僕の夢
僕の夢 五年三組 野中翔太
僕はクリスチャンです。牧師さんに洗礼というのをしてもらい、クリスチャンになりました。毎週日曜日の朝は、日曜学校というのに通います。子供専用の礼拝なんです。牧師先生や奥さんから聖書のことを教えてもらいます。
先週は、キリストの身体というのを教わりました。クリスチャンはイエス様の身体の一部で、それぞれ役割があります。「僕はすね毛一本にでもなれたら嬉しい」っていうと、牧師先生は大笑いしていました。
でも牧師先生は怖い事も言っていました。すね毛一本でもダメになると、身体全体が病気になるんだと言います。「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、全ての部分が共に喜ぶのです」と聖書の第一コリントというのに書いてあると教えてくれました。「同じクリスチャンのお友達一人でも傷ついていたら、みんなが悲しんでしまう。だから、愛をもってみんなと仲良くしようね」と牧師さんが言っていましたが、僕もそう思います。昔、いじめを見て見ぬフリをしていた過去を悔い改めました。
そして、これはクリスチャンだけの話じゃない気もします。
うちの近所には、ホームレスのおじさんや貧乏なお家もありますが、最近コンビニやスーパーが潰れました。
一人でも辛い人がいれば、巡り巡って、大きなお店も潰れてしまうのかもしれないと思いました。一人一人を大事にしない世界は、いつか全部滅びてしまうのだと思います。
自分だけ安全っていう事は、ないのかもしれません。だから僕は、みんなで幸せになりたいなって思います。
僕の夢はそれです。
牧師先生は、「終末がきて世界が滅びる可能性のが高い」なんて言ってるけど、その前に一人でも苦しんでいる人、辛い人、弱い人に愛を伝えたいと思います。
僕は、すね毛一本かもしれないです。でも、もしかしたら全体を変えるかもしれないと希望を持っています。
翔太は小学生の時に書いた作文を見つけ、恥ずかしさで顔が真っ赤になっていた。「こんなの夢物語過ぎるだろ……」とツッコミ入れたい。現在、翔太は中学生だ。夢だけはない現実も見え始めたところだった。
人々の愛が冷めている終末の方が近い。コロナ騒ぎ一つとっても、愛がないどころか、分断し、人々はいがみ合い、私腹をこやしている者もいる。
ただ、もう一回作文を読み返すと、過去の自分に励まされてきた。暗い事ばかり考えても仕方ない。世界が滅びる前に出来る事は、まだまだ一杯あるはずだ。




