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Episode Ⅱ 「11.新たな訪問者」

 ヒュミリオールとお茶をしてから一週間ほど経っただろうか。グローはカレンダーを見るも、100進法に慣れることが出来ず、今が一体いつなのか把握が出来ていない。

 そんな中、クロコリトルから電報が来た。

 電報とは、何を今時。と思うかもしれないが、ここは異世界。電気の力を使った器具があるという事だけで驚くべきことだ。


「地下掘削作業80%完了、準備を進めても構いません――だそうですガ」


 目の前で何かの文章を読み上げるクランシュル。今しがた来たという電報の中身のようだ。もちろんグローガルムは電報を読むことが出来ない。普段はクランシュルやヒュミリオールがグローのことを意識して先代までの魔王に受け継がれていたという『日本語』をどうにか知らないながらにやりくりをして翻訳をしてくれているのだが、流石に来たばかりの電報にそこまでするだけの余裕はなく、クランシュルが文章を要約して読む、という運びになった。

 むしろ翻訳されても困る。そんな時間があったらとっとと持ってこいと言うだろうな、とグローは考えてクランシュルに労いの言葉ついでに褒め言葉も掛けた。

 上下二段組みのクランシュルは嬉しそうに、デフォルメ化された笑顔を浮かべて手を顔の後ろに回して頭を掻く。


「そうだな――分かった。すまないが、ヒュミリオールを呼んできてくれないか?」

「了解しましタ」


 胴体に幾つかあるライトをチカチカと二回ほど点滅させてから、奇っ怪なアンテナを両腕の付け根から二本生やし、不思議な翅のように変形したかと思えば、そのアンテナをすぐに引っ込めた。


「すぐに来ると思いまス」

「便利だなお前の体……」


 どうやら今の一連の動作でヒュミリオールを呼び寄せたらしい。機械族の体は他の種族と比べて遙かに理解しがたい。利便性ばかりを追求したあまり、全てにおいて齟齬が出ている様な――妙なちぐはぐを感じて堪らない。

 そんな思考が顔に出ていたのか、クランシュルはけらけらと明瞭に笑い、


「私から見るところ、人族の肉体の方は、よっぽど便利だと思われまス」


 と言う。羨んでいるのか機械なりのジョークなのかクアルローンは一瞬返答に悩んだが、それが単なる事実だということに改めて気がついた。


「そうだな。何せ――空、飛べるもんな」


 グローガルムが、自らの部屋に屈折と反射を繰り返して入って来る外の光を眺めて呟く。

 タイミング良く――いや、悪く。

 今日も今日とて、上層階から突撃の音が鳴り響く。



 ♯



 3日前。

 多額の賠償金を勇者一行から得た魔王城は、敵をおびき寄せる必要がなくなり正門前に通称魔族ブロック(高額)を敷き詰めて勇者たちの戦意を喪失させるという作戦を取っていた。

 この魔族ブロック(高額)は、ヒュミリオール曰く「いくらでも生成でき」「人族のところには流通していないので商品価値が非常に高い」という摩訶不思議な素材だ。

 その実、使い道は良く分かっていない。

 グローもブロックが生成されるところは見たことがあるが、そのブロックは次回生成の際にどうなってしまうのか見たことはない。だが、この城がブロックで埋め尽くされていないという状況から考えると、どこかに消えているのだろう。

 何せここは異世界。質量保存の法則が守られていない可能性もある。現にエネルギー保存の法則は『魔法』なる概念によって打ち砕かれてしまっている。

 グローガルムは、自らの部屋で日光浴を楽しみながら優雅に地図を読み耽っていた。無論、直射日光に地図を晒す様な真似はしない。環岸の時代から本の扱いだけは人並みに気を使っていた。

 敷かれた畳の上で、横たわりながら地図を眺める。

 書かれているのは、詳細な海岸線と、恐らく想像も込みで書かれているのだろう島の全容だ。大分昔からある図のようだが、大陸北部は人族のものだったという記述が書かれては消されている跡がある。交戦していた証拠だろう。

 地名は右から左へ読み流していく。そこには興味はない。

 グローは、現在クロコリトルに掘削作業を頼んでいる東部の山々を見詰める。然程詳細に書かれてはいないが、その中には湖が存在し、山を越えた先には海が広がっているらしい。

 昔話に書かれている様な山の絵が書いてあるので、あまり当てにはならないだろうと溜息を吐く。


「魔王様ぁ」


 どこか色気のある声とともに、ドンドンと扉を叩く音が聞こえる。魔王城はあまり防音対策がされていないため廊下の音も少し耳をそばだてれば聞こえるのだが、それを差し引いても不思議な声で、どこかこそばゆい感じがした。

 声は中性的で、聞いたことのない声だった。だが、魔王と呼ぶからには部下だろうと思い、不用心にドアを開ける。


「何か用か?」

「土地の買収の目処が立ったので、御知らせに参りました」


 ポシェットを肩から提げた、眼鏡を掛けた女性だった。ヒュミリオールやクロコリトルとは一線を画する大人の魅力が豊満な胸から放たれる。

 グローは反射で少しばかり俯いてしまい、直に目を合わせられなくなった。

 冴えない男子大学生だった環岸の頃の弊害だろうか、大人の女性に対する免疫が欠落しているのだ。


「お初にお目にかかります、魔族秘書補佐官のケルチュトスです」

「あ、どうも……」


 服装はいたってシックでシンプルなものだった。ヒュミリオールほどパリッとした服装に身を包んでいない――というか、ヒュミリオールに至っては服に着られているという感想を抱いてしまう――が、見事にレディーススーツを着こなしてから少しだけ着崩すというテクニックを使って、はしたなくない程度に開襟している。

 チラリと顔を垣間見すると、紅く塗られた唇が印象的だ。全体としては然程化粧の度合いは濃くない。元の肌が白いのか、艶がかったリップがその色気を醸し出している。髪はおとなしめのミディアムと言ったところだ。その容姿からは天真爛漫という風にも見えず、かといって口紅やら胸囲やらが大人しめだという風にも感じさせない、至ってアンバランスだが整っているという矛盾のある不思議な女性だ。


 ケルチュトス、と名乗った女性はにこやかな顔で微笑む。

 それにつられて、グローもつい微笑む。


「お気遣いなさらなくても結構ですよ。私はこれでも歴代の魔王様にお仕えなさってますから」

「あ、そうですか」


 ケルチュトスが、髪をさらりと払う。そんな一挙一動作にも身動きが取れなくなる。

 苦手意識、というものこそないが、どう接していいのか分からない。

 もしかしたらこれが苦手意識なのでは……?

 グローは脳内で考え始めた思考を中断させる。余計なことを考えていると、それだけで苦手になってしまいそうだった。


「立ち話、と言うのもなんですし、入れてくれませんか?」


 少し屈んで、ケルチュトスははにかんでグローに尋ねる。上司と部下、という間柄では普通そんなことは出来ないだろうなと思う様な事を平然とやってのけるケルチュトスに、グローガルムは少しだけ感心してドアを大きく開けて靴の置き場を指定した。

 この距離感は、特に嫌いではない。寧ろ親しみやすくていいとすら思う。

 ケルチュトスは「やった」と小声で喜び、飛び跳ねない程度に小躍りしてから履いていた革靴を脱ぐ。

 革靴、と言っても真面目なものではない。歩きやすいように加工されているのが見える。ハイヒールを履いて業務が執行出来るほど簡単なものではないのだろう。


 グローは先に室内に入り、地図を適当に巻いて壁に立てかける。先程までの丁寧な扱いはどこへ消えたのかと尋ねたくなるくらいに適当な処置だった。

 仕舞われている座布団と机を収納の中からホイホイと取り出す。

 一人でいるのには微妙に広く、二人だとなぜだか窮屈に感じられなくもない微妙なスペース――グローに与えられた12畳一間のキッチン・バス・トイレ付だ。

 遅れてケルチュトスが室内に入って来た。黒いストッキングが畳の上を滑る。


「こちらへ」

「なかなかいい部屋ですね」

「ありがとうございます」


 どうにもぎこちない会話が続かない。グローが座布団の上に座った。ケルチュトスもそれにならって対面して座る。楕円形を模ったテーブルを挟んで、忙しなく足を組みかえる。

 お茶を汲まなければ、とグローは思い立ち、席を離れようとした時、ケルチュトスがそっと右手をテーブルの上に置いた。

 グローは立ちあがるのを止め、ケルチュトスを見る。


「唐突ですが、本題に入ってもよろしいでしょうか?」

「えーと、お茶入れましょうか?」

「結構です」


 突き放す様な物言いに、グローは少し肩をすくめる。


「あ、いえ、そう言うわけでは無くて……」


 ケルチュトスはグローの反応に気がついて、慌てて前言を撤回しようとした。そのままポシェットに左手を突っ込み、ご丁寧にクリアファイルに挟まっている上質紙を、トランプの手札を広げるかのような綺麗な扇形を描いて机の上に展開した。


「濡れちゃいますから」


 ケルチュトスはそれだけ言って、グローに紙を見渡させるだけの時間を与えなかった。


「本題はこれです――土地買収予定計画表がこちらになります」


 それだけを言って、ケルチュトスは落としていた視線を、グローガルムに向けた。視線の動向には気がつかなかったが、空気が一気に張り詰めたものになったのを感じてグローも顔をあげた。

 ケルチュトスがこちらを見ている。視線が合うと、彼女は微笑んだ。その笑顔はグローの避けようとした視線を外させずに、言葉を紡ぐ。

 そして発した言葉は――


「この土地で、資産運営しませんか? 具体的には、カジノで」


 とんでもない提案、というか爆弾だった。



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