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選べない 未来  作者: 秋野 木星
第一章 お互いの思い
8/8

⒎ 新居

我が家への道です。

 ジュネーブには結局三日滞在した。

ニナが小さい頃から暮らしていた無菌施設にも一昨日、一日かけて見学に行った。

施設の周りは大自然に囲まれていた。距離はあるのに空気が澄んでいるせいか、遠くにあるはずの山が目の前に迫ってくるように見える所だった。

特に雪を抱いた山々が鏡のように澄んだ湖に逆さまに映っているのを見た時は声も出ないほど感動した。これは日本ではなかなか見られない景色だ。

今の時期はまだ寒いと聞いていたので防寒スーツを着ていったのだが想像より暖かく過ごしやすかった。

湖の側の草原には、これでもかと黄色の花が咲き乱れていて、時折丸々と太った蜂が花びらに潜り込んでいくのが見えた。

ここがお気に入りなのと言ってニナが案内してくれた遊歩道は、人が歩けるように整備されていた。オーブが通る道とは離れていて、時たま小鳥の声が聞こえるだけの静かな道だった。

ここに住んでもいいのではないかとニナに聞くと、やはり日本史の研究のためには資料が充実している日本に住みたいという。

「年に一度、旅行で来ましょう。」と言われてそうするかと約束をした。自分もゆっくりとこの国を旅してみたいと思ったからだ。




◇◇◇




 日本に帰ってきた途端、息をするときの空気が違うのを感じた。少し湿気のある暖かさだ。

そして周り中で聞こえる言葉が日本語だ。壁のパネルで動いている広告や表示も日本語。なんと安心するのだろう。一気に肩の力が抜けるのを感じる。


ただ自分は安心するがニナにとっては外国だ、大丈夫だろうか。

「ニナ、わからないことがあったら俺に聞けよ。俺もわかることばかりじゃないが、人に聞くことはできるからな。」

「ありがと。ねえタカオ、桜はどこに咲いてるかわかる?」

「桜か。ソメイヨシノっていう種類は、この辺りだともう散っちゃってるなぁ。もっと北の方に行けば咲いてると思うけど。ただ八重桜って言って花びらが多い桜は、これから俺たちが住むところに多分咲いてるよ。担当職員の上田さんに会ったら聞いてみよう。」

「うん。楽しみだなぁ。どんなところだろう。高原だって言ってたね。」

「そうだ。ここから西の方にもう一回転移したら俺の住んでた街に着く。そこで手続きをして昼飯を食べるだろ。それからオーブバスに乗る。多分二時か三時には、新居につけるよ。」



 遥ヶ市の転移ステーションに着くと、上田さんが迎えに来てくれていた。

「タカオくん、お疲れさん。ニナさん、日本にようこそ。二人とも転移酔いは大丈夫だった?」

「ええ、だいぶ慣れました。ニナの方はあんまり酔わないみたいです。」

「そうか、それは良かった。今日は新居まで僕が一日つき合うからね。ニナさん、私はここのマッチングシステム課の上田サミュエルといいます。これから長い付き合いになると思う。どうぞよろしくね。」

「ニナ・キタノです。ヨロシクオネガイシマス。」

「おっ、聞いていたけど日本語うまいね。」

褒められたのと少し照れも入ってるのか、ニナがはにかむように笑う。


「さあ、二人とも車に乗って。まずは市役所に行って住民手続きをするからね。」

僕たちが車に乗ると、上田さんが街を走りながらニナにここのことを説明してくれた。

「ニナさんここの中国県には市が十五都市あってね。うちの遥ヶ市の規模はその真ん中ぐらいかな。人口も経済的な予算も平均値だね。市街地は車で十分あれば通り抜けられる。君たちの住む所は市の中でも一番外れの山の方にあるんだ。買い物はネットが便利だけど、ここまでオーブバスで降りてくれば、ほら今そこに見える大きな建物があるだろ、このデパートで大抵のものは揃う。君たちの新居からバスで二十五分ぐらいだよ。日本史資料館は図書館の隣にある。それは昼食を食べる店の近くだからまた後で案内するね。」

上田さんがニナに効率よく住む場所のことを説明しているうちに市役所に着いた。


住民登録は身体の撮影が主なのですぐに終わった。

そして、ニナと俺の携帯に優良住宅のことと三十歳までの福祉概要説明がリンクして注入される。

「さあ、これでめんどくさい手続きは完了だよ。ご飯食べに行こうか。」

上田さんが連れて行ってくれたのは、日本料理の店だった。


まず、ニナが店の入り口の日本庭園を見て大きな声を上げた。

「わぁ、すごい。バーチャルリアルではよく見たけれど、やっぱり本物はすてきねぇ。」

「ニナさんに喜んでもらえて良かったよ。タカオくんも日本食が恋しいかと思ってさ。」

「ええ。ありがとうございます。」

白飯白飯。やっぱりパンじゃなくて、ごはんがいいなぁ。

店に入って、水とお手拭きが出たのにニナが感動する。

「聞いてたけど本当に出てくるんだね。おー日本的。」

ニナは散々迷って、本日のおすすめ定食にした。俺はがっつりとかつ丼定食。上田さんはニナが迷っていたので鰻定食にして、少し分けてあげますよと言ってくれた。


満足の昼食の後、オーブバスの出発時間までまだ時間があるからと言って、上田さんが日本史資料館に連れて行ってくれた。

ここの資料館は国立資料館に遜色ない規模で、俺が日本史に興味を持ったきっかけになった建物だ。

入った途端に、ニナが興奮して目を輝かせる。

「ここに来るのが夢だったのーー。」

わーこんな展示もある。これもいずれ詳しく見たい。と大騒ぎだ。

詳しく見ていくのはまた後日ということにして、全体を駆け足で見て回った。

ここの住民登録をしていると無料で利用できるのでまたいつでもくればいいと上田さんが言わなければ、ニナは帰らないと言ったかもしれない。



オーブバスに乗って、二十分もすると高原地帯に入る。五月の燃えるような若葉が山々を萌黄色に染めている。

「あっ、あれ桜じゃない?!」

ニナの指さす方を見れば、山桜が所々に満開の花を咲かせていた。

「ニナさん、よくわかったねぇ。そうあれは野生の山桜だよ。君たちの新居の近くには八重桜やボケっていう赤や濃い紫色の花の咲く木もあるよ。今は散歩にいい季節だから、天気のいい日は自然を満喫して。スイスほどじゃないけれど日本の山もいいでしょ。」

なるほど。俺たちの新居が高原地帯にあるのは、ニナのことを思っての事だったんだな。


村のオーブバス乗り場から一人乗りのオーブにそれぞれ乗って、新居に向かう。三分も走らせると家に着いた。

「わー、素敵。ほらタカオ黄色い花が咲いてる。タンポポかしら。」

「そうだね。スイスで見た遊歩道の側の花畑に似てるね。」

新居の外側は古代のログハウスを模していて、周りの自然に溶け込んでいる。

そんな家が五百メートルおきに何件か建っている。

「一番近いお隣、ほらあそこの家には去年入居したカップルが住んでるよ。君たちの一年先輩だね。ご主人は家具職人を目指してる。奥さんは絵を描くのが趣味だ。落ち着いたら尋ねてみると言い。いい人たちだよ。さぁ、家に入ろう。タカオくんに鍵を渡すから持っていて。ただ君たちの携帯でも開くようになってるからあんまりこのカードは使わないかもね。」


遺跡かと思うような家の外側とは違い、中は現代風の快適なつくりになっていた。

ニナはすぐにキッチンに向かい、俺はシャワー室が気になっていたのでそこを見に行った。するとなんということか風呂桶が設置されていた。凄い。資料館では見ていたが、これは使えるのだろうか?まさかインテリアなんてことはないよな。

振りかえると上田さんがにやにやして後ろに立っていた。

「いいだろう。君達用に改装したんだよ。キッチンにも中世に使われてたガスレンジが付け足してあるよ。さっきニナさんも喜んでいじってた。君達なら使い方がわかるんだろ。僕にはさっぱりだけどね。まあ普段はネットシューターで料理を頼んで、お遊びでそっちの方も使ってみればいいよ。スイスのナカムラさんの提案なんだ。あの人珍しい事に自分で料理を作るのが趣味なんだ。変わってるだろ。前の担当のスミスさんもわけがわからないと言いながらこっちに注文してきてさ、設置できる業者を探すのに苦労したよ。」


ニナと俺の新居の感想は、凄い!楽しそう!というものだった。

大きなおもちゃをもらったみたいだ。早く使ってみたくてたまらない。ただ調理済みでない食材を売っているのだろうか。そこは今後の課題で調べてみなくちゃな。


上田さんが「じゃあ楽しい生活を。また定時連絡の時にね」と言って帰ってから、ニナと俺は山の見える窓辺のソファに座ってゆっくりとお茶を飲んだ。


「思っていた以上に素敵な家ね。これからの生活が楽しみになっちゃった。」

「うん。俺もニナを迎えに行く前の苛立ちがどっかへ行っちゃったよ。実を言うと見も知らない相手とのマッチングにかなり頭に来てたんだ。マッチングの相手がニナで良かったと今なら言える。」

「あら、私だって不安だったわよ。タカオがどんな人かわからないし、あのホログラムのタカオなんて怒ってるみたいな顔をして無理に笑ってたし。」

「バレてたか。あん時もイラついてたからな。」

「でも私も今なら言える。タカオでよかったわ。一緒にいい家庭を築ていきましょうね。」

「ああ。意見を交換して、相談しながらな。」

「それそれ、それが大事よ。ところでタカオ子づくりのことだけど・・・・・。」



こうして俺の未来は次の段階に入った。


子供ができた時にまたひと騒動持ち上がったが、それはまた別の未来の話である。






ここまで読んでくださってありがとうございました。

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