10話 王都に潜む影【改訂】
――王都内某所。
「ジベールの件、よくやってくれたな」
「……はっ」
現在、フリード王国の軍事力を騎士団と二分する存在となっている軍部。
その軍部における最高権力者である軍部統括のボルチニコフは、自室にアルマイーズを招いていた。
傲岸不遜で冷酷な鉄面皮と称されるボルチニコフにとっての唯一の関心事は、いかにして自分の政敵を亡き者とし自分が支配者となるかということだけであった。
アルマイーズは自らの主に対して恭しく頭を垂れる。
その姿を見てボルチニコフは不敵に鼻を鳴らした。
「フンッ……これで我が軍部の拡張に異を唱えるものはいなくなるだろう。本当によく始末してくれたな」
「もったいないお言葉。感謝します」
ヒゲをさすりながら思わずニヤリと笑みを零すボルチニコフ。
自らの計画が思い通りに進んだことに、かの鉄面皮も表情を崩さずにはいられないようだった。
それに対し、アルマイーズは瞑目し硬い表情を崩さなかった。
「カテドラルの奴の後釜の件だが、再三使いを送ったものの奴の息子はまったく応じる気はない。
まるで理解できんがこうなっては仕方あるまい。……秘密が漏れては困る、適切に処理しろ」
「はっ!」
アルマイーズはいつも通り短い返事をして部屋を後にしようとするが、背後からの声に足を止めた。
「そう言えば、少し前にそちらに寄越した囚人はどうだ? なにやら逃げ出したそうだが」
「はっ……監視を付けております。それに内部機密に繋がる情報は渡しておりません。問題はないかと」
「殺せ。後顧の憂いを残すな」
「……はっ」
今度こそ身を翻し、アルマイーズは重苦しい扉を開けて部屋の外に出た。
自分が立ち入った痕跡を一切残さず、誰にも見られずに建物から外に出る。
王都の裏社会を牛耳る暗殺組織の長にとっては容易いことだ。
外から見上げると、厳めしい装飾がなされた城塞のような建物の金の表札には『魔族討伐軍本部』と目立つ文字で書かれている。
いつ見ても趣味が悪い。
「やれやれ……どうしたものかな。せっかく期待の新人だったというのに、困ったものだ」
口ではそう言いつつも、アルマイーズの表情は穏やかだった。
しかし、対応に苦慮しているのは事実だ。
騎士団が例の件でごたついている今、教団の目を盗みながら事を運ぶのはリスクが高い。
「今は時期が悪いか」
ふと道の端に目をやると、男たち幾人かが銃を手にして通りすがりの花売りの少女に手を出そうとしているのが見えた。
あれは軍部の人間たちだ。
「な、なんですかあなたたちは」
「へっへっへ。ちょっと俺たちに付き合ってくれよ」
凡そまともな教育を受けた人間は軍部にはいない。はみ出し者の集まりだ。
なぜそのような人間たちが幅を利かせるようになったかと言えば、30年ほど前に発明された銃器のおかげである。
銃があれば、騎士団の訓練所で1年から2年かけて修練を収めた一般兵士相手にも互角に渡り合える。
誰でも――しかもたったの2週間でだ。
ボルチニコフは魔法を扱えず世間からゴミのような扱いを受けた人間たちを集めて軍部を組織した。
数年の間に驚くべきスピードで軍部は拡張し続けた。
絡まれていた花売りの少女は怯えた様子で持っていた花籠を相手に向けて投げ捨て、来た道を走って戻っていった。
花は無惨にも打ち捨てられ踏みつけられる。
男たちの耳障りな笑い声が通りに響く。
「この街にあのような綺麗なものはそぐわない」
深い溜め息を吐く。
先程のボルチニコフとのやり取りを思い返し、アルマイーズはじっと思案する。
「仕方ない。さすがに、イルミナティに連絡せざるを得ないな。まだ怪しまれるわけにはいかない」
教団の暗部イルミナティ。
ときに人間狩りなども行う秘密結社だ。
教団は魔族の殲滅と人間界の神ノトゥスによる絶対的支配を掲げている。
彼らに指令を送るために魔法で連絡を取ろうとしたとき――。
「やあ、これはこれは。ご無沙汰しております」
「……ッ!」
茶色のコートにステッキを手にした老紳士が姿を表す。
年は中年といった感じだが、背筋はピシッと伸びており筋骨隆々。
とても年齢を感じさせない。
その男がハットを取り、恭しくにこやかに挨拶をする。
「……ベリクト。戻っていたのか」
なんということだろう。最悪だ。
よりにもよってこのタイミングで悪魔と出会ってしまうなんて。
表面上は好々爺を演じているが、イルミナティの幹部の中でもひときわ冷酷、無慈悲でためらいがない。
……いや、むしろ自分の行いが本気で正しいと信じている狂人だ。
その分、より一層たちが悪い。
「統括様はなんと?」
「別に。少し逃亡者の様子を気にされていただけだ」
「ふーむ……例の刻印使いの青年ですかな?」
「……!」
なぜ、こいつがクロウが刻印使いであることを知っている!?
暗殺組織が刻印使いを集めていることは教団側に漏らした覚えはない。
ボルチニコフにとっても暗殺組織の存在は教団側に対する強力な抑止力となっている。
みすみす秘密を漏らすようなことはしないはず……。
「彼のことがよほど気にかかると見えますな。よいでしょう、ちょうど手が空いております。
私がお忙しい他の幹部に代わって動向を探っておくとしましょう」
ベリクトはこちらの内心の焦りを見透かしているように目を細める。
表情は相変わらずにこやかなままだが、それが逆に恐ろしかった。
「あなたは石の行方を追っていたのでは?」
「ええ。残念ながら、キールの村の跡地には何も残ってはおりませんでした。
すべて跡形もなく消え去っております。あの分だと関係者の誰も生き残ってはおらぬでしょうな。
いやはや、口惜しい限りです」
ベリクトは至極残念そうな顔をしている。
やはりこの男にとっても『賢者の石』はよほど重要らしい。
そのために村一つ消し去るとはな。
「……残念だね。これでまた手がかりがなくなってしまった」
この悪魔め。教団の犬め!
決してお前たちの思い通りになどさせるものか!
こちらの皮肉めいた言葉にベリクトはまた目を細める。
「フフ……お気になさらず。価値ある人間であればこちらも悪いようには致しません」
「教団にとって、だろう?」
「いやはや、これは手厳しいですな」
別れ際、先程と同様ハットを取り軽く会釈してベリクトは去っていった。
「クロウ……逃げるんだ。今すぐに! 悪魔に見初められる前に!」
もはや一刻の猶予もない。
このまま王都内に留まればクロウは確実に殺されてしまう!
急いで部下の1人に魔法の無線機で連絡を取ることにした。
特に依頼がなければ、組織の人間は決まった場所に待機させている。
ちなみに私がこの間コロッセオでクロウに使ったのは、声を遠くに届ける魔法『インボイス』だ。
「フフッ……あのときの彼は結構驚いていたな」
この無線機にもインボイスの魔法を使用している。
内部の魔法陣に工夫して指向性を持たせており、盗聴の恐れが少なく障害物も飛び越える。
欠点を挙げるとすれば、狙った場所に送るには距離に応じてマナの出力を調整しなくてはならず、慣れが必要な点だろう。
声を送ることしかできないため、やり取りをするためにはお互いに無線機を持っている必要がある。
私以外の魔法を使えない暗殺組織の人間にとっては必須と言っていい代物だ。
今となっては私がクロウに直接コンタクトを取ることはリスクしかない。
「今はまだ、私の正体が教団に露呈するわけにはいかない」
組織の人間たちは私以外みな魔法が使えないが、長である自分だけは魔法を扱うことができる。
それと言うのも、私には刻印使いとしての素質がないためだ。
神々の力を代行する刻印使いになれるのは絶対的魔法不能者だけだ。
組織ではある理由で刻印使いの素質を持つ人間を集めていた。
ただ、素質を持つ人間は非常に稀だった。
「こちらアルマイーズ。応答せよ……」
組織内で使用する合言葉を使い呼びかけていたところ、応答があった。
「こちらクリプト。用件を伺います」
「よし。悪いが急ぎで頼みがある」
クリプトは組織の幹部の中で最も隠密行動に長けた男だ。
私は手短に要件を伝えた。
「わかりました。すぐに向かいます」
「騎士団の特務部隊も動いている。気をつけてくれ」
無線を切りホッと息を吐く。
「さて、あとは彼を王都外へ逃がす手段を用意しないとな……」
生ぬるい風が通りを吹き抜けた。
気づけば、王都の夕闇の空には暗雲が立ち込めていた。




