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リバーサル・コラプション  作者: 新渡たかし
第2章 ラ=カスティーユ編
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26話

 私の脳裏に、あの日の炎がよみがえる。


 あの日、私はキールの村を逃げ出した。

 兵士たちがやってきて、村に火を放ったのだ。


 兵士たちの狙いはメルロゥ姉さんだった。

 姉さんが出征に応じないと知り、キールの村を襲ったのだ。


 だけど、姉さんは逃げなかった。

 私に逃げるように言い、村の警鐘が打ち鳴らされる中、姉さんは炎の中に消えていった。


 私は姉さんを追いかけようとしたが、途中で怖くなって逃げ出した。

 転移魔法で逃げる途中、村の方を振り返ると空に浮かぶ姉さんの姿が見えた。


 それが、姉さんの姿を見た最後だった。

 村は、姉さんが放った人智を超えた魔法によって、兵士たちをも巻き込み跡形もなく消滅した。


 訳がわからずパニックになっていた私は、とにかく人のいる方へと街の灯を頼りに走った。

 村を出たことがない世間知らずな私は、初めに着いたその街が王都シュライクであるとは知らなかった。


 お金も食べる物も何も持ってなかった私は、王都で盗みを働いた。

 兵士たちに見つかれば捕まると思っていたから、他に仕方がなかった。

 転移魔法が使えるおかげで捕まることはなかった。


 子供の頃、姉さんに置いていかれないようにと必死で覚えたものだ。

 私は、魔法はこれしか使えなかった。


 そんなとき、1人の老紳士が声をかけてきた。


 彼は私の転移魔法を見て「素晴らしい! ぜひ、私のところに来ないかね?」と言った。

 とてもにこやかな笑顔の老人だったが、得体の知れない恐怖を感じて私は逃げ出した。


 もしかすると、親切心で声をかけてくれたのかも知れない。

 だけど、私は故郷の村が焼かれて誰のことも信用できなくなってしまっていた。


 このまま王都にいてもどうしようもないと思って、私は王都の外に姉を探しに行こうと思った。

 だけど、姉さんがどこにいるかなんて検討もつかなかった。


 孤独で泣きそうな夜を何度も過ごした。


 ふと姉が、賢者の石について話していたのを思い出した。

 姉は、賢者の石はきっと魔界にあり、それがあればあらゆる魔法が自由に使えると言っていた。


 姉はもしかすると、賢者の石を探しに魔界に向かったのかも知れないと私は思った。

 それに、元はと言えば魔族との戦争がなければ、私の村は焼かれることはなかったのだ。


 魔界に行くためには『ゲートの鍵』が必要だ。

 これも、姉から聞いた話だ。王城の宝物庫の中にあるらしい。

 私は王都を出る前に、宝物庫に忍び込んでゲートの鍵を盗むことにした。


 だけど、一度目にお城に忍び込んだときはすぐに兵士に見つかってしまった。

 私は転移魔法を使って兵士たちから逃げ続けた。


 途中マナが尽きてしまい、私は地面に放置されていた穀物保管用の布袋に咄嗟に身を隠した。

 息を殺し、兵士たちの足音が遠ざかっていくのを心臓の鼓動を抑えながら聞いていた。


 そんなとき、声をかけられたものだから私はショックで死んでしまうかと思うほどビックリした。

 そのときはじめて出会うことになった、クロウさんだった。


 クロウさんは見ず知らずの私に魔法のローブを渡してくれた。

 そのおかげで、私は兵士たちに見つかることなく無事に逃げることができたのだった。


 それから、私は2度目の侵入に向けて侵入ルートや逃走ルートを考えることにした。

 万全を期すために、私は冒険者のライセンスを手に入れようとした。


 冒険者は、大型の魔物討伐や賊退治の報告で王城内に出入りすることがある。

 冒険者のライセンスカードを付けておけば、王城内を歩いていても多少は怪しまれにくくなる。


 でも、冒険者ギルドに1人で入るのが怖くてどうしようかと思っていたら、ギルドから出てくるクロウさんを偶然見かけたのだ。

 後をつけて仲間にしてもらえるよう頼んだが、結果はダメだった。

 おまけになぜかお金をたくさんもらってしまった。


 私は冒険者のライセンスカードは諦めて、意を決して盗みに入った。

 魔法のローブのおかげで兵士たちには見つからずに宝物庫に入ることができた。


 宝物庫に入ると、姉に聞いていた通りの物が置かれてあったので、すぐにわかった。

 しかし、脱出する際にあのサルコジという騎士に見つかってしまったのだ。


 魔法のローブを着ていたのだが、彼には通じなかったようだ。

 だが、目当てのものは手に入れたのであとは逃げるだけだ。


 転移魔法で逃げる途中で、またクロウさんに出会った。

 どうしてクロウさんはいつも私を助けようとするのだろう?


 私には転移魔法があるから1人でも逃げられるのに。

 余計なことはしないでほしいと思った。


 結局私は促されるままに、彼を見捨てて逃げてしまった。

 あの時も、今回も、私は逃げてばかりだった。


「1人で逃げろ」

「でも!」

「いいから! 早くしろッ!」


 彼の戦う姿を尻目に転移魔法で城壁を飛び越え、そのまま東へ東へと走り続けた。

 私が彼に協力すれば、2人とも逃げられたかも知れない。

 けれど、私は怖くなって結局は逃げ出したのだ。


 一度も振り返らなかった。

 あの後クロウさんがどうなったのか、私は知らない。

 私は薄情な人間だった。


 兵士に追われる私は、途中森の中へと逃げ込んだ。

 魔物の出るという森の中は恐ろしかったが、兵士たちに追われるよりはマシだった。


 森の中を何日も歩き続けると、森の中に民家が見えた。

 疲れ切って半ば自暴自棄になっていた私は、その家の玄関先に倒れ込んだ。

 そこで、そのまま意識を失ってしまったのだった。


 倒れた後で気がつくと、私はベッドに寝かされていた。


 民家の住人はテリエンヌとカイゼルと名乗った。

 2人ともとても親切な人たちだった。


 介抱された私は回復し、2人にお礼を言って旅立った。

 宿代だと言ってお金を渡そうとしたが、「女の1人旅はなにかとつらいだろう。取っておきな」と言われ受け取られなかった。


 その後、私はエルフの国方面へと向かった。

 フリード王国の関所の方へ向かうと、また兵士たちに追われるかも知れないと思ったからだ。

 さすがに他の国までは、彼らも追っては来れない。


 エルフの国からは、坑道を通ってドワーフの国に行ける。

 ドワーフの国から船に乗れば、クロウさんが言っていた東国に逃げることができる。


 それでしばらくは安心だろうけど、姉さんをどうやって探せばいいかはわからない。

 冷静に考えると、鍵があってもゲートの場所まで私1人で行くことはできない。

 ゲートまでの道筋には当然王国の兵士もいる。

 あまりにも無謀だった。


 私は、ゲートの鍵さえ持っていれば姉さんの方から私を探しに来てくれるのでは、と思考を切り替えた。

 姉なら鍵なしでも魔界に行きかねないが、そもそも何を考えているのかよくわからない人だ。

 私の想像は見当違いかも知れない。


 危険を冒して無闇に探し回るよりも、ただ待っていたほうが良いと思った。


 そうして私は、エルフの国にあるドワーフの坑道の入口前まで来た。

 だけど、坑道の入口はエルフの兵士たちが見張っていた。


 エルフの兵士たちは、私を捕まえることはしなかったが坑道の中には入れてくれなかった。

 私は坑道の入口前で、どうしようもなく立ち尽くしていた。




 ◆




 朝になり、俺たち4人はテリエンヌの家を後にする。

 ラフィーは昨夜遅くまで飲んでいたようで、起こすのが大変だった。


「また近くを通るときはいつでも来ていいわ」

「ああ。ありがとな、テリエンヌさんにカイゼルさん」

「世話になったぞ」

「ご飯おいしかったです」

「また飲みたくなったら邪魔するわぁ」


 テリエンヌに「あんたはもう来なくていい」と言われ、ラフィーは軽く手を振って応える。


「さて、それじゃあエルフの国に向かいましょうか」

「しかし、当然のようにお前もついて来るんだな」

「あら、私はそんなに薄情じゃないわよ」

「ラフィーお姉ちゃん、これからよろしくね!」

「あらぁ~、うれしいわねぇ。本当いい子だわ」


 パーティにラフィーを加え、俺たちは旅を続ける。

 ミリエルとラフィーは道中騒がしかったが、メイファは静かだった。

 まだ少しラフィーに対する警戒心が残っているようだ。


「メイファ、平気か?」

「……なんだ? お主が我の身を案じるとは珍しいこともあったものじゃ」

「いや、無理してないならいいんだ」


 メイファとしばらく行動をともにしていてわかったことがある。

 こいつは無理をしすぎる。しかも、それを表には決して出さないのだ。


 森の中を北に抜けると、東西に走る大きな街道に出た。


「ここからはもう道なりに行けば着くわ。

 エルフたちが素直に話を聞いてくれるといいのだけど」


 街道を西へとしばらく歩いていると、突如赤と緑の光が迸った。


「ファイアランス!」

「ウィンドカッター!」

「うおっ!」


 炎の槍と風の刃が迫る。

 不意に攻撃を仕掛けられた俺たちは回避の構えを取るが、攻撃は威嚇のようだった。

 魔法は俺達の前の地面に着弾した。


 魔法が発射された場所には、黄色い髪で色白のエルフと緑色の髪で褐色のエルフが立っていた。

 エルフというのはみんなこう血の気が多いのだろうか?


「俺たちは旅のものだ! 怪しいものじゃない!」


 俺は手を上げて、声を張り上げ釈明する。

 すると、魔法を仕掛けてきた方からも大きな声が聞こえた。


「バッカモン! 攻撃を許可した覚えはないぞッ!

 そこに並べ!!」

「「サー! イエッサー!」」


 俺たちを魔法で攻撃してきた2人のエルフは、軍服を着た上官らしき人物に並ぶよう指示される。

 直立の姿勢で並べられた彼女たちを、突如鉄拳制裁が襲った!


「ぶべらっ」「おぐふっ」

「よし! その場で腕立て100回ッ! 急げ!」

「「サー、イ……イエッサー!」」


 その場で目に涙を浮かべながら腕立てを始める2人。

 よく見ると、黄色い髪の子の方はかなりトロそうな感じだった。

 腕立てがまるで様になっていない。

 もう1人の緑髪のボーイッシュな子の方は割と平気そうだ。

 そんな2人を尻目に、上官らしき軍服エルフがこちらへ歩いてくる。


「人間とは珍しいな。このエルフの国へ何をしに来た?」

「いや、エルフの国に用があるわけじゃないんだ。

 ドワーフの国から船で東国に渡りたい」


 俺はキルフラムと名乗る褐色の肌のエルフに事情を軽く説明した。

 もちろん、重要なところは伏せておいた。

 だが、東国に渡るのにエルフの国を経由している時点で訳ありなのはバレてしまっているようだ。


「ふん……どうやら人間の国でなにかしでかしたようだな。

 ふぅむ。ところで貴様たち、なかなかできるようだな?」

「……と言うと?」

「ああ。実はな、ドワーフの坑道の奥に化け物が出るようになったらしい。

 臆病なドワーフ連中は鉱石を掘る作業を中断してしまっている。

 誠に遺憾だ。このままでは私が閣下にお叱りを受けてしまう」


 エルフの国はノルマとか厳しいタイプなんだろうか。

 中間管理職もいろいろとつらいんだろうな。


「つまり、俺たちにその化け物を退治しろと?」

「無理にとは言わん。ただ、そういった事情だ。

 旅の者に坑道を通る許可はなかなか出ないだろうな」


 キルフラムは、暗に化け物をどうにかしなければここで足止めを食らう羽目になると言っているようだ。

 俺たちの旅はそれほどゆっくりとはできない。

 他に道がないなら、条件を飲むことも考える必要がありそうだ。


「ドワーフの国へは坑道を通るしかないのか?」

「うむ。臆病なドワーフ共は洞穴の中に国を構えている。

 坑道を通る以外に東へ向かう道はない」


 そこまで聞いて、俺は仲間たちとどうすべきか相談させてもらった。


「参ったな……どうする?」

「あら、私は賛成よ。化け物退治、おもしろそうじゃない」

「あぶないよクロウ。大人しく待ってたほうがいいよ」

「我はクロウに任せる」


 賛成1、反対1、中立1か……。

 完全に俺の意見次第だな。

 ……よし、決めた。


「一度様子見がてら見に行ってみるか。

 ダメそうだったら戻ればいいし」


 ただ待っているというのも性に合わない。

 俺は一度中を見に行くことにした。

 ミリエルには外で待っててもらうとして、俺にラフィー、メイファがいればそうそう危険なことはないだろう。


「坑道の入口はどこにあるんだ?」

「ここからすぐ近くだ。案内しよう」


 俺たちはキルフラムに案内され、坑道の入口に向かった。




 ◆




 ドワーフの坑道の入口までやってきた。

 坑道の入口はエルフの兵士によって守られている。


 その坑道前に立ち尽くす人物が1人見えた。

 俺はその姿に見覚えがあった。

 それは、シャルだった。


「――シャル! シャルじゃないか!」

「……クロウさん!? どうしてここに?」


 こちらに振り向き驚くシャル。

 俺はこれまでの旅の経緯を説明した。


「そうですか、クロウさんもお尋ね者になってしまったんですね。

 騎士団に刃向かっちゃったわけですもんね。

 私なんかのせいで……」

「いいや、気にしちゃいないさ。

 それより無事に逃げ出せていたみたいで安心したぜ」

「クロウさん……」


 メイファが「この娘は何者なのだ?」と、なにか妙に圧を感じる風に聞いてくる。

 まあ、こうポンポンと知らない人間が増えるとしょうがないのかも知れない。


 俺は初対面の3人にシャルのことを紹介した。

 シャルはおずおずと名乗っていた。

 かなりの人見知りなようだ。


 一通り自己紹介を終えると、シャルは困惑したような、なにかを嘆願するような顔で俺を見た。


「なんだ? またなにか困ってんのか?」

「実はドワーフの坑道内に入りたいのですが、それにはエルフの国の許可が必要で……。どうしたものかと困っていたんです」

「そうなのか。実は俺たちもこれから坑道の中に様子を見に向かうんだが、一緒に来るか?」

「本当ですか? ぜひご一緒させてください」

「ただ、今は坑道内に化け物が出るらしい。危険だからいったん外でミリエルと待っていてくれ」

「でも……」

「いや、本当に危ないかも知れないからな」

「わかりました」


 シャルは仕方なくといった表情で俺の指示に従った。

 さて、どういう段取りで行こうかと考えていたとき、メイファが話しかけてきた。


「のうクロウ」

「なんだ?」

「あのシャルという少女、なにやら怪しげではないか?

 なにか隠しておる気がするぞ」


 まあ、たしかにメイファの言う通り謎多き少女ではある。

 彼女が追われる事情もまだみんなに話してないしな。

 疑念を持たれるのも当然と言える。


「彼女もフリード王国に追われる人間の1人だ。信じてやってくれ」


 俺も彼女の事情をすべて知っているわけではない。

 いずれシャルが自分から話してくれるときがきっと来るだろう。

 メイファは不承不承といった感じではあったが、とりあえず追求をやめてくれた。


「さて、じゃあ洞窟探検といきますか」

「遊びじゃないんだよクロウ。気をつけてね」

「わかってるさ」


 坑道の外で待つことになったミリエルは、やはり心配そうにしている。

 俺は大げさに腕を広げて、不安を払拭させようとアピールする。


「大丈夫だって! 危なくなったらすぐ逃げて帰ってくるからな」

「じゃあ、そろそろ行くわよクロウ」


 坑道内から漏れ出てくる湿気で、若干髪が跳ね返りつつあるラフィー。

 剣を素振りして感覚を確かめている。

 準備は万全のようだ。


「化け物を退治してもらえれば、エルフの国はそなたらを歓迎するだろう。

 手の打ちようがなければ、逃げ帰ってくるといい」


 キルフラムは少し嫌味っぽく発破をかけてきた。

 言われるまでもなく逃げるさ。

 俺たちには重要な目的があるんだ。

 こんなところで死ぬわけには行かない。


「よし、行こう!」

「うむ」

「何が出てくるか、楽しみねぇ」


 俺とメイファ、ラフィーは坑道の中へと歩みを進めた。


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