。久しぶりだな、何か儲かる話か?」
「おはよう。残念ながらだ。俺こそ知りたいよ」
面談札を依頼受領票かと思ったらしい。俺が手をひらひらとさせると、ははは、と笑いながら離れていった。奴の手には依頼札は無かった。
こっちも出遅れたか。思わず吐く息が長くなる。
依頼ボードに残っているのは高ランク帯のものばかり。単純な薬草集めのような低ランク、魔獣狩りの中ランクは募集の文句はあるものの、依頼札は既に無くなっている。
白金ランク、という言葉が目に眩しい。勿論、俺の首に下げている金ランクの冒険者プレートも、それなりに威張れる希少なものだ。
だが、やはり並べれば光の質が違う。俺のはもう、褪せて鈍い色にしか見えなかった。
ぶらりとギルドの一角に近づいていく。そこには広い長机の上に、煤塗りの木版がいくつも無造作に転がっている。数人が、唸りながら白色石で文字を書いていた。
懐かしい。
俺がこの街——ケルンガルドに初めて来た時、冒険者募集の貼り紙すら読めなかった。連れてきてくれた人に読んでもらったっけ。
それで、ここで教わったんだ。
「頑張ってるな。何か手伝えることはあるか?」
「あっカルロさんおはようございます! 俺の名前これでいいか見て下さいよ!」
「オレは契約書書かなきゃで」
「あ、あの。僕も混ざっていいですか?」
簡単な気持ちで言うべきじゃなかったか。一気に顔を上げた奴らが数人、急に空いた席に座った者もいる。
いかつい冒険者に声かけるのは勇気いるもんな。金を言われる心配もあるし。
「一時間くらいなら付き合えるよ。受講料はタダだ。俺が役に立てることで聞いてくれ」
こんな程度で歓声に囲まれるとはな。
まあ、悪くない時間の潰し方だ。
◇◇◇◇◇
二十年冒険者はやって来たが、奥の個室は初めてだ。
勧められた椅子に座ろうとして、右膝に引き攣れを覚えた。ああくそ、歩くのは誤魔化せたってのに。
間が悪いことに、ギルドマスターのグロリアが職員の後ろにいる。顔からは、何考えてるか読めない。
いい女だってのに、腕組んで仁王立ちとは随分な歓迎だよ。赤髪は情熱的ってか。
「お待たせしましたカルロさん。ご要件をお聞きします。ええと、ギルマスがどうしても同席したいと仰っていて、この時間で。すみません」
向かいに座った職員、マリアが作ったような笑顔を浮かべる。同席、なるほどね。大した勘だ。
「依頼ボードにある『双頭竜の水晶牙』の依頼を受けさせて欲しい」
「……その依頼は白金ランクです。カルロさんの場合、白金ランク一人か、金ランクの方をあと三人は必要です。どなたが?」
「俺だけだ。一人でこなしたい」
「理由は?」
グロリアが口を挟んできた。睨みつけてきやがる。下手な嘘はかえって拙そうだ。
「取り分を譲りたくない。成功して一攫千金、失敗して死ぬ二択で構わない。やらせてくれ」
「膝を痛めた身で達成出来るとでも?」
ああやはり、バレてるか。何もかも見通す赤い目は、さすが親父さん譲りだ。
「二、三年前からだよ。だましだましやってたんだけどな、そろそろ引退時期らしい。最後の餞だよ」
「半年前から、受ける依頼が金・銀ランクでなく、銅ランク以下ですもんね。おかしいとは思ってたんです」
マリアが厚い冊子を机に開いている。カルロの文字が見える、無数のかすれた依頼票。俺の二十年間だ。
依頼の種類、討伐した魔獣や魔物、達成の日数。もっと細かなものまでありそうだ。俺が覚えていないようなものまで、全部。
「それで、あなたは賭けに出る気なのか。二十年間の冒険の結末が死との二択と?」
グロリアの言葉が耳に刺さる。
俺はしばらく天井を見た。
「故郷に帰ってもな。流行病の生き残りなんて歓迎されない。なら、大金を得て新しい土地で何かしようと思うのも夢があるだろう? 第二の人生だ」
はは、と乾いた笑いが出た。くそ、グロリアもマリアもびたとも笑わない。つまらないか、おっさんの夢語りなんて。
しばらく黙ったままだったグロリアが近づいた。手元から取り出した紙を、机に置く。
「セイデン商会を知っているか」
「確か、大きな倉庫のある輸送専門の」
「護衛要員を育てたいそうだ。都度傭兵を雇うと割高で、信用も安定しない。だから見込みのある使用人を鍛えて、自前の護衛隊を作りたいと」
「ほう。強気だな」
「商会はその指導と、実戦での補佐を兼ねられる人間を探している。報酬は月にゼイラム金貨五枚」
破格の報酬だ。俺なら、食うだけなら切り詰めれば半年やっていける。
「カルロ。なる気はあるか?」
「は?」
なんで俺に。思わずグロリアを見ると、当たり前だろうとでも言いたげに胸を反らせた。
「二十年、大きな契約不履行なし。単独行が多いのに生還の上、達成率も高い。判断力は充分だ。それに」
「五年前、新人の同行依頼をいくつか受けましたよね。今や彼らは、銀ランクの冒険者として活躍してます」
マリアの声が引き継ぐ。彼女は手元の書類に目を落としていた。
確かにそういう時期があった。断れなくて引き受けた仕事だったのに、あいつらが今もやっているとは知らなかった。
ダン、と机が揺れるとともに大きく鳴った。グロリアが、机に両手をついて俺を見ている。
深い真紅の目に、変な顔の俺が映っている。
「あなたは、私の父が急死した時に、ギルマスとして跡を継ぐ私を率先して支持してくれただろう。あの時の借りを返したい」
「グロリア、それは俺が親父さんに借りっぱなしだったものを、代わりにあんたに返しただけだ」
「それでも、あの時のあなたがいなければ、私の今は無かったかもしれない。だから、だから。——あなたの次の人生を、私に提案させて欲しい」
何でそんなに泣きそうな顔をしてるんだ。ああ、いい親父さんだったもんな。グロリア、あんたは親父さんのために泣くだけじゃなくて、立ち上がれるいい娘だった。
応援したいと思うだろ? 大人なら当たり前だよ。
そして今は、俺が応援されるなんて。
「ありがとう、長く世話になったよ」
グロリアがはっとした後、くしゃくしゃな顔で笑う。
そして俺は、彼女から差し出された書類を受け取った。
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全10話で完結まで毎晩19:20に投稿します。
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