作戦会議
SOEF七階、会議室。
部屋の真ん中には円卓があり、円卓の中心には球状のモニターが付いている。
卓の周りには人数分の椅子が用意されていた。
席順は母が部屋の一番奥。
その右隣に岩本さん、左隣に私、正面に三ヶ里が座った。
緊急事態ということで母は本部より戻ってきた。
今は、波崎との戦闘が終わってから一時間が過ぎたころである。
誰も怪我は負っていない。
強いて言えば、私が木の波に流されたときに軽く背中を打った程度である。
「申し訳ございません。私がついていながらこのような失態を演じてしまいました。」
「言葉での謝罪はいらないわ。問題の解決こそが唯一の謝罪、といつも言っているでしょう?」
「心得ております。ではさっそく、情報の共有と考察、対策についての会議を行います。」
「ええ、そうしましょう。ちなみに、ここに来るまでの時間で真理ボックスに記録された、戦闘の映像を見たわ。だから、戦闘内容について詳しい説明は不要よ。」
あの箱にそんな能力まであるとは。
「ではまず、高天原の目的についてだ。」
「人類進化研究会は想造力について研究をしているって言ってたな。」
「波崎の”成長”で進化をさせるってこと?」
「確かに、可能性がないわけではない。成長と進化は方向性が似ているからな。だが…」
「あいつ一人で進化させられる人数なんて、そう多くないだろ?」
岩本さんの言葉に三ヶ里が横入りして答える。
波崎一人で「人類」を進化させられるかというと、無理だ。
想造力はエネルギーを消費する。
進化なんて規格外のことをするのなら、どの程度のエネルギーが必要になるのか分からない。
それに、一日に何人の人間を進化させられるのかという話なのだ。
一日に100人を進化させたとして、一年で36500人にしかならない。
波崎のいう人類がどこまでを指す言葉なのかは知らないが、日本だけでも数十年はかかる。
波崎一人で行うには重労働が過ぎる気がする。
そもそも人類の進化の先なんて誰も知らないわけだし…
ん?そうなると波崎の言う進化はどこを目指しているんだ?
通常の進化でないとすると…
そして、一つの結論にたどり着く。
「もしかして、人間に想造力を持たせることを進化って言ってるんじゃない?」
「ああ、普通に考えればそうなるだろう。」
「まぁ、それが一番可能性として高いな。」
「軍への宣戦布告も想造力の存在を隠しているから、だものね。」
あれ?もしかして分かってなかった私だけ?
「恐らく高天原は、一般人に想造力を発現させることができる方法を持っている。」
「でも待って。その方法って何?想造力を使わずにそんなことができるの?」
「それは俺も思った。波崎の言い方から総合的に判断しただけだからな。正直、そんな方法があるとは信じられないし、不可能だと思う。」
「…可能なのよ。」
私だけじゃない。三ヶ里も、岩本さんまでもが驚いていた。
母には想造力を発現させる方法に心当たりがあるのか。
気になったがすぐに岩本さんが次の話題に変えてしまった。
「では、次に高天原の対策についてだ。」
「これについて、私から話があるわ。」
母がどこか悲しそうな眼をして言った。
悲しいというより、残念そうな眼かもしれない。
「波崎との戦闘映像を見て、今の日本軍の戦力で、正面衝突で勝てるか不安があるのよ。勝てる可能性は五分五分といったところね。」
「え?本当に?」
波崎は確かに余裕がありそうではあったが、相手にならないほど強いとは思わなかった。
天菜でも時間稼ぎ程度は可能であると思う。
「波崎は攻撃をしてなかったわ。最後のあれも目くらましにする程度。」
言われてみれば、波崎から攻撃をしてくることはなかった。
最後の”急成長”も逃げるための足止めをしたに過ぎない。
だが、木での攻撃手段がそれほど脅威になるとは思えない。
「それでも、あの木の波は岩本の”壁”を易々と壊したわ。これが何を意味するか分かる?」
「軍の中でも上位に匹敵するほどの実力者ってことか?」
「私の”壁”を物理攻撃で壊せるのは、軍の中でも片手で数えられるほどしかいない。」
私は壊せる可能性があるだけで、実際に壊すことはできない。
そんなことをしたら足の方が先に砕け散ってしまう。
「物理系統の想造力じゃない人は”壁”を壊せないから、壁の内側にまで影響を及ぼすことができる人を探しても、両手で数えられるぐらいしかいないわ。」
岩本さんってめっちゃ凄い人だったんだ。
いや、すごい人なのは知ってたけど、想像の上をいっていた。
日本軍でトップクラスの実力者なのだそうだ。
ちなみに、母も。
なんなら、日本軍で最強らしい。
娘の前で見栄を張っていなければだが。
「そんな岩本の”壁”を壊せるとなると、軍団長レベルが本気で相手をしないといけないのよ。相手の人数は不明だけど、波崎以上の実力者がいるのだとしたら、軍団長が複数人で対処する必要が出てくるわ。」
それは確かに不安になる。
こちら側の最高戦力をぶつけて万が一負けてしまった場合、軍全体が滅ぼされることもありうるわけなのだから。
想造力は一騎当千の力であり、数をぶつけてもあまり意味をなさない。
同じ想造力を持っていても、相手よりもイメージが弱ければ、何もできなくなることもある。
特に相手に何かを施す想造力は抵抗されやすい。
私の思考の”加速”も相手のイメージが強ければ無効化されてしまう。
まぁ、詳しくはおいおい話すことにしよう。
「だから、相手方の情報が欲しいのよ。」
「でもどうやって…」
「相手はこちら側の答えを聞くためにもう一度接触してくるはずよ。その時にできるだけ必要な情報を集める。その後、アジトの特定ね。」
「戦いになったらどうするんだ?」
「真理さんがいるなら心配ない。」
「ええ、軍団長の実力を魅せて差し上げましょう。出来れば平和的にお話がしたいのだけれど。」
母が自信たっぷりに言う。
母の戦闘を見たことはないし、想像もつかない。
母の想造力は”空間”であるらしいが、SOEF本部や、『真理ボックス』など便利アイテムのイメージが強すぎて対人での立ち回りが思い浮かばないのだ。
「軍にも報告はするの?」
「ああ。報告はするが、対応はSOEFに任させてもらう。」
「さて、高天原の話はこのぐらいにして、南部の想造者の話をしましょうか。」
忘れていた。
まだ問題はあるんだった。
立ち上がり、自分の考えを説明する。
「南部で反応があった想造者は、坂元リリス、…の飼い犬のエルだと考えます。」
そう。
飼い犬のエル。
私も、は?って思う。
だって犬じゃん。
でも、状況的にその可能性が最も高い。
初見で見逃してしまうのも無理はないというものである。
「根拠としては、まず坂元リリスの近くで『真理ボックス』に反応があったこと。そして、付近にいた三名は全員、想造力に対する抵抗力がなかったこと。さらに、エルという犬が異常な身体能力を持っていたことが挙げられます。」
あの時は焦っていて気付かなかったが、訓練もされていない飼い犬が170㎝近く垂直に飛び、しかも木の枝に着地など、できるはずがない。
「過去に犬に想造力が発現した前例はないけれど、たしか類人猿で確認されたことがあるわ。」
「そんなことがあるんだな。」
「だが、犬となると想造力の使い方を教えるのが大変だな。飼い主への説明も大変だ。」
犬を保護するとなっても、飼い主がいるのなら難しい。
自分の可愛い飼い犬を保護という名目で奪い去られるのだから。
それに、しつけが何より難しい。
母や岩本さんは想造力について教えるのは慣れているが、犬のしつけには慣れていない。
野生の勘で本能的に想造力を制御できる、と考えるのは楽観的過ぎるだろう。
「やっぱり、リリスにも説明するしかないのかな。」
「そういえば、リリスちゃんって天菜と同じ学校の生徒だったかしら。」
「うん。初めて喋ったけど。」
「学校が始まったら、家に招待してもらえるようにお友達になりなさい。」
んな無茶な。
一年積み重ねてきた「鹿島天菜」という陰キャラをなめている。
「よし、高天原の現状の対策としては、相手の接触を待ち、情報を引き出すこととする。また、南部での想造者は天菜に一任する。いいな!」
「「はい!!」」
リリスとエルについては私に押し付けられたようだ。
だが、見逃したのは私のせいなので文句も言えない。
その後、岩本さんと母は軍への報告資料を作るために二階に行き、私と三ヶ里は帰ることとなった。
短いですがここまで。
今週は水曜日にもう一話投稿予定なのでそちらもお楽しみに。