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心からネコを信じなさい〜眠る前の優しい物語〜  作者: 地野千塩


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ブレスユー

 野中翔太には、どうしても許せない人間がいた。


「ちょ、じいちゃん! また、俺の聖書捨てただろ……」


 ゴミ箱に入った聖書を見ながら、翔太は悲しいやら情け無いやら、申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。


 聖書を捨てた犯人は同居している祖父だ。身体は元気だが、認知症がかなり進んでいる。今、家族の悩みの種はこの祖父だった。


 少し前は翔太にも優しかった。翔太は今、中学生だったが、小学校に通っている時は、運動会や授業参観にも来てくれる事もあったが。


 今はもうそんな優しい祖父はいない。よりによって翔太が一番大事にしている本、聖書を捨てたりする。意味がわかってやってるのか、それとも嫌がらせでやっているのかも分からず、ただただモヤモヤしてくる。翔太は子供の頃からクリスチャンだった。本当は人を許すべきなのだが、今のところ祖父へのそれは全く上手く行っていない。身内だから余計に分かり合えない事にモヤモヤしてしまうのだろう。


「もう、いいよ。教会行ってくる!」


 祖父をこれ以上責めても無駄だと思い、教会に行くことにした。


 今日は日曜日。ちょうど礼拝だった。


 いつもより早く教会についたが、もう信徒席は人でいっぱいだ。特に勧誘みたいな事もやっていないが、勝手に人が集まった感じだ。


 教会はプロテスタント派に属するので、派手な飾りは何もない。公民館や大学の教室のような雰囲気で、そこにピアノやギターがある感じだ。ちなみにピアノやギターは讃美歌演奏で使われる。住宅街にある教会だが、この為に防音はしっかりとやっている。


「翔太くん、なんか元気なくない?」


 席に座ると、同じ教会に通う勝子に声をかけられた。アラフォーOLの勝子とは普通だったら共通点のない人物だ。それでも聖書や讃美歌の話題で盛り上がれるもの何だから、面白いものだ。


「実はじいちゃんがさ……」


 翔太はついつい勝子に愚痴ってしまった。


「そっか」

「じいちゃんそのものっていうより、許せないのが辛いー」


 情け無い声が出るが、意外にも勝子は真面目に聞いてくれる。


「だったら、素敵な言葉があるよ」

「素敵な言葉?」

「じいちゃんに何かやられたら、ブレスユーって言ってあげよ」


 ブレスユーは、英語で「お大事に」という意味だ。くしゃみをした人への声がけの言葉だ。元々は、ゴッドブレスユー。神様の祝福がありますようにという祈りの言葉だ。


「別に許そうって力まなくてもいいよ。どうせ神様は人類の罪を全員許してるんだし」

「そ、そっか……。俺の事も許されてるんだよな」

「軽ーくね? そのうち自然に祈っていれば、どうにかなるって。心配は呪いだよ。心配しないで主に信頼しよう」


 勝子の笑顔を見ていたら、何となく力が抜けてきた。ブレスユーと軽い気持ちで言うのも悪くないかもしれない。


 という事で、祖父に何か言われるたびに、「じいちゃん、ブレスユー」と言葉にする事にした。何か外国人みたいで軽すぎる気もしたが、これ以上の事は思いつかなかった。


 もちろん、向こうは何を言われているか認識できていない。それでも翔太が笑顔でブレスユー」と言い、陰で祈りを捧げていたら、祖父に笑顔が徐々に戻るようになった。


 認知症は相変わらず。家族に迷惑をかける事も減ったわけでもない。


 でも、だんだんと祖父の笑顔も戻るようになり、翔太の許せない気持ちも消えてしまった。結局、翔太が求めていたものは、祖父の笑顔だったと気づいてしまった。


 それと同時に祖父の老人ホームへの入所も決まる。家族がずっと願っていた事だったが、翔太はこれで良かったのかは、よくわからない。


「じいちゃん、ブレスユー」


 この結果で良かったのか判断はつかないが、祖父の幸せを願わずにはいられない。


 どうか祖父にも神様の祝福がありますように。


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