正しい人はいない
勉強ができたり、愛想が良かったら、愛されると思っていた。愛に何か条件をつけていたのかもしれない。
「はぁ……」
美帆は一人、キッチンに立ち、弁当を作っていた。まだ時計は六時だ。毎朝、五時半に起きて、弁当を作っている。
夫の弁当には、卵焼き、唐揚げ、ウィンナーと彩りよく綺麗に詰められている。一方、娘の弁当箱は、キャラクターのかまぼこや、ウィンナーが入り、いわゆるキャラ弁に近いものだった。どちらも見た目は完璧だったが、美帆の表情は晴れない。
正直、弁当作りは負担に感じていた。頑張って作っても半分以上残されたり、文句を言われる事もある。手間の割にはやりがいの感じられない作業だった。他の家事は、そこそこ出来ているが、弁当作りだけは妙に苦手だった。たぶん、美帆自身が弁当があまり好きでは無いせいだ。子供の頃、弁当を残すと母に怒られ、無理矢理食べた事をよく覚えている。
それでも辞められない。弁当を作っていれば、良い奥さんやってられる気もしたし、愛されるような錯覚もした。そう、美帆はいつも愛されるのには、何か条件が必要だと思っていた。
実際、そう育てられた。成績が上がると、ゲームや菓子を親に買ってくれた。逆に何もしないと、親が不機嫌になりそうで怖かった。特に母は不機嫌でいる時間の方が多く「自分のせいかな?」と思う事が多かった。今も母がちょっとでも眉間に皺を寄せたり、口をへの字にしていると怖い。良い子でいなくちゃって思ったりする。故に弁当作りも辞められない。
「あなた、お弁当」
「おお」
会社に行く夫は、無表情に弁当を受け取った。娘は少し笑顔を見せてくれたので、少しは気がまぎれるが、正直、弁当作りは辞めたかった。
娘を幼稚園に連れて行き、そのまま会社へ。田舎にある小さな介護施設で事務をやっていた。
田んぼと野菜畑ばかりが目立つ道を歩きながら、不気味な看板があるのに気づいた。野菜畑の近くにあったが、新しく出来たものだろうか。
「正しい人はいない」
不気味な看板には、そう書いてあった。黒地に白抜き文字で、やたらと迫力があるが、一体どういう事だろう。
謎だが、こんな看板を毎日見ていたら、ドキッとする事もあった。
まるで我慢して弁当作りをしている自分の心を見ぬいているよう。「良い子ちゃん的な行動してますが、その行いは本当に愛あるものですか?」。なんて問われているみたいだった。
確かに正しい人なんていないのかも。夫だって年収や顔で決めた。美帆は無償の愛を持っている人間は一人も思いつかない。自分のように良い人ぶってる人は、いそうだが。
「もう、弁当作りやめるか。少なくとも夫のは、別に良いよね?」
今日は周りに誰も人がいない事がいい事に、不気味な看板に話しかけてしまった。
「子供のは、作るけど。まあ、正しい人がいないなんてハッキリ言われたら、良い人のフリするのとか、バカバカしくなるね〜」
美帆は苦笑をしながら、職場に向かう事にした。今日はスーパーに行って、食材は冷凍食品を買おう。たまには、良いよね?
無償の愛なんてどこにあるかわからない。少なくとも人間にそれは無さそうだが、良い人のフリは少しだけお休みしよう。
そう思うと、心は少し自由になってきた。
それにしても、あの不気味な看板は何だったんだろう。
神が美帆に見せる為に置いたものだったりしてね?




