短すぎる連載ものを書くと罪悪感が湧く件
罪の告白を免罪符と思っているバカがいる。
……私のことだ。もっとも、タイトルに書いたことが「罪」だなんて大袈裟だろう。規約違反でも何でもない。ただ、私は面倒な人間である。この状況に罪悪感を覚えてしまっているのだ。
理由は、当サイトのトップページの仕組みにある。「週間ランキング」の下へと少しスクロールすると、「完結済みの連載作品」という欄がすぐに出てくる。その下には「更新された連載作品」「新着の短編作品」が続く。このような作りのため、体感として、PV数は「完結済みの連載作品」が他の二者より伸びやすいように思える。
しかし、問題なのは「完結済みの連載作品」に並ぶラインナップだ。十数話かけた長編だったり、あるいは数十話にもわたる人生の日記だったり。2話完結の小説でも、文字数がえげつなかったり。その中に、7000字にも満たない2話完結の小説が並んでしまう。せっかくトップページに載っていた傑作が一つ追いやられてしまう。
ロープウェイで一気に九合目まで登った人間が、麓から一歩ずつ歩いてきた人間の仲間ヅラをして山頂に立つのだ。……そう認識すると、肩身が狭く思えてくる。
しかし、この場に並ぶことに決めたのは自分に他ならない。「罪悪感・疎外感を感じる」なんて被害者ぶるのは甚だ傲慢だろう。だから少し、開き直って釈明させてほしい。
思うに、連載形式でないとできない表現があるのだ。これは字数に関わらず、構造の問題である。
例えば、前編で提示した違和感や伏線を、後編で反転させるような「どんでん返し」。あるいは、読み手に一度区切って考えてもらうための「間」としての話数分割。または、語り手や場面を大きく変えるための「暗転」。
これらは単に文章量を分けた短編ではなく、「話数」という単位そのものを使った演出だと思う。もし一つの短編にまとめてしまえば、読者は流れのまま読み切ってしまう。そこで生まれるはずだった休符が消えてしまうのだ。
私は主に、自己満足のために書いている。他人を思いやるあまり、自分がしたい表現が禁じられるなんて──その出来はお察しかもしれないが──ストレスが溜まる。お菓子コーナーで駄々をこねる子供と同じである。こいつがウザいなら、保護者・店(運営)になんとかしてもらうか、透明人間だと思って無視するしかない。そんな自分勝手な理屈を、心の中でこっそり振りかざしている。
──と、ここまでが建前である。開き直っておいて何だが、全ての数話完結がそんな高尚な理由で分割されているわけでもない。単に「区切りがいいから」「投稿のタイミングを分けたかったから」、そんな理由で連載ものにしていることも正直ある。だからやはり、どこか後ろめたい。
ここまで書いてきて、私が読み手ならばイラついているだろう。「短すぎる連載ものを投稿すると後ろめたい」。それでいて、「他人を思いやって表現を変えるつもりはない」。
……じゃあこんなエッセイ書くなよ。それに、お前と同じような文字数で、同じように連載ものを投稿している作者さんは山のようにいる。勝手に罪状を押し付けるなんて、失礼だと思わないのか?
はい。
すみません。
以上は小賢しい予防線だが、他作者が良い悪いだのをここで論じるつもりはない。そもそも規約違反でないのだから、論ずるに値しない。私がわざわざ「問題」「罪」として、騒ぎ立てているだけなのだ。結局、私の心中にあるジレンマをどうにかしたいだけらしい。
このエッセイを書くのは、せめてもの自覚のためだ。自分が少しだけ得をしているかもしれない場所に立っていること。その足場が、他の誰かの作品を一つ押し下げているかもしれないこと。それを知らないふりをして書くよりは、分かっていながら書く方が、まだマシだと思いたい。
……いや、これすらも都合のいい理屈だろうが。結局のところ、私はワガママを通したいし、「良心」という名の何かも痛めたくない。その両方を同時に満たそうとして、こんな回りくどい言い訳を書いている。
いずれにせよ、私はこれからも短い連載ものを書く。私としては、露出度にわずかな差異があろうと、「本当に面白い小説ならば評価される」と思っている。そう信じることによって目を逸らしている。
ムッとした方がいらっしゃっても、見逃してもらえればありがたい。……もっとも、見逃されるためにこれを書いている時点で、やはり性質が悪いのだが。




