偶像崇拝は罪です
気づいたらアラサー。しかし、今の私には何も残っていない。
若い頃から推しに夢中だった。とあるアイドルグループにいる一番人気の彼だった。
遠征の為に、今でいう闇バイトみたいな事で金を稼いでいた事もある。遠征して推しを追いかけていた時は楽しかったけれど、気づくと何も残っていにアラサーおばさんになっていた。
あれだけ推しに向けていた愛情は、家族や友達に向けていたほうが良かったかも。今は何だか人間関係もうっすらと悪い。
しかも推している時は「そのほか大勢のファンの一人」に慣れてしまい、自信も自己肯定感もない。
一方、推しは順調にステップアップし、結婚し、子供もいる。仕事もプライベートも順調で、何かエネルギーを吸われている気もしてきた。思えば若い女からエネルギーを吸収するものばかり。中途半端な学歴、資格、仕事、スピリチュアル、起業、整形、ファッション、推しなど……。若い頃から結婚して子供がいる田舎のヤンキーとかのほうがよっぽど幸せそうなのだが。そんなキラキラ派手に輝いているものより、家庭が安定しているほうが幸せだったのか……。私は頭が悪い情弱だったとはっきりと自覚してしまう。搾取され、何も生産できていなかった。実際、子供も家庭も仕事も何も無い。ヤンキーの方がよっぽど賢かったのだ。
そんな憂鬱な気持ちを抱えながら、近所を散歩する。この地域は田舎で、キリスト看板というのが畑の隅に掲げられているのに気づく。
黒と白のデザインのそれは、何となく怖い。一神教らしいヤバさが滲み出て怖い。だからといって、推しを崇めていたのは幸せだっかのか?
「偶像崇拝は罪です」
キリスト看板には、そう書いてあるが、何だか今の自分に必要な言葉に思えて仕方がない。アイドル=偶像に推していたが、今の私はちっとも幸せではない。搾取されているカルト信者なども全く馬鹿にできない。
もう推しは卒業しよう。少なくともエネルギーは自分か周囲の人に使おう。
偶像崇拝を禁止しているのも、神の愛か。少々手厳しいが、そんな気がした。




