ネコを恐れる人はさいわい
優子は、イライラしながら自宅に帰った。
今日、塾の帰り、駅で変な団体を二つも見てしまった。一つは反ワクチン団体で、いたずらに人の不安を煽っていた。二つ目はキリスト教系の宗教団体が「唯一神を信じろ」とか大声で騒いでいた。
明日は塾で試験がある。高校受験も近づき、駅で騒ぐ連中にイライラしていた。
優子はいわゆる優等生だった。先生の言う通り、アルコール消毒をし、親の言う通りワクチンを打ち、周囲の目を気にしてマスクをしていた。そんな自分は真面目で思いやりのあるいい人だ。
「本当、反ワクチンとかカルト団体とかキモすぎ!」
家に帰ると、飼い猫のアコに愚痴ってしまう。三毛猫のシュッとした美人猫だ。
両親は夜勤で夜もいない事も多く、アコ相手に愚痴る事が多い。リビングは、優子とアコ二人では、妙に広く感じる。
「私は正しくて、いい人なのに。なんで反ワクチンとかカルトとかいるの? あんなの絶対悪い団体だよ。詐欺師だよ、サイテー! 藁人形でも打ち込みたい気分よ」
『そういう優子はいい人?』
「え!?」
『本当に思いやりからマスクとかしてる人も多いわ。でも、優子は?』
「それは……!」
思わず叫ぶ。なんと猫のアコが話していた。鈴が鳴りような可愛い声だ。幻覚かと思ったが、優子がイメージするアコとその声が驚くほど一致していた。
『本当にいい人だったら、賛成できなくても敵側の意見も尊重するものではない? 優子が善悪をジャッジしてオッケーなん?』
しかも軽く怒られた?
可愛いネコに怒られているわけだが、ちょっと怖い。優子は大人しくアコの言う事の耳を傾けていた。
『反ワクチンの中には、薬害で家族を失って正義感から訴えている人もいる。カルトの人だって、神様を思う熱心さでやってるの。その方法は大幅にずれているけど、批判しているあなたは、一体何者?』
アコはつんと顎をあげていた。心なしか目もいつもより釣り上がっている。
『もちろん、そういった人たちも全員が正しいわけでもない。でも優子だって第一志望に合格させてって神社に熱心に神頼みしてたり、マスクもポイ捨てしてるの知ってるわ。私だって安いネコ缶出されるとイライラしちゃう。ね、正しい人なんていないものよね』
優子はだんだんと恥ずかしくなってきた。自分の「正しさ」や「真面目さ」も結局大人の言う事を鵜呑みにしたり、他人の目線を気にした結果だ。別に本当に正義感からイライラしているわけでもなく、イライラの原因は受験のストレスだけだったのかもしれない。
最近は受験勉強を頑張りすぎて、余裕を失っていたようだ。
「わーん、アコ。アコの言う通りだよ。私、多分、受験のストレスで他人に八つ当たりしてただけだったのかも」
泣きながらアコに抱きつく。
その証拠に、別に世界の平和なども望んでいない。別に他人の為の思いやりでもない。アコにもイライラをぶつけ、愚痴っているだけだった。
『そうよ、優子は疲れてるのよ。今日は、ホットミルクでも飲んで、ゆっくりお休みなさい』
「う、うん。そうする……」
『疲れてるとろくな事考えないからね』
今日は受験勉強も中止。アコの言う通り、ホットミルクを飲んで、ベッドに入った。寝る直前までアコが側にいて、あったかい気持ちで眠りに落ちた。
一晩寝たら、イライラした気持ちはすっきりと消えていた。
「にゃー」
そかし、アコはもう人間の言葉は話さず、いつものようにだらーんと窓辺で朝日を浴びていた。
「夢だった? やっぱり疲れていて幻聴だったのか……」
優子はそう結論づける事にした。
それはちょっと残念だが、一晩ゆっくり寝たら、イライラも疲れも飛んでいた。今日も勉強を頑張れそうだ。
「はあ、よく寝た」
大きく背伸びし、ベッドから出る事にしよう。何だか今日はいい日になりそうな気がした。




