王妃「みんなお米食べてるゥ!?」
お忍びで城下に出たマリー王妃。
「米~、米~、米食ってる奴はいねがぁ~♪」
謎の歌を歌いつつ、町を歩く。全然忍べていない。すると、
「あ、いたわ!」
一人の中年男が茶碗でご飯を食べている。が、どこか物足りない表情だ。
「はぁ……」
「どうしたの?」
「あ、王妃様ッ!? なぜここに!?」
「ま、いいからいいから。それよりなんでご飯を食べながら暗い顔してるの?」
「いえね、ご飯のおかげで何とか飢えはしのげました。しのげたんですけど……もう少し刺激が欲しいというか……」
たしかに炊き立ての白米は安らぎの象徴。安定感バツグンであり、刺激などというものとは無縁だ。
「だったら……これならどう?」
マリーはご飯の上に梅干しを乗せた。
「こ、これはッ!? 真っ白なお空に……太陽が昇ったァ!?」
「その通りよ」
白米に梅干しを乗せる。これだけで中年男は茶碗の中に“太陽の輝き”を見た。
しかも――
「唾液が……唾液が分泌されるゥ!」
梅干しを見れば唾液が出る。これはこの世の絶対的真理である。中年男の唾液腺はもはや決壊したダムであった。
ドバドバドバドバドバ……!
「しかも……唾液が湧けば食欲も湧く!」
マリーの予言通り、中年男は茶碗にむさぼりついた。
さっきまであんなに物足りなさそうにしてたのに、あっという間にご飯を平らげてしまう。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「おいしかった?」
「おいしかったですゥ!」
「これからもたくさんご飯を食べなさいね」
「はいっ!」
――ミッション・コンプリート!
**********
ニワトリ小屋の近くを通りがかるマリー。
妙な音がした。
ポンポンポンポンポンポンポン……。
「なんの音かしら?」
行ってみると、これはニワトリが卵を産んでる音だと分かった。こんな音がするものなのね……と驚いてしまう。だけど、卵をこんなに産んでくれたらさぞ飼い主も喜んでるでしょうね、と思いきや……ニワトリの主人は渋い顔。
「こんなに産んでもらっても、処分に困っちゃうよ!」
なるほど、そういうことか。マリーはさっそく駆け付ける。
「あのー」
「なんだい?」
主人はマリーのことを知らない様子。
「私ならその卵のおいしい食べ方を知ってるわよ」
「へえ、どうやって?」
まず、マリーは卵を割るとそれをお椀に出した。さらに醤油をくわえる。
次にそれをかき混ぜる。
「できた!」
「できたって、ただ卵の中身を醤油と混ぜただけじゃないか。んなもんどうするんだい」
「さらに……ジャン!」
マリーはホカホカのご飯を取り出した。なぜ温かいままなのか。それは企業秘密だ。
「ご飯?」
「これに今混ぜた卵を……」
トローリと入れる。それを少し混ぜると、
「出来たッ! 卵かけご飯! 略して――TKG!」
「TKG……? なんかの呪文かい」
「さあ、食べてみなさい!」
「まあ、食べてみるけど……」
一口食べると――
「これは……ッ!」
すかさず二口食べる。
「う、うまい!!!」
「でしょ?」
「卵のトロトロ感とご飯がマッチして、するすると喉に入っていくゥ! 卵とご飯がこんなに合うもんだとはぁぁぁ! たまらねぇぇぇぇぇ!!!」
あっという間に平らげてしまった。
「ごちそうさまでした」
「喜んでもらえてよかったわ」
どこかに行こうとするマリー。
「待って下さい! お名前を……!」
「私は……通りすがりの(T)・米食わせ(K)・ガール(G)よ」
「はぁ……」
少なくともガールには見えない、と主人は思った。
***********
マリーが歩いてると、懐かしの人間が。
「あ、あんたは……城に直訴しにきた市民!」
「これはどうも、王妃様」
「米食ってる?」
「ええ、食べてますよ。でも……」
「でも?」
「お米にも弱点がありますよね」
「どんな弱点?」
「持ち運びに苦労するじゃないですか。まさかいつもお椀と箸持つわけにもいかないし」
マリーは笑う。
「ふっふっふ、そんなこと?」
「え?」
「それなら簡単よ。おにぎりにすればいいのよ」
「おにぎり……?」
見せる方が早いと、マリーはお米を両手で握り始めた。それは綺麗な三角形に仕上がる。
「さあ、どうぞ!」
「……」
「なによ?」
「王妃様が握ったのを食べるんですか? なんかバッチイ感じ……」
「おい! 本当に失礼な奴ね!」
「冗談ですよ。いただきます」
市民はおにぎりを口に入れる。
「こ、これはッ!?」
マリーがニヤリとする。
「おいしい……。王妃様の両手で固められたことにより、茶碗に入ったご飯とはまた違う食感になっている! なんだろう……おふくろの味だ……!」
泣き出す市民。なお彼の両親は健在だし、母親がおにぎりを作ったことはもちろんない。にもかかわらず、彼はおにぎりに母を見た。
「王妃様、お母さんと呼ばせて下さい!」
「……たまにならね」
マリー、圧勝……!
彼はもう二度と米を侮ったりはしないであろう。
**********
人気のない物陰――
一人の若い町娘がこっそりとある作業をしていた。
「みんなの前じゃみっともなくて出来ないけど……」
右手に味噌汁、左手にご飯。そして味噌汁をご飯にブチ込んだ。
「これがおいしいんだよね~」
グチャグチャとかき混ぜる。
その光景を――王妃は見た!
「あっ!」
「……」
娘はマリーを知っていた。だからすぐに命の危険を悟った。せっかくの白米を、こんな下品な食べ方をしてしまったのだから……。
「も、申し訳……ッ!」
「……」
マリーは無言で近づいてくる。もはや処刑は不可避か。
――と思った次の瞬間!
「よく分かってるじゃない」
「え……」
「汁かけご飯……懐かしいわ」
「この食べ方、王妃様もやってらっしゃったんですか」
「メッチャクチャに混ぜたのを、一気にジュルルってやるのがおいしいのよね~。さ、食べて食べて」
「はい!」
幸せそうに平らげる町娘。
それを見計らってマリーが告げる。
「ところでどうしてそんなコソコソ食べてたの?」
「だってみっともないので……」
するとマリーは人差し指をメトロノームのように振ると、
「汁かけご飯は立派な文化よ! 堂々とやらなきゃ! それにコソコソとご飯食べたっておいしくないでしょ?」
こうも付け加える。
「そりゃあ公的な場や、大好きな殿方の前ではやめた方がいいけどね。TPOを守って楽しく食事しましょ」
「……はいっ!」
町娘の顔が明るくなった。
それからというもの、町娘の周辺ではご飯に味噌汁をかけて食べる人間が急増したという。
**********
城下町のとある料理店。
店主でもある料理人は悩んでいた。
彼の目の前には牛肉炒めがある。彼が得意とする鉄板メニューだ。
「何を悩んでいるの?」
マリーが来店した。白昼堂々王妃が現れるなど、料理人からすれば不意打ちにも程があった。
「王妃様!」
「ああ、かしこまらないで。それより何悩んでるの?」
「これなんですがね……」
「牛肉炒めじゃない。おいしそう」
「食べてみて下さい」
「ええ」
「こ、これは……ッ! 柔らかな肉に玉ねぎがきいていて、うまい! うますぎるゥ!」
絶賛するマリー。
「超イケるじゃない。これがどうしたの?」
「もう一工夫欲しいと思ってるんですがね。どうも思いつかなくて」
「工夫なんていらないんじゃない? 下手なことすると店を滅ぼすわよ」
「そうですが……俺も料理をやって30年。守りには入りたくない……攻めたいんです! 攻めて攻めて攻めまくりたいんです!」
なんという漢……! 心の中で驚嘆するマリー。
「だから色々考えたんです。牛肉炒めをジュースにするとか、ケーキにするとか、いっそ生のまま出すとか」
なんという迷走……! 心の中で驚嘆するマリー。
「あなた今、完全に迷宮入ってるわ。このままじゃ一生外に出られないわよ」
「うぐ……」
迷える市民には手を貸してやらねばなるまい。マリーはそう考え、キッチンを見渡す。すると――
「ご飯があるわね」
「ええ、王妃様のおかげでこの国に大量の米が入ってきて、ウチでも出させてもらってます」
「……」
この時、マリーの頭上に何かが輝いた。電球のようなものが。
「ご飯と肉を一緒に食べたら?」
「そんなこともう既にやってますよ」
「違うわよ。こうするの」
マリーは肉炒めをご飯に乗せた。
「これは……ッ!」
「実はこんな食べ方、私もやったことないの。食べてみましょう」
二人で食べてみる。
「イケるッ!」
「ええ、イケるわね。ご飯とお肉が混ざり合い、早い安い美味いって感じがするわ」
「もう少し改良すれば、きっと店に出せますよ! いや出してみせます!」
「そうね、頑張って!」
半月後、この店にあるメニューが並んだ。
これは牛丼と名付けられ、後に店の主力メニューとなっていくのは言うまでもない……。
**********
王宮に戻ったマリー。
「ただいまー!」
国王が優しく出迎える。
「おお、戻ったか。どうだった?」
「楽しかったわ。これできっともっとお米を食べる文化は広まるはず!」
「では、我々も夕食にしようか。もちろん、今日はご飯だ」
「ええ!」
王宮の食堂で、息子と娘である王子王女も加え、四人で食事を取る。
「さあ、みんな食べるわよ!」
「はい、お母様」と真面目な王子。
「はーい、ママ!」とおてんばな王女。
よほどお腹が空いてたのか、五杯食べるマリーであった。
***********
数ヶ月後――
家族仲良く食卓を囲むマリー達。主食として並んでいるのはもちろんご飯だ。
王子が言う。
「お父様お母様、すっかりご飯を食べる文化は広まったね!」
王女が続く。
「でも、パン屋さんは大丈夫なの? 潰れたりしてないの?」
国王がにこやかに笑う。
「パンを全く食べなくなったわけではないし、彼らも上手くやっているさ。少なくともパン職人が路頭に迷ったなどという報告は聞いておらん。米とパンは上手く融合しつつあるのだよ。とはいえ……マリーはご飯一筋だろうがな」
「そうね」
どことなく元気がないマリー。いつもならご飯三杯は食べるのに今日は一杯だけだ。
「ごちそうさま」
あまり会話もしないまま出て行ってしまう。
「ママ、どこか具合が悪いのかな?」
「心配だよ、お父様……」
「ふうむ……」
***********
真夜中、国王がベッドから目を覚ます。
「物音がするな……」
――まさか賊か?
国王は温厚であったが、こういう時は勇敢であった。
「私が退治してやる!」
と剣を持ち、物音のする方向へ歩いて行く。家臣に頼るような真似はしない。
程なくして音の出どころを突き止める。
「キッチン……?」
キッチンに何者かいるようだ。虫か、ネズミか、はたまた人間か。国王は意を決して、中へ入ってみる。
「誰だっ!!!」
「きゃあっ!」
「む……!?」
いたのはマリーだった。キッチンの隅っこでしゃがんでいる。
「何をやってるんだ?」
「あ、あの……」
マリーの手にあったのは――
「パン……」
「ごめんなさいっ!」
こそこそとパンを食べていた。
「たまにはパンが食べたくなったなら、堂々と食べればいいものを」
「だって……私がご飯文化を広めたから……言えなかったの……」
町娘に指摘したことを自分もやっていた。自由気ままに見える彼女だが、このような繊細さも持ち合わせていた。
愛する妻の意外な一面を見て、国王はふふっと笑った。
~おわり~
お読み下さりありがとうございました。
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