19話
あれから盗賊たちに引き連れられてしばらく歩き続けると、森の中の開けた空間に小さな集落が見えた。
どうやらここが、ゴンザレスたちの住処のようだ。
「着いたでがす。おぉーい、みんなぁー!!」
ゴンザレスは大きな声を上げながら、住民たちに手を振る。
ぽつりぽつりと住民たちが姿を現すが、やはり皆みすぼらしい出で立ちで浮かない表情の者が多い。
みな一様に痩せ細っていて、栄養状態の悪さが窺えた。
「みんなに紹介したい人がいるでがす。こちらにおわすのはおでの命の恩人で、おでが以前いた盗賊団『荒野の狼』のお頭でがす。
これからは、こちらのお頭にリーダーとして村を率いてもらうでがす」
予想はしていたことだが、やはり集落の人々の反応は悪い。
そりゃそうだ。いきなり出てきた素性の知れない者にリーダーを任せるなどと、疑問を感じないほうがおかしい。
実際戸惑ったり、ひそひそとよからぬ話をしている者も見受けられた。歓迎されているとはとても言い難い。
その中から若い青年が1人歩み出て言った。
「この不作で食うに困っている状況でさらに人を増やしていったいどうするつもりだ!?
最近は大征伐が近いからって、他の村からの援助も期待できないんだぞ!
俺たちだけで何とか切り抜けるしかないんだ! 今の現状を分かっているのか!?」
「それは……分かっているでがす。でも、お頭がいればきっと何とかしてくれるでがす!」
青年の強い語気に当てられ、しょげ返り小さくなるゴンザレス。
おいおい、そういうことかよ……。
いくらなんでも他人に期待しすぎだ。
俺1人の力なんてたかが知れている。
ゴンザレスと村の人間とが言い争っている間に、俺は仲間に今の世界の情勢について尋ねた。
「なあ、さっき言ってた大征伐ってのはなんだ? どうしてそれが近いと生活が苦しくなるんだ?」
「大征伐っていうのは、魔族討伐の遠征のことだよ。
征伐の中でも特に大きな国を上げての一大イベントで、フリード王国では定期的にキャンペーンをして人や物資を集めるんだ。
おそらく生活が苦しくなるのは、大征伐に向けて騎士団や教団が物資や人手を徴発するためだろうね」
「ふーん……戦争のための準備ってわけか」
きっと俺がいた世界でもこういったことは起きていたんだろうな、と思った。
ミリエルの説明にジャックが補足を入れた。
「こういった状況は珍しいことではありませんよ。
おそらくここの人たちは他所から逃げてきたのでしょう。
魔物によって壊滅した村や口減らしから逃げてきた者、まともに働けない者、罪を犯した者、そういったなにか事情のある人間たちが集まって自然と集落ができるも、背に腹は変えられずに結局は盗賊に身を落とす……実にありふれたこの世界の日常ですねェ。イヒヒッ」
ジャックはまるで見てきたかのように淡々と説明した。
おそらくジャックも、王都に来る前はそういった事情を抱えていたのだろう。
俺の心はまたも世の理不尽に対する怒りが支配していた。
先ほどの青年の言に堰を切られたかのように、住民たちはみな口々に不満を言っていた。
ゴンザレスは宥めようとするが、焼け石に水だ。
そんな折、意外な人物が俺たちの背後からこの場に闖入してきた。
「お取り込み中のところ失礼するわ。そこにいるボクがミリエル司教ね?
悪いけどお姉さんと一緒に来てもらうわよ」
どこかで聞いたことのある声に驚いて振り返る。
直刀を手に意気揚々と現れたのは、冒険者ギルドで出会った女剣士ラフィーニャだった。
そして、その影に隠れるようにもう1人……あれはレヴィだ!
「おい、今かなり面倒な状況なんでな。ちょっと遠慮してもらえるか?」
俺はラフィーニャに対しぶっきらぼうにそう述べる。
「あら、今王都で絶賛話題沸騰中のお尋ね者のクロウもいるじゃない? なんだか久しぶりねえ」
「あの、その、クロウさん……お久しぶりです」
「い、いったい誰でがすか?」
すると、俺の隣りにいたジャックがなにか気づいたようにポンッと手を打って、実に商人らしい態度でもってラフィーニャに声をかけた。
「いやいやいやいやァー、これはこれはどうも! ラフィーニャさんじゃあないですか!
まさかまさかこのような所でお会いするとは、夢にも思いませんで! んんぅー⤴︎
人の縁とは奇妙なものでして、ええ! 私はうれしいッ!
近頃お店に来られないものですから、どうしておられるだろうかと、うん、思っていたのでございますよぉー⤴︎⤴︎」
「ハーイ、ジャック! 久しぶりね。元気してた?」
どうやら知り合いだったらしい。
ジャックは恭しくラフィーニャに挨拶した。
どういう関係か気になってジャックに尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「ラフィーニャさんはうちの常連さんなんですよォ」
「えっ……ジャックの店の常連ってお前まさか?」
「ちがーうーわよー!! 私は王都ではなかなか出回らないお酒を安く仕入れてもらってるの!
変な物なんて買ってないんだからッ!」
なんだ酒か。
アッチ系やコッチ系なら面白かったのに、期待外れだった。
……しかしまあ、俺もふざけてる場合じゃなさそうだな。
「クロウ、あの女剣士……かなりできそうであるぞ。
ゆめ油断するでないぞ」
メイファが俺に気を引き締めるよう忠告する。
「ああ、わかってる」
俺もラフィーニャが発する闘気は肌でビリビリと感じていた。
「どうやら教団はミリエルを探すために冒険者まで雇ったみたいだな」
「そんな……! スラムのみんなは大丈夫なんでしょうか!?」
王都の現状に不安を隠せずに青ざめるミリエル。
しまったな、不安にさせるつもりは毛頭なかったのだが。
なんと声をかければいいやら逡巡していると、それまで遠慮がちにしていたレヴィが声を上げる。
「あの、その、それはきっと大丈夫だと思います。騎士団もスラムを見張っているので、教団もあまり目立った動きはできないでしょうし……人々の評判が悪くなることを何より避けたいのが教団という組織ですから」
「そっか……うん、そうだよね。ありがとう。きっとみんな無事だよね!」
「そうよねえ。教団の連中もわざわざ騎士団に目をつけられて、痛い腹を探られるような事態は避けたいでしょうし。
教団としては動きにくいわけよねえ。だからこそ、アタシたちみたいな冒険者にまで依頼が来たってことかしらね」
ラフィーニャが状況を的確に分析してみせる。
俺はラフィーニャの言に首肯すると、今の状況で真っ先に疑問に思うべきことを尋ねた。
「なるほどな……ところで、よくここがわかったな?」
「あーそれはねえ……」
ラフィーニャはチラッとジャックの方を見た。
視線を向けられたジャックはきょとんとした顔をする。
「冒険者ギルドで教団の依頼を受けた後、手がかりを探して王都の街中をうろついてたんだけど……偶然ジャックの乗った馬車が東門から外に出ていくところが見えてねえ。
こんな状況だし、これは何かあるわねーと思ってたらビンゴ!
ついでに盗賊のアジトまで見つけちゃうなんて、サイッコーにツイてるわねえ」
ラフィーニャはくすくすと笑い、自分の読みが完全に当たったことに悦に入っていた。
「なるほどな、街を出てからずっと尾けられてたってわけか……。
くっ、あんなボロ馬車でなけりゃあな。それで、レヴィはどうして?」
自分に矛先が向かい、ビクッと緊張した面持ちを見せるレヴィ。
「ぼ、僕は……」
「アタシは報酬狙いだけどぉー、この子はあなたが心配でついてきたのよ」
口ごもるレヴィに代わり、ラフィーニャが答える。
「俺を? ただの冒険者仲間の俺にどうしてそこまで……」
レヴィとは冒険者として何回か依頼をともにした仲だ。
それなりに信頼関係は築けていたが、親密とまでは言い難い。
まだ俺はレヴィの素性に関しては、ほとんど何も知らないのだ。
俺の疑問に、またしてもラフィーニャが代わりに答える。
「そ、それは……」
「あら、クロウったら知らないのぉ?
この子、これでも王都で4人しかいない宮廷魔導士の1人よ。本人は隠してるけどねー。ギルドのベテランならみんな知ってるわ」
「ら、ラフィーさん!」
秘密を暴露されたことに猛抗議するレヴィ。
しかし、ラフィーニャは気にも留めず口笛を吹く始末だった。
……レヴィが宮廷魔導士の1人だって!?
あのヒルデと同じだって言うのか?
でも、だとすると俺を追ってきた理由にも少しは合点がいく。
レヴィも同じ宮廷魔導士だとするなら、騎士団の人間しか知らないような内部事情に詳しくても不思議じゃないわけだ。
おそらく他の宮廷魔導士から俺の話を聞いて、もしやと思って心配して来てくれたのだろう。
多分、他の人間には告げずに。
「さて、そうなるとお前の狙いは俺とミリエルの両方というわけか?」
「ええ、ついでにこの盗賊団を摘発して報奨金が貰えれば言うことなしね」
俺はラフィーニャの前に静かに歩み出る。
「そうはさせない」
「あら……抵抗すると、早死することになるわよ」
一陣の風が吹き、緊張した空気が場を支配する。
戦いの気配だ。




