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リバーサル・コラプション  作者: 新渡たかし
第1章 フリード王国編
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25話

 俺たちはエルフの国に向かって、北へ北へと森を歩き続けた。

 深夜から朝方の森の中はとても冷える。

 日が落ちると、夜が明けるまでの間は焚き木の火を囲い身を寄せ合って過ごした。


 食事は森の動物や木の実、野草を採って食べる。

 俺の身体の本来の持ち主であるウルフのサバイバル知識のおかげで、食事にはまるで困らなかった。


 俺やメイファは、こんな森の中での生活でもまるで問題がない。

 しかし、ミリエルは……。


「大丈夫、全然元気だよ。クロウもちゃんと休んでね」

 気丈に振る舞ってはいるものの、顔には明らかに疲労の色が見えていた。


 森の中を歩き始めてから1週間ほど経った頃、森の中に民家が見えた。

 簡単な柵が設けられており、中には小さな菜園もある。

 人が暮らしていると見ていいだろう。


「ちょうどいい。道を聞きがてら、少し休ませてもらおう」


 俺はようやくミリエルをちゃんとしたところで休ませることができると、ほっと安堵していた。

 一応、俺は窓からそっと中の様子を窺う。

 しかし――――。


「……誰もいない?」


 そう思った瞬間だった。――――ビュワッと風をきる音がする!

 背後から槍の柄を打ち付けられそうになるのをなんとか受け止めた。

 槍を振るっていたのは、少しウェーブがかった赤い髪の気の強そうな女性だ。


「何者だ!? 怪しい奴め!」

「ち、ちがっ……俺たちは」

「おい、テリエンヌ。まだ子どもだ。離してやれ」


 槍を俺に打ち付けたテリエンヌと呼ばれた女性の後ろから男性が現れる。

 その男に続いて、近くで待たせていたミリエルとメイファもその場に現れた。

 男と俺たちの様子を見て、テリエンヌはようやく槍を収める。


「……なんだい、訳ありって感じだね」

「まあ、立ち話も何だな」


 男はそう言って家の中に入る。

 テリエンヌは一度俺たちを見回すと身を翻し、首をくいっと振って付いてくるよう促した。


「中に入んな。そんなとこで突っ立ってると風邪を引くよ」


 俺たちは促されるまま、2人のこじんまりとした家の中へと招かれた。




 ◆




 家の中は小綺麗にされていて、慎ましやかだが調度品なども置かれている。

 広くはないが良い家だなと思った。


 普段2人で使っているであろう丸テーブルの周りに人数分の椅子が並べられ、俺たちは強引に座らされた。

 俺たちはそこで、2人に事情を打ち明けた。


「なるほどな……。教団に追われてか。

 俺はカイゼル、元傭兵だ。

 こいつはテリエンヌ。俺の女房さ」

「まだ信用したわけじゃないが、いいさ。悪い子たちじゃなさそうだ。

 しばらく泊まっていくと良い」


 テリエンヌという女性が結んで束ねていた髪を下ろすと、そこに長い尖った耳があらわになった。

 それを見て俺は驚く。


「……エルフ!?」

「なんだい、そんなにアタシの長い耳が珍しいのかい。

 人間の国じゃあ、エルフはもういなくなっちまったのかねえ」



 思わぬところでエルフの女性に出会った俺たちは、夜になると酒が入った2人に付き合わされることになった。

 ミリエルとメイファには当然酒は飲ませられないが。


「エルフは寿命が長いからねえ。こいつは5人目の旦那ってわけさ」

「そういうこった。いったい今年でいくつなんだか……」

「おい、アンタ。それは言わない約束だろう!」


 テリエンヌがカイゼルをグーで殴る。

 カイゼルは顔に拳の後をつけながらも、さも愉快そうに豪快に笑う。

 いつもこんな感じでやり取りをしているのだろうか。

 なんとも微笑ましい限りだ。


 ミリエルはもう眠いようで、うつらうつらとしている。

 顔色はここに来る前より随分とよくなった。


「それで、エルフの国へはここからどういう道のりなんだ?」

「なんだいアンタら。あんなけったいな国に行こうってのかい。

 あんまりオススメしないがねえ……」


 エルフの国と聞いて、テリエンヌは露骨に嫌そうな顔をした。

 そして、少々頭をフラフラさせながらも、道のりを思い出そうとしてくれていた。


「北東の方角に3日も進めば、森を抜けて街道に出るよ。

 そこからは……えーっと、ずっと北に進むんだっけ?」

「こいつ随分ご無沙汰にしてるからって、自分の国の位置さえ覚えてねえのかよ。

 勘弁してくれよまったく。ボケるにはまだ早いぜ」


 テリエンヌの説明は間違っているらしく、カイゼルがすかさずツッコミを入れる。

 怒ったテリエンヌから殴る蹴るの暴行を受けながら、カイゼルは至極愉快そうに笑っている。

 ドMなのだろうか……?


「の、のうクロウ。ああいうのが男女の愛情表現というものなのじゃろうか?

 我もやってみた方がよいかのう?」

「……あれはかなり特殊なやつだと思うぞ。

 というかメイファ、お前もしや俺を殴る気なのか?」

「ちょ、ちょっと聞いてみただけじゃ! 我はもう寝るぞ!」


 この場に満ちる酒気に煽られたのだろうか?

 少し様子のおかしいメイファは怒ってそそくさとベッドに向かってしまった。


「そういえば、ちょっと前にもここを通った子がいたねえ。

 なんて名前だったっけ……えーっと確かセ、シェ、シェリーヌ?」

「おいおい頼むぜほんとに。つい数日前のことだろうが。

 シャルだよ、シャルちゃん」

「ああ、そうだっけ……」

「――――え、シャルだって?」


 酒のせいかあまり頭が働いておらずうっかり聞き逃しそうになったが、俺の耳はたしかにシャルという名を聞いた。

 一瞬で酔いが醒めて、頭に血が巡り始める。


「なんだい、アンタ知り合いかい?

 いやー世界は狭いねえ」

「シャルはどこに?」

「いやあ……どこに向かうかまでは聞かなかったねえ。

 ただたしか、なにか石を探してるとか……言ってなかったっけ?」


 騎士団のヒューズが言うには、シャルはフリード王国の『ゲートの鍵』を奪って逃走したということだった。

 ゲートの鍵……おそらくクリプトの言う魔界への道の1つ、山のゲートの開くためのものだろう。


 石というのはもしやキーストーンのことなのか!?

 もしかしてシャルは魔界に向かおうとしているのでは――――。


 すると、そこへ玄関扉の方から物音がした。

 俺たちはみな、すぐにドアの方を見る。

 そこに現れたのは――――。


「はぁい、ごめんくだ……あれえ? クロウじゃないの!?」


 玄関扉を開けて出てきたのは、まさかのラフィーだった。

 服はところどころ破れてボロボロになっている。

 頭だってボサボサだ。松ぼっくりどころの騒ぎではない。

 まるでウニか……いや栗だろうか。


「ラフィー! 生きてたか!

 まあお前がくたばるとは夢にも思わなかったが」

「なんだい、また知り合いじゃないかい。

 ほんと、つくづく世界は狭いわねえ」


 どうやらテリエンヌとラフィーは旧知の仲らしい。

 たしかに、約束してもいないのにこうも知り合い同士が集まることはそうそうないだろうな。


「あら、テリエンヌ。もう随分出来上がってるみたいじゃない。私の分は残ってないの?」

「あるわよ。好きなだけ飲みなさぁい。……ひっく」


 ラフィーが豪快にドカッと空いた席に座ると、俺はここまで来た経緯を尋ねる。


「どうやってここまで?」

 ラフィーは「ん、ぅんー!」と喉を鳴らして、先にジョッキらしきものを一杯煽ってからゆっくりと話し始めた。


「あの後魔物を細切れにしてやって、真っ直ぐ東に向かってたんだけどぉー……。

 途中でクリプトっていうバンダナを巻いた変なやつ、あれアンタの知り合い? ちょっと趣味が悪いわよねー。

 そいつにアンタたちが北のエルフの国に向かったって聞いたもんだから、急いで追いかけてきたのよ。

 そしたらちょうどこの辺りに知り合いがいることを思い出してぇ……。お酒もしばらく飲んでなかったしー。

 そんでついでだから立ち寄ろうかと思ってねぇ。ひっく」


 まだ座ってから1分も経ってないのだが、まるでもう酔っているかのようなラフィー。

 酒好きなようだが、回るのは早いのか……?

 魔物との戦闘について軽くそう言うが、ラフィーの身体には死闘の跡が見える。

 ここに来るのはそう簡単なことではなかっただろう。


「よく無事でいてくれたもんだ」

「なによ心配してくれてたのぉ? 私があんなのにやられるわけないでしょお」

「ラフィーさんがいつも通りで、僕も安心したよ」


 うるさいのが来て目が覚めたのか、ミリエルも会話に入ってきた。


「あらぁミリエルぅ……アンタ、前にラフィーでいいって言ったでしょ!

 ラフィー()()とは何よ、()()とは!!」


 あーあ、言わんこっちゃない。

 ラフィーに面倒くさい絡まれ方をするミリエルだったが、そこにはいつものキラキラとした笑顔が戻っていた。


 散々ミリエルのことをイジると、ラフィーはこちらに向き直り話を戻した。


「クリプトは東に向かうって言ってたわ。

 あの親子とデカい盗賊……ゴンザレスだっけ? 彼らを東の街に届けたら、ジャックとレヴィちゃんを連れて一度王都に戻るそうよ。

 あと、ビクトールはなんか自力で妖精の村に戻っていったわ。あの分なら心配するまでもないわね」

「そっか、みんな無事みたいだな」

「うん、それを聞いて安心したよ。ラフィーお姉ちゃん」


 お姉ちゃんと呼ばれてラフィーは色めき立つ。

 ミリエルを抱きしめてわしわしと頭を撫でている。


「あらぁ、この子すごくいい子ねぇ。

 ねえクロウ、この子私にくれないかしら?」

「あーうん、いや、子供はもう寝る時間だからな。

 ほらミリエル、ベッドが空いてるからもう休むんだ。

 まだエルフの国まで結構歩くからな」


 まこと酒飲みというのは厄介だ。

 俺はミリエルを酒乱の魔の手から引き剥がし、ベッドに連れて行った。

 メイファはと言うと、もうすやすやと寝息を立てていた。


 俺はミリエルをベッドに寝かせる。

 すぐにうつらうつらとして、夢の世界に誘われるミリエル。


「こうして寝顔だけ見ていると、2人とも本当にまだ子供だな」

「……クロウよ、我は子供では……ない」


 俺の言に寝言で反応するメイファ。

 やれやれと思いつつ、俺もラフィーとテリエンヌたちが騒ぐのを尻目に眠りについた。


 明日の朝には、エルフの国に向けて旅立つつもりだ。

 旅路は長く、前途は漠然としている。

 俺達の冒険はまだこれからなのだ。


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