11話 メイド服の少女【改訂】
俺の怪我はミリエルの治療のおかげで、数日のうちにすっかり良くなっていた。
ミリエルは手当に関して本当に手慣れているし、温厚で人懐っこい人柄からスラムの皆に好かれている。
そんなわけだから困り事がある人がしょっちゅうここを訪れていた。
俺はマグメルさんの家事を手伝いながら今後のことを考えた。
しばらく王都を出られそうにないから、ここで世話になるよりほかにない。
冒険者ギルドに顔を出すわけにもいかない。
これからどうしたものかな。
「ねえクロウ、ここでの暮らしはどう? 気に入った?」
「ああ、もちろん。ミリエルとマグメルさんはもちろん、スラムのみんなに良くしてもらってるからな。ミリエルのおかげさ」
「よかった。クロウがよければずっと居てくれていいからね」
そう言って微笑むミリエルはスラムに咲く一輪の花のようである。
ミリエルを見ていると、俺はいつも自分のことばかりでどうにも気恥ずかしい思いがして頭を掻いた。
休日の朝になると多くの人が、ミリエルの暮らしているこの決して大きくはない住処に続々とやってくる。
そうしてささやかな礼拝を開いて神に祈りを捧げた後、ミリエルはスラムの人々と交流する。
「ミリエル先生、あのね、ここの問題がわからなくて」
「先生! じっちゃんの腰がまた悪くて……」
「先生のおかげで息子も思い直したようで、最近はすっかり元気になりました。
ありがとう、本当にありがとうございます……」
子供から老人まで本当に様々な人が訪れる。
ミリエルは司教ではなく先生と呼ばれている。
教会の司教としてではなく、より身近な存在として人々の助けになっているようだ。
ミリエルはよく「みんなに希望を持ってもらうことが僕の務めなんだ」と言っている。
実際に、分け隔てのない愛と高潔な精神はスラムの人々の希望となっていた。
「俺も救われちまったな」
ミリエルと生活するうちに、俺も街の人たちと交流するようになっていた。
「おぉークロウさん、だいぶよくなったねえ」
「あ、どうも。荷物運ぶの手伝いますよ」
「力仕事のできる人がいて助かるねえ」
街の人の荷運びを手伝ったり。
「家の玄関が近ごろ開きにくくってなあ」
「任せてください。このぐらいなら簡単ですよ」
「兄ちゃん、手先が器用だねえ」
扉の錠を修理したりした。
「クロウさんがいてくれてえらい助かりました。おおきに」
「大したことはしてないですよ」
そんな平和な日常が続く。
だからこそ、俺はここを早く離れないといけないと決意した。
この平和が俺のせいで台無しになる前に。
昼に水汲みを頼まれたときのことだった。
スラムの人通りの少ない路地を歩いていて、あたりが急に暗くなったと思うと霧に包まれていた。
「さっきまで晴れていたのに……」
王都内で霧などはじめて見る。
スラムの路地とは言え、ましてや市街地だ。
それに前が見えないほどに濃い。
奇妙な現象だった。
「いったいどうなってるんだ?」
「――動くな」
不意に背後から投げかけられた声に俺はぎょっとする。
首だけ後ろに向けると、メイド服姿の銀髪の少女が立っていて俺の首筋に短剣を当てていた。
まるで気配を感じなかった。
「だ、誰だ」
「我はメイファ。お主がクロウだな?」
年は10代前半ぐらいだろうか。
その割には随分と手慣れているように思える。
俺は短剣を当てられたまま、通りからさらに細い路地裏の方へと歩かされた。
「ま、待て。なにか誤解があるんじゃないか?」
「白を切るか。ジベール様の仇め……覚悟!」
首筋の短剣に力が込められる。
ま、まずいぞ。
予想はしていたはずのことだが今になってやってくるとは。
「ん……待てよ、ジベールと言ったか?」
「いかにも。お主が卑劣にも手にかけたジベール様は我が主だ」
暗殺組織の人間ではないのか。
不意を突かれたことを悔やんだが、この状況は勘違いによるものだ。
よって――。
「ま、待て。話せばわかる。俺はジベールさんを殺していない」
首だけ後ろに向けた体勢のまま少女に釈明する。
「ふん。言い逃れはよせ。我はあの日に見ていたのだ。
お主が屋敷の裏手から外に出ていくのを」
なるほど。
屋敷から外に出るところを見られていたようだ。
「たしかに俺があの日屋敷にいたのは事実だ。言い逃れはしない。
だが、俺はあの日組織を裏切って逃げ出したんだ。信じてくれ!」
「なに……? 組織というのはもしやアルマイーズ様の暗殺組織のことか?」
「……!? なぜ暗殺組織のことを?」
「知れたこと。我もあの組織にいたからだ。一時のことではあるがな」
やれやれ……まさかこんな少女も組織の暗殺者だとはな。
だが、それなら話は早い。
「だったらわかるだろう。あの組織では行き場のなくなった人間を無理やり暗殺者として使っている。
ましてや暗殺対象は悪人だというが、実際にはどこかの誰かにとって都合の悪い人間を始末しているだけだ!
決して正義のための組織ではない」
「……ふむ、どうやら我の見込み違いであったようだ。許せ」
そう言うと、少女はようやく俺の首筋に当てていた短剣を収めてくれた。
冷や汗が額を滑り落ちた。
「メイファって言ったな。よければあの日なにがあったのかを教えてくれないか?」
「よかろう。我もお主に色々と聞いておきたいことがある」
メイファが左手をかざすと、さっきまで視界を覆っていた霧が生き物のように動き、まるで霧など最初から存在しなかったかのように消えた。
「すごいな。これも魔法なのか?」
「いや、これは違う。断じて魔法などではない」
「魔法じゃない? じゃあいったい何だって……」
「これは神々より与えられし刻印の力だ。お主も持っているのだろう?」
「刻印……? なんだそりゃ」
あちらの世界でもこっちの世界でも聞いたことがない。
しかも神に与えられただって?
それじゃ本当に神様が存在するみたいじゃねえか。
「なあメイファ、俺には君が何を言っているのかよくわからない。
組織の人間はみんな君みたいな不思議な力を持っているものなのか?」
「左様」
メイファは左手に巻き付けていた手甲のような布を解き、手の甲を見せてきた。
そこにはなにか不思議な紋章のようなものが刻まれていた。
逆巻く水とまるで龍のような存在が描かれている。
「それが刻印?」
「そうだ。神々より与えられし契約と加護の証。それが刻印だ。
お主も組織の暗殺者として選ばれた以上、身体の何処かに刻印があるはずだ」
「嘘だろ、そんなもんどこにも――」
「どれ、我が見てやろう」
メイファはそう言うと、背後から俺の上着をめくり始めた。
「ちょ、ちょっと待て。そういうのはもうちょっと仲良くなってから……」
「ふむ、ないぞ。もっと下の方じゃろうか?」
「おい冗談じゃねえ、やめろバカ! そもそもそっちは自分で見えるだろうが!」
「たしかにな。……おっ、なるほどあったぞ。ここであったか」
メイファはなにかに気づいた。
俺は息を呑む。
「な、なんだ? 俺の身体のどこに変な模様が入ってたんだ?」
「ここじゃ」
そう言ってメイファは俺の後頭部をトントンと叩く。
「わったた、何すんだよ」
「道理でなかなか見つからぬわけだな。お主の刻印は頭皮の内にある。
ちょうど後頭部だ。お主からは見えぬであろう」
メイファは懐から手鏡を2枚取り出し、合わせ鏡のようにしてくれた。
それでようやく、俺にも自分の体にある刻印を目にすることができた。
俺の刻印はメイファのものとはまるで違う。
剣と槌、それに鍛冶台のようなものが描かれている。
それらの背景に大きく……あれは手か?
無骨な手がデザインされていた。
「かぁ~、まさか自分の体にこんなもんがあったなんて。今まで全然気づかなかったぜ」
「ふむ。気づかぬうちに神々と契約しておるなど実に妙な話ではあるが……。
実際に刻印が刻まれている以上信じぬわけにはいかぬな。
お主、これまでなにか不思議な力を感じたことは?」
よくわからない。
この世界で目を覚ましてからこっち、俺にとっては不思議なことだらけだ。
「不思議な力ったって……。うーん、不思議な声なら聞いたことあるんだがな。
あっ! そういや前に街の外で盗賊と戦ったときに妙なことがあったんだ」
「ふむ、それはどのように?」
俺は身振り手振りを交えて当時の状況を詳しく説明した。
「そこで、もうダメだと思ったら奴の手にあった短剣がなぜか俺の手の中にあったんだ」
「それは面白い。相手の得物を奪うとな。ふーむ……しかし、それはいかような力であろうな。
どのような神との契約であるか、検討もつかぬ。
……うん? お主、よく見れば妙な目をしておるな」
そう言うとメイファはずいっと顔を近づけて、俺の目を覗き込んできた。
彼女の翡翠のような瞳が、まつげが触れそうなほどに近い。
「うわわ、今度は急に何だよ?」
「いや失敬。……しかし、見つけたぞ」
「え、見つけたって、いったい何を?」
「刻印じゃ。2つ目のな」
「……ええっ?」
そんな訳のわからないもんが、俺の身体に他にもまだあるってのか!?
「これはそうそう気づかぬじゃろうな。右目の、瞳の奥にある。
我も刻印を2つ持つ人間などはじめてじゃ。
しかし、珍妙な話もあったものじゃなあ。
本人も気がつかぬうちに刻印を2つも持つなどとは……」
俺は頭を抱える。
「いったい俺のこの身体はなんなんだ!? 誰か説明してくれーッ!」
生暖かい風が吹き抜ける中、俺の叫びが路地裏に木霊していた。




