最終話 人生どう転ぶか分からないよな
事件から1週間くらい経った後。
俺たちの家に客が来た。
それは……
「どうしてもこちらの世界が気になりまして。来てしまいました」
ニコニコ顔の茶色の髪の女性。
リスリーの従姉。
セレーネさん。
どうも例の大量転移事件の転移者の中に、セレーネさんがいたらしい。
よく着ていた狩人風の衣装を今日は着ておらず、紺色の女性用スーツを身に着けている。
どうも国が用意したらしい。
大谷さんの話では、転移の魔法は半年は時間を開けないと再使用はできなかったはず。
だけど何かよく分からないんだけど、転移のスパンを半年も待たなくていい方法を大谷さんが見つけたらしいんだ。
技術ってものは進むもんだしな。
そういうもんなんだろう。
まあ、それはいい。
そんなことよりも
あの事件で転移して来た人間の数は50人近かった。
あの日、異世界に拉致された人数より多い。
どういうことなのかと思ったら。
このセレーネさんみたいな向こうの人と。
俺たちのクラス以外の既存の転移者の中で
日本に帰れるなら帰りたい。
そう言ってる人を受け入れたみたいなんだ。
どうせ帰るなら一気に行きたいもんな。
で、こうなった。
「姉様。こちらに来るなんて……」
リスリーは嬉しいのと
従姉がこの日本でどうやって生きていくのかが分からなくて戸惑っている様子だった。
今の俺たちは俺の実家に住んでるから「ウチに来てください」とは言えないからな。リスリーにしてみれば。
セレーネさんは
「リスリー、別にあなたの力は借りたりしないから」
そんな彼女の思考を読んだのか、そんなことを言った。
彼女曰く、転移後に住居を国に用意してもらってるそう。
その理由は……
彼女が国王からの親書を預かって来た人間だったから。
今のノーザリアの国王が
『自分たちの国がその構造的欠陥でレフィカルの暴走を許し、大変な迷惑を掛けたことを謝罪する』
そういう内容の親書を出したんだ。
で、そのための使者として彼女は立候補した。
二度と帰れないかもしれないことは覚悟の上で。
「そういうことだからよろしくねリスリー」
そう言って彼女は微笑み。
そしてこう言った。
「……こっちの世界なら、家督の問題なんてありませんから、私もどなたか殿方を探して結婚してみようかしら?」
そこからさらに時間が経った。
異世界の存在が明らかになり、そこに行くと魔法が習得できて、しかも日本人ならスキルが手に入る。
そのスキルを使えば、効果によっては人の死を無かったことすらできる。
そんな話が明らかになれば
自由にこっちと異世界の行き来が出来れば、何かとてつもないことができるのではないか?
そんなアイディアが湧いてくるのは当然だよな。
例えば人体欠損を治したり。
魔法で不治の病を治したり。
こっちの世界に無い新素材だって向こうにはある。
だからまあ、一気に進んだ。
向こうの世界とこっちの世界の両方から。
スキルも魔法もこっちの世界に持ち込めないのが良かったのかもしれないな。
それが無いから、向こうに侵略されるという危機感を持ちにくかったんだと思う。
およそ、10年だ。
最初の数年でまず、会話のようなことができるようになって。
10年経って……
「2038年に異世界ゲートが埼玉県にオープン予定、か」
自宅で。
俺は読んでた新聞を畳みながら、出発準備で忙しくしている妻のリスリーに
「準備もう少し掛かりそう?」
そう声を掛ける。
リスリーは末っ子の理子の着替えをリュックに詰めていた。
理子は3才で、オムツが外れ掛けているけれど、まだたまに洩らすので。
替えのパンツが欠かせない。
だったらオムツを穿かせておけよと思うけど。
本人が嫌がるんだよな。
勝手にオムツを欠かせないと思わないで欲しい、みたいな。
まだ洩らすくせに。
上の2人がオムツをしてないから、対抗意識を燃やしているようだ。
俺の言葉を受けて
「お父さん、見てないで正雄と正子にトイレが無いか確認をしてください!」
リスリーは少しテンパった声でそう言って来た。
かつては鎧を着ていた女騎士だった彼女は。
今は立派な女性用スーツ姿で、3児の母。
正雄は長男で俺たちの第一子で9才。
正子は二番目の子で7才だ。
正雄と正子は黒髪なんだけど、理子は金髪なんだよな。
確率的には相当低いらしいんだが、将来小学校に上がるときに奇異の目で見られないかがちょっと心配だ。
「分かった。やるから」
奥さんが切羽詰まると余裕なくなってああなるのは仕方ない。
いつもはああじゃない。
俺は2人の子供たちに近寄って
「しばらくトイレ行けないぞ? トイレは無いか?」
そう、すでに出発準備を整えているように見える2人に訊ねる。
2人は頷き。
9才の長男が
「お父さん、これからどこにいくの?」
そんなことを訊いてくる。
俺は長男の頭を撫でながら
「お母さんの実家」
そう言った。
この子たちには母親が異世界人とは言って無いんだよな。
面倒事が起きそうだと思ったから。
でも、普通に行き来出来る環境が出来つつあるならもういいかなと。
埼玉に来年の2038年に異世界との行き来を可能にする門ができるそうだ。
向こうの魔法技術と、こっちの科学の合作らしい。
よく分からないけど。
で、今日はそのプレオープンと言うか
関係者限定の先行公開みたいなもんだそうだ。
国からその案内状が来たので、俺たちは応募した。
ソウジに会いたかったのもあるけど。
向こうにいるお義母さんに、孫の顔を見せてあげたいと思ったのもある。
リスリーは喜んでたよ。
こっちに来たときは今生の別れと思っていたもんな。
「じゃあ俺、車を出して来るから」
今の俺たちは独立して、マンションに住んでて。
一応自家用車も持ってる身だ。
青色のワゴン車で、家族全員が乗れる車。
「じゃあ、行くか」
俺が運転席。
助手席にリスリーが乗り。
後ろの座席に子供たちが乗る。
車を出すため、サイドブレーキを降ろしながら
隣の妻を見ると。
彼女は微笑んでいた。
(ここに至るまで色々あったな)
出会いは最悪だったかもしれないけどさ。
そのせいで俺は、この最高の奥さんと結ばれることが出来た。
俺たちを拉致したあの男のことは今でも許してはいないけど。
アイツが暴走しなければ、この状況は無かったんだよな……
たまに思うよ。
世の中、どんな酷いことがあっても……それが良いことに繋がる布石で無いとは言い切れなくて。
その逆もありだって。
そう思ったから俺はあれからずっと苦しくても耐えることが出来たし。
良いことがあっても、調子に乗ることも無かった。
ホント、どう転ぶか分からないからこそ
人生は面白いんだよ。
<了>




